第3話 『計画通りに進まなくても結果だけは一緒』
ついにロトリア王国の軍が国境に向けて進軍を開始した。
今回は流石に皇帝も意地を張る余裕はなかったのか、最初からサイオンジ公爵家に要請が来ていて俺とユメハ、それにユキナさんが国境付近で待機していた。
「最初に言っておきますが、私達は敵軍が国境線を……えいっ」
そうしてユキナさんが説明途中でいきなり剣を振って――その衝撃波で地面にクッキリと長い線が引かれた。
「あの線を超えた時点で攻撃出来ますが、線を超えない時点で攻撃することは御法度ですからね」
「「……はい」」
もう全部この人1人だけでいいんじゃないかな?
なんで何の付与も掛かっていない剣を振っただけで衝撃波が出るのさ。
「……何?」
「いえ、なにも」
ユメハも将来的にはこうなるのだろうか?
国境に集結した帝國軍は陣地を作ったり、罠を作ったりと敵軍が姿を現すまでに色々と準備があるようだが、それは俺達には関係ないので俺は
「本当に便利ねぇ。ダーリンも連れて来れば良かったかしら?」
外見はテントだが中身は家具一式が揃っていて、部屋の中央には間を仕切る防音の布が張ってあり、俺達とユキナさんの住みわけが出来るようになっている。
勿論、ベッドはダブルベッドだ。
しかもユキナさんの旦那さんを連れて来ても2組の夫婦が余裕で住めるくらいのスペースはある。
まぁ、ユキナさんが戦闘力のない旦那さんを戦場に連れて来るとは思えないけど。
「というか、ユキナさんの旦那さんって本当に戦闘力ないの?」
「お父さんのことは私もよく知らないのよねぇ。お母さんが近寄らせてくれなかったから」
「……ですよねぇ」
実の娘でさえ最愛の夫には可能な限り近付かせないのがサイオンジ公爵家だし。
俺は時々話すけど、話した感じは普通の人っぽいが――本当に普通の人がサイオンジ公爵家の婿に入るかは甚だ疑問だ。
あの人もきっと何かあると常に警戒してしまう。
「~♪」
ユキナさんは俺手製の念話装置で帝都に居る旦那さんと楽しそうにお喋りしてたけど。
あれがあるからユキナさんの精神は戦場でも安定していると言って良い。
サイオンジ公爵家の女は最愛の夫と長時間引き離されると――どんどん機嫌が悪くなっていくのだ。
最終的には発狂して暴れ回り、夫に再会するまで鎮静化されることはないらしい。
「…………」
それを考えると、あの近衛騎士団の夏合宿で俺を連れ込んだユメハは正しかったように思える。
「何?」
「愛しているよ、ユメハ!」
「私も愛しているわ、リオ♡」
とりあえず今後もユメハに愛が不足させるようなことはないようにしよう。
◇◇◇
敵軍の進軍状況を見て俺は定期的にユキナさんを転移で帝都の自宅に密かに送り帰して、旦那さんと会わせてストレス発散させていた。
流石に軍がピリピリしている状況でユキナさんを堂々と帝都に帰すことは出来ないが、その為の隠れ蓑として巨大テントを立てたのだからバレなければ良いのだ。
念話装置のお陰で軽減していると言っても、実際に旦那さんに会えないと徐々に機嫌が悪くなっていくのに変わりはないのだ。
「~♪」
その反面、ユメハは常に俺と一緒にいるので相変わらずストレス値はゼロに近い。
「早く来てくれないかしらねぇ」
ユキナさんは旦那さんとの邂逅に時間制限があるのが不満なのか物騒なことを呟いていたけど。
敵軍に早く来て欲しいとか一般兵には聞かせられない。
「敵軍の進軍状況を考えると……明後日か明明後日くらいですかね」
それなりに迅速に進軍している敵軍だが、それでも大軍の移動なので時間は掛かっている。
ちなみに
対して国境に集結した帝國軍は1万強といったところだ。
しかも敵軍の士気は高いのに対して、帝國軍の士気は底辺に近い。
そりゃ皇帝が色々と無理をして集めた軍だし、食糧事情を始めとして待遇はあまりよろしくない。
挙句にこれから3倍近い敵と戦わなければいけないので士気が上がる要素がない。
「数で負けて、士気で負けて、練度で負けている。これって勝つ要素あるのか?」
「私達がいるから負けないでしょ」
「……そっすね」
帝國が防衛に関してサイオンジ公爵家頼りというのはよろしくないのだが、もうそれしか勝てる要素がないのだから仕方ない。
皇帝としては維持するだけで金が掛かる軍など、さっさと戦争を終わらせて解散させたいというのが本音だろう。
◇◇◇
そうしてやっとというかついに敵軍が帝國の国境に姿を現した。
やっとと思っているのは俺を含めたサイオンジ公爵家のメンバーで、ついにと思っているのが士気の低い帝國軍の兵士達だ。
直ぐにでも戦いが始まるので両軍ともに陣形が組まれていくのだが……。
「あれ? あの位置で良いんですか?」
「……予定と違うわねぇ」
俺が尋ねるとユキナさんが困ったように答える。
帝國軍の位置が国境線を護る位置――つまり敵が国境に入らないようにギリギリのところを陣取ってしまっているのだ。
予定では敵を国境の中に誘い込んで俺達が出撃する予定だったのに、これでは敵が帝國軍を突破して国境の中に入るまで手を出せない。
「指揮官の暴走?」
「どうかしら。軍議の時に何度も説明したし、その時は作戦に納得しているように見えたけど」
「ふむ」
ユメハと相談して俺は念の為に
「めっちゃ焦って周囲に怒鳴りつけてる。軍の隊長格がセオリー通りに陣形を組み立てて国境防衛するものと思い込んでるっぽい」
「……連絡不備ね」
何度も軍議を行って作戦は説明したのに、その作戦が指揮官の下に正確に通達されていなかったようだ。
「どの道、もう遅いわ。敵軍が帝國軍を突破して国境を超えるか、それとも帝國軍が国境の中に逃げ帰って敵軍を誘い込まないと私達には手が出せないわ」
「こんなことになるなら帝國軍は1万もいらなかったよなぁ」
「そうね。体裁だけを整えるだけなら300人もいれば十分だったわ」
苦労して1万の兵を集めた皇帝が聞いたら崩れ落ちるようなことを話す羽目になっていた。
「……始まるわね」
そうして戦争が始まった。
最初はセオリー通りに弓兵による矢の応酬から始まり、距離が詰まれば魔術師が魔術を撃ち合うという展開になる。
但し、兵が倒れるのは帝國側ばかりで、敵軍の兵は倒れても直ぐに後ろに下げられて治療を受けて復活してくる。
そうして帝國側の陣形が崩れると敵軍の側面で待機していた騎馬隊が突撃してきた。
「……崩れるわね」
ユメハの宣言通り、騎馬隊に突撃された帝國軍は総崩れになって逃げ惑い、そこに敵の歩兵が突っ込んで来た。
「ここまで綺麗にセオリー通りに進むって逆に珍しいんじゃないか?」
「数も、士気も、練度も、指揮も相手が上だからね。寧ろ持ち堪えたら逆に驚きだわ」
「……そろそろ国境線を超えるな」
「ええ。行きましょうか」
当初の予定とは違うが、帝國軍は総崩れになって国境の中に逃げ込み、それを追って敵軍が国境を超えて来た。
それを確認して俺達は出撃しようとして……。
「がはははは! 弱い! 弱過ぎるぞ! 帝國の兵は弱兵しかおらんのかぁっ!」
妙に濃い奴が敵軍の先頭に立って大暴れしている姿を発見した。
2メートルを超える長身に異常に膨れ上がった筋肉、それに最低限の鎧しか身に付けていないが全身がギラギラとメタリックに光っている。
しかも奴だけでなく周囲にいる奴ら全員が同じような姿だ。
「儂は猛虎傭兵団の団長グロッサ! 噂の帝國兵はこの程度かぁっ! 噂のサイオンジのアバズレは何処にいるっ!」
「…………」
あ。ユメハさんが密かにキれた。
当たり前の話だがサイオンジ公爵家の女は夫一筋で全身全霊で愛を注ぐ一族なので、彼女達にとってそれを侮辱する言葉――アバズレなどは禁句と言ってよかった。
ユメハは無言で逃げ惑う帝國兵をかき分けるように進んでいき――ギラギラしている一団の前に立ち塞がった。
「なんだ、小娘ぇ? 俺達は女になど興味はないから娼婦は不よ……?」
そいつは団長を名乗っていたグロッサとかいう奴ではなかったが、ユメハに一番近い位置に居たのが不運だった。
いつの間にかユメハの左手に保持されていた打刀がいつ抜かれたのか分からない速度で抜き放たれていたらしく――ギラギラの男の身体は斜めに両断されて言葉を中断して地面に落ちた。
「馬鹿なっ! 全身をミスリルでコーティングした身体を斬るだと!」
妙にギラギラしていると思ったら全身にミスリルを張り付けていたらしい。
(というか本気でミスリルを鉄の刀で両断してみせたな)
出来るかもしれないとは思っていたが、まさか本気で出来てしまうとは。
「あんた達……子猫傭兵団だっけ? 弱いんだからさっさと尻尾を巻いて逃げ帰ったらどう?」
そしてユメハは壮絶な笑みを浮かべて傭兵団の連中を挑発していた。
「ふははっ! 面白いっ!」
だが傭兵団の連中は逃げ出すどころか嬉々としてユメハに向かって行く。
姿恰好こそふざけているが、その動きは熟練の戦士を連想させる動きで、走り出した男に合わせて3人がユメハに迫り……。
「あ~……弱い弱い」
音もなく斬り捨てられた。
「これなら本物の子猫の方がまだマシだわ。退屈だから芸でもしながら向かって来なさいよ」
そして更なる挑発。
というか、あれって本当に挑発か?
「……貴様、何者だ?」
「これから無意味に死ぬ奴に名乗って何か意味でもあるのかしら?」
うん。間違いなくキれて思いついたことを喋っているだけだわ。
それから全身をミスリルでコーティングされている奴らを次から次へと斬り捨てていき……。
「あれ?」
気付いたら傍に居た筈のユキナさんがいない。
「あ」
と思ったらユメハとは別の角度から傭兵団の連中を斬り捨てていた。
そりゃ、あなたもサイオンジ公爵家なのでアバズレ扱いされればキれますよねぇ。
というか特性の打刀じゃなくてもミスリルって斬れるんすね。
「……俺も働こ」
俺はユメハ達が狙っている以外の敵――傭兵団以外の敵兵に向かって魔法を撃つことにした。
傭兵団の連中はミスリルで全身をコーティングしているから魔法も効果は薄いと思っての判断だったのだが、時たま巻き込んでしまうと特に問題なく効いているっぽかった。
ミスリルとは一体何だったのか?
◇◆◇
(なんだ、こりゃ?)
ユメハに子猫傭兵団と改名された猛虎傭兵団の団長であるグロッサは目の前の光景を呆然と見ていることしか出来なかった。
ミスリルで全身をコーティングするという狂気の沙汰の末に手に入れた絶対の自信を持つ防御力が全く通じない2人の女――ユメハとユキナ。
しかも防御力が通じないだけではなく、一騎当千の強者達で構成された傭兵団の連中が、戦場に初めて出る新兵の如くなす術もなく斬り捨てられていく。
(こいつらが……サイオンジ公爵家か)
事ここに至ってグロッサは敵の正体を看破することに成功したが、相手の正体を看破したところで意味はない。
強い相手と戦うことこそ至高であり、強い相手と戦って死ぬなら本望と思っている彼らではあるが――戦いにすらなっていないのでは話にならない。
いくら強い相手を求める
彼らにとって重要なのは戦いの中で得られる高揚感なのだから。
おまけにさっきから馬鹿みたいな威力の魔術――実際には魔法を撃ち込まれて、その余波だけでミスリルで全身をコーティングした団員達が消し炭になっていく。
魔術に耐性がある金属と言っても、それは所詮魔術の威力を軽減させる程度の効果であって、エミリオが放つ高威力の魔法の余波だけでも防げはしない。
そうして次々と団員達が減っていく中、団長であるグロッサは……。
(ここが儂の死地と決めた。最後に最強とやらを味わって儂は……!)
頭で考えるのとは裏腹に、その身体は這いずるように背後に移動していき……。
「ちっ。流石に子猫傭兵団というだけあって尻尾を巻いて逃げるのが上手いわね」
「傭兵団の団長が真っ先に逃げるなんて……ご立派なことですねぇ」
最強の女2人の悪態を背に聞きながら国境線に戻ったグロッサは戦場に背を向けて一目散に逃げ出した。
後に彼は臆病者のグロッサ、逃げ足だけは逸品のグロッサと蔑まれたまま余生を送ることになるのだが――それは物語には関係ないので割愛する。
◇◇◇
総崩れになったとはいえ帝國軍の実際の被害は数百人程度だ。
対して敵軍は半壊――約1万5千人が戦死して自分達の国に逃げ帰ることになった。
言うまでもなく、この戦果の殆どがサイオンジ公爵家によるものである。
「あの傭兵団の団長、次に見かけたらギッタンギッタンのメッタメタにしてやるわ!」
「……確かロトリア王国でしたっけ?」
あの傭兵団の団長を国境線の向こう側に取り逃がしたのが納得いかないらしく、2人は憤っていたが。
それとユキナさん、傭兵は雇われただけだと思うのでロトリア王国に密かに攻め込もうとするのはやめてください。
冗談抜きで国際問題になるから。
「……申し訳ありませんでした」
そして戦闘が終わってから今回の帝國軍の指揮官を任されていた将軍が俺達の元へやって来て頭を下げていた。
まぁ、連絡の不備で当初の作戦が使えなくなって無駄な犠牲が出てしまったしねぇ。
最初から作戦通りサイオンジ公爵家が出ていれば数百人も犠牲者は出なかった。
「とりあえず俺達は帰るけど、戦後処理は任せたよ」
「……お任せください」
戦闘では良いところはなかった指揮官は文句も言わずに転移で帝都に帰る俺達を見送ってくれた。
◇◆◇
後日。
色々な戦後処理を終えた将軍は報告の為に皇帝との謁見を果たしていた。
「やはり寄せ集めの兵と寄せ集めの隊長格では無理があったか。まさか軍議の内容すら理解せずに勝手に戦い始めるとは予想外であったわ」
「申し訳ありませんでした」
「よい。貴様の不手際ではないことは理解しておる」
今回の指揮官に選ばれたのは寄せ集めの軍を指揮するには勿体ないくらい優秀な将軍だった。
その彼にどうしようもなかったということは、他の誰が指揮官を担当してもどうにもならなかったということだ。
「それにしても……敵の半数が戦死か。事実上の全滅ではないか」
「はい。しかも戦果の殆どはエミリオ殿下の驚異的な大魔術によるものです」
今回の戦争はエミリオが大活躍したというよりも、ユメハとユキナが傭兵団を壊滅させることに拘ってサボったので、結果的にエミリオの活躍だけが目立ってしまっただけだが。
「猛虎傭兵団だな。貴重なミスリルを全身に特殊な技法でコーティングした狂気の傭兵団。魔術の効かないそちらをサイオンジ公爵家で引き受けて、他をエミリオが担当したという訳か」
「そ、それが……エミリオ殿下の魔術は余波だけで傭兵団の者達を消し飛ばしておりました」
「……何?」
「あくまで私見ですが、エミリオ殿下1人だけでも今回の敵軍を全滅させることは可能だったと思われます」
「…………」
将軍の意見を聞いて皇帝は一瞬だけだが思ってしまった。
(エミリオが皇帝になれば帝國の悲願である大陸統一など簡単に達成出来るのではないか?)
思ったのは本当に一瞬だけで直ぐに皇帝は頭を振って馬鹿な思考を追い出す。
エミリオを皇帝にしようとすればサイオンジ公爵家どころかエミリオ本人すらも敵に回ることが手に取るように分かったからだ。
(余は皇帝であるにも拘らず人を見る目がないようだな)
黒髪で
エミリオを他の皇子と同じように扱っていればと思わずにいられなかった。
(今更詮無きことか)
エミリオが帝位争いに参加しなかった時点で既に潰えた未来と思い、皇帝は深く、深く嘆息した。
そうして全ての政務を終えて自室に帰る途中――珍妙な恰好をした息子に遭遇した。
「……貴様は何をしておるのだ?」
「ち、父上……いえ、陛下! こ、これは違うのです!」
帝國の第5皇子のユニクスが王宮の通路で何故か――そう何故かバニーガールの恰好で佇んでいたのだ。
「以前は優秀な息子だと思っておったが、最近の貴様の奇行は目に余る。少しは兄であるエミリオを見習ったらどうだ?」
「っ!」
それはエミリオが皇帝に最も相応しい息子であると認識してしまったが故に無意識に出てしまった言葉だが、それはユニクスに対して禁句と言ってもいい言葉だった。
廃棄皇子の双子の弟として散々迷惑をこうむって来たユニクスにとって、エミリオを褒める言葉は勿論だが、エミリオを見習えというのはあってはならない言葉だった。
しかも、それが帝國の頂点である皇帝から出た言葉であれば尚更だ。
「っ! 失礼いたします!」
だがユニクスの皇子として育てられた常識が皇帝に反論するという暴挙を許してくれなかった。
歯を食いしばって皇帝の前から去るユニクスは、これ以上ない屈辱に顔を歪めながら速足で歩いて行った。
バニーガールの恰好のままで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます