第2話 『結構色々な人達にバレていたみたいです』

 

 帝都で暇を持て余していた俺とユメハは突然皇帝から呼び出しを受けた。


 このタイミングで呼び出されるとか、きっと面倒ごとだろうなぁ~とか思いながら渋々登城して玉座の間で皇帝と対面する。


「お前達を呼んだのは他でもない。既にロトリア王国が帝國に進軍を予定している話は聞き及んでいよう」


「「はい」」


 ロトリア王国というのは初耳だが、周辺国のどっかが攻めてくるというのは聞いていたので素直に頷いておいた。


「そこで、お前達にはロトリア王国に対して先行偵察を頼みたい」


「お断りします」


 俺が考えるよりも早くユメハが話を切って捨てていた。


「サイオンジ公爵家として敵対国への侵略に手を貸すことは出来ません」


「……先行偵察と言ったはずだが?」


「言葉を飾っても意味は同じです。我々が先行して敵国に入った時点で侵略行為となりましょう」


「……どうしても駄目か?」


「駄目です」


 一考することもなくユメハは皇帝の要請を拒絶する。


「……そうか」


 今気付いたことだが皇帝の目の下には隈が出来ており、更に前に見た時よりも幾分痩せたように見える。


 どうやら思っていたよりも領土の復興は進んでいないようだ。


 サイオンジ公爵家に盟約破りを要請するとか何を考えているのかと思ったが、思った以上に追い詰められているらしい。


「……お前はどうだ?」


「私は既にサイオンジ公爵家の一員です」


 ついでに俺にも聞かれたが、分かり切った答えを返すだけだ。


「帝國が滅びるかどうかの瀬戸際なのだがな」


「帝國は滅びませんわ。サイオンジ公爵家が護りますから」


「……そうだったな」


 皇帝は深く息を吐きだし、少しだけ恨めしそうに俺とユメハに視線を向けて来た。


「軍を動かすことは勿論だが、軍を維持するだけでどれだけ金が必要になるか知っているか? 国庫が空どころか借金まで重ねている時に侵略軍に対して国境に軍を集結させることがどれだけ負担なのか……分かるか?」


「お金が必要でしたらお貸ししましょうか?」


「……結構だ」


 皇帝の愚痴はユメハの親切な提案を皇帝が蹴ることで終わりを迎えた。


 無駄に溜め込んでいるわけではないが、出て行く支出よりも入って来る収入の方が遥かに多いのでサイオンジ公爵家は金が余ってるんだよねぇ。


 俺も含めて。






「思ったよりも追い詰められているみたいねぇ」


「当主のユキナさんじゃなくてユメハに話を持ってくる時点で皇帝の弱気が伺えるな」


 王宮からの帰り道、俺とユメハは肩を竦めて話し合いながら歩いていた。


 普通に考えればサイオンジ公爵家が先行偵察だろうとなんだろうと受ける訳もないのに、その普通の判断が出来ないくらいに皇帝は弱っているようだ。


 帝國の未来を憂いたくなるが、既に俺は帝位争いから脱落した身。


 俺がどうこう考えても仕方なく……。


「ひゃぁ~~~っ!」


 とか考えたら前方から1人のメイドが悲鳴を上げながら走って来た。


 何事かと身構える俺とユメハの前まで走って来たメイドは……。


「……ユニクス?」


「げぇっ! 兄さん」


 何故か、そう何故かメイド服を身に纏った俺の双子の弟のユニクスだった。


 元々顔は良い奴なのでメイド服も似合っていると言えば似合っているのだが……。




「……うわぁ」




「ぐふぅっ!」


 そのユメハの一言が全てでユニクスは心に大ダメージを受けていた。


 似合っていようとなんだろうと女装皇子にはお似合いの言葉だ。


「お前……露出の次は女装かよ。案外多趣味だったんだなぁ」


「ち、違っ……! これは僕の趣味じゃ……!」


 必死に言い繕うユニクスだが、またも騒いだので人が集まって来て……。


「なにあれ? 女装?」


「ユニクス様って、ああいう趣味だったの?」


「……ありだな」


 奇異の視線がユニクスに集中した。


「ちっくしょうぉ~っ! 覚えてろよぉ~!」


 そして、また涙目になったユニクスは走って逃げていった。






 クスクスクス。


「?」


 また何処からか笑い声が聞こえた気がして周囲を見渡してみるが、やはりすまし顔のセリナしか見つけることが出来なかった。




 ◇◇◇




 皇帝の態度から帝國の情勢を考えて私とユメハは一旦分かれて情報収集することになった。


 私は変身魔法トランスフォームでアリサに変身してから冒険者ギルドへ、ユメハは近衛騎士団へ。






 そうして久しぶりに冒険者ギルドに入ったら、元々閑散としていた室内がシンッと静まり返った。


「?」


 何事かと周囲に視線を走らせれば、私を凝視している冒険者ギルドの職員達と視線が合った。


 どうやら彼らが私に一斉に注目した為に周囲が静まり返ったらしい。


(そういえば戦争の時はエミリオだったからアリサとしては何もしていないわね)


 冒険者として戦争に介入する必要はなかった筈だが、それでもAクラス冒険者として姿を眩ませていたのは反感を買ったか。


 そう思っていたのだが……。


「あ、あの……」


 私に近付いて来て話し掛けて来たのは馴染みのある女性職員だった。


「私達、見ていました」


「……何を?」




「エミリオ殿下が帝都を護る為に戦っていらっしゃるお姿をです」




「…………」


 どうしてここでエミリオの名前が出るのかと疑問が口を出る前に気付く。


 職員達が私を見る目は冷たい物ではなく、尊敬するような敬うようなものだということに。


「……どういう経緯で?」


 とりあえず言葉をぼかして聞いてみる。


「そりゃ敵軍を吹き飛ばす大魔術もそうですが、指を鳴らす動作だけで魔術を発動させるなんて人は、私は1人しか知りませんから」


「……それかぁ」


 言われてみれば確かに迂闊だった。


 姿も性別も違うとはいえ、魔法を使う動作が全く同一では正体を看破する奴には看破されてしまう。


「それに……サイオンジ公爵家のお嬢様と肩を並べて戦えるような人が他にいるとは思えませんし」


「……それもかぁ」


 うん。ユメハと肩を並べて戦えば、そりゃ思い当たる人も多かっただろうねぇ。


 つまり私が冒険者ギルドに入った瞬間に周囲が静まり返ったのは、戦争の時に何もしなかった相手に対するやっかみではなく、戦争で帝都を護った英雄に向けられる視線だったのだ。


「……秘密にしてくれる?」


「勿論です!」


 今更冒険者ギルドの職員達を口止めしたくらいでは意味はないし、そもそも大陸中の冒険者ギルドに情報が出回ってしまっているだろうけど――無意味に私の情報が拡散することは避けられる。


(これじゃユニクスのことを笑えないわねぇ)


 私の場合は女装趣味というわけではなく完璧に変身しているのだが、その方法が分からない以上は同類に見られるだろう。


「それで本日はどのようなご用件でしょうか?」


「……今まで通りにしてくれる」


「今日はどうしましたか?」


 なかなか対応力のある職員だった。


「帝國の現状とか色々知りたいのよ。私のところにはあんまり情報が入って来ないから」


「あぁ~……」


 それで私が廃棄皇子だからだと思い当たったのか職員は納得している。


「とりあえず暇ですし、お茶でも飲みながらお話ししましょうか」


「……よろしくね」


 思ったよりもスムーズに情報は集まりそうだった。






 帝國の現状は私が思っていたよりも随分と悪かった。


 あの戦争で貴族も大量に死んでいて、領地を管理する者がいなくなった地域は無法地帯になっていたりするらしい。


 しかも貴族家の当主が死亡していたりする所では跡目争いが勃発して領地で内紛が起きていたりする。


 そりゃ国庫が空で借金を重ねている皇帝からすれば『そんなことをやっている場合か!』と怒鳴り付けたくもなるだろう。


 しかし、そういうのが各地で起きてしまっているのが帝國の現状なわけで、皇帝はさぞ忙しく走り回っていることだろう。


(やっぱり皇帝に魅力なんて全く感じないね)


 このままだと皇帝の胃に穴でも空いて直ぐに長兄のフリードリッヒに交代になりそうだけど。


 まぁ、大まかにとはいえ帝國の現状を把握出来たので情報収集は成功と思ったのだが……。


「そこで! Aクラス冒険者のアリサさんに依頼ですよ!」


「……私に何をさせる気?」


 話を聞かせてくれた職員は目を輝かせて私を見て鼻息を荒くしている。


「流通が滞って帝國各地に物資が行き届いていないんです。転移魔術で各街を回って運送をお願いします」


「……それって誰からの依頼?」


 私の特性をよく理解した依頼だと思うけど、それ以前に依頼者が気になる。


「……皇帝陛下です」


「ですよねぇ~」


 冒険者ギルドは皇帝と懇意にしている仲だし、私が戦争でやらかしたことを考えればバレていないと考える方が無理がある。


(最初からセカンドプランがあったとは、思ったより余裕があるのかしら?)


 私に先行偵察が断られても、物資運送で働かせる気だったとは。


(余裕とは違うか。私を駆り出さなければいけない程になりふり構っていられなくなっているのかな)


 Aクラス冒険者である私に依頼料を支払える余裕があるか疑問だが、正式な依頼というなら受けることも吝かではない。


「あ。出来れば帝國の外からの買い出しもお願いします」


「……私が帝國の外に物資を買い出しに行くと関税とかが素通り出来てしまうんですけど?」


「素晴らしいですね♪」


「…………」


 本当になりふり構っている余裕はないらしい。






「それで仕事してきたの?」


「冒険者としての正式な依頼だったし、帝國各地の現状とか情報収集もしてきたよ」


 皇帝に上手く使われたのは気に食わないが、今後依頼を受けたくないならアリサに変身しなければ良いだけの話だ。


「そっちは?」


 俺の集めて来た情報を粗方話し終えてからユメハにバトンを回す。


「私の方も殆ど似たような情報ばかりね。ユニクスの評判がガタガタになってるってことくらいかな?」


「……全裸に女装だからなぁ」


「それ以外にも色々とやらかしているみたいよ。王宮でもユニクスの噂はほぼ変態一色だったわ」


「…………」


 ほんの少しだけだが俺が廃棄皇子と言われていた時のユニクスの気持ちが理解出来た気がした。


 双子の弟が変態とか、兄としては頭を抱えるしかないね。


「でも、これって多分セリナの策略よね」


「はい?」


 どうしてここでセリナの名前が出る?


「多分だけど……あの子、何が切っ掛けか知らないけど洗脳を自力で解いて思い出を取り戻したんだと思うわ」


「お、おう。そうなのか」


 嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ち。


「だからユニクスを罠に嵌めて評判をガタガタにしようとしているんだわ」


「……何の為に?」


「ユニクスとの婚約を破棄する為に決まっているじゃない」


「…………」


「そうして綺麗な身になってから改めてリオにアタックするつもりね」


「マジかぁ~」


 俺はセリナが未だに俺を想っていること――ではなく、ユメハに正面から喧嘩を売るつもりだということに驚愕した。


「うふふ。リオは絶対に誰にも渡さないわ」


「…………」


 目から光が消えて不敵に笑うユメハさん。


 これに喧嘩を売るとか正気なのだろうか?




 ◇◇◇




 俺は地図魔法ワールドマップを拡大して件のロトリア王国とやらを表示させてみる。


 帝國に隣接する国としては大きい方で、いくつもの町や村が点在しているのは分かったのだが……。


(あんまり豊かな国じゃなさそうだな)


 その中で暮らす人々の暮らしは貧しそうだった。


 領地を管理する領主が搾取しているというわけではなく、元々痩せた土地で作物が育ちにくいのだろう。


 国全体が貧しく――その反面、軍は精強だった。


 貧しい国だからこそハングリー精神が鍛えられ、更に隣人との協力体制が必須な国だから非常に連携が上手い。


 少なくとも帝國の軍と比較しても練度は上に見えた。


「軍なんて最低限の練度と隊列の訓練が済んでいれば、後は数が多い方が勝つわよ」


 ユメハさんの身も蓋もない言葉で色々ぶち壊しになったけど。


「だって軍の大多数は平民から徴兵した農民兵でしょう? 多少練度に違いがあったって関係ないわよ」


「本当に、なんて身も蓋もない御尤もな意見」


 そりゃ帝國と言えど――否、帝國だからこそ常備軍を何十万も抱えていては維持するだけでも莫大な金が掛かってしまう。


 だから普通の兵隊と呼ばれているのは普段は畑を耕している農民兵達だ。


「後は優秀な指揮官と参謀が居れば文句なしね」


「……軍師とかは?」


「軍師なんて一か八かの奇策を考える奴らでしょ? よっぽど条件が整わない限り軍と軍の戦いに軍師の出番なんてないわよ」


「ですよねぇ~」


 小軍が大軍を打ち破るなんて奇策以外の何物でもなく、そんなの相手の指揮官がよっぽどの馬鹿でもなければ成立しない。


「でも今の帝國に敵国より大軍を集める余裕があるのか?」


「……それは皇帝の手腕次第ね」


 どうやら皇帝にはもうひと踏ん張りしてもらわなければいけないようだ。






 俺とユメハの間に倦怠期なんてものは存在しない。


 まだ結婚してから1年も経っていないのに何を言っているのかと思うだろうが、サイオンジ公爵家の女には倦怠期なんて言葉は存在しないのだと言いたかったのだ。


 色々と話をしていたのに気付けばユメハは俺の直ぐ傍に居て、いつの間にか俺の膝の上に乗って俺の身体に背中を預けていた。


 後ろからユメハの身体に手を回してお腹の前で抱き締めると更に力を抜いて俺に身を任せて来る。


 これはもう好きにして良いという合図であり、俺はユメハのお腹に回っていた手を徐々に上に上げていく。


「んぅっ♡」


 俺の手に完全にフィットする大きさに成長したおっぱいを両手で包み込むもユメハは一切抵抗する素振りがない。


 思えばユメハは最初からそうだった。


 積極的に俺に迫って来ることもあるが、それ以外は受け身で――俺の全てを受け入れるという態勢を崩さない。


「あっ♡」


 俺の与える快楽も全て受け入れ、俺の前ではエッチな声を上げることも我慢したりはしない。


 名残惜しいがユメハのおっぱいから手を放し、正面から向かい合って唇を合わせる。


「リオ♡」


 キスの時だけは常にユメハは積極的で、俺の頭をガッチリと両腕でホールドして舌と舌を絡めてくる。


 それから舌が痺れるまでキスを繰り返してから――いつも通り俺はユメハをベッドの上に押し倒した。






 事後に感じるのは現実感のなさだった。


「~♡」


 俺の腕の中で甘えるように身体全体を擦り付けてくるユメハ。


 本当にこんな超絶美少女が俺の嫁で良いのだろうか? と毎回のように思う。


 いつの間にか俺の腕の中で穏やかに寝息を立てるユメハは、何処を見ても芸術的としか思えないような美しさを持った少女だ。


 触れることが恐れ多いと感じさせる神秘性を持ちながら、それでも触れずにいられない淫靡さも感じさせる。


 俺に理解出来ることは、もう逃げられないのだということ。


(まるで蜘蛛の巣に捕らえられて糸でグルグル巻きにされているような気分だな)


 ユメハは俺の全てを受け入れてくれるが、同時に絶対に逃がさないという強固な意志も感じていた。


 サイオンジ公爵家の女から逃げ切れる時なんて死んだ時くらいだろうけど。


(……本当に死んだくらいで逃げられるのか?)


 ユメハの――サイオンジ公爵家の女の執念を考えると、死んでも逃がしてくれないとしてもおかしくないと思ってしまった。


(……ま、いっか)


 もう俺は捕まってしまったわけだし、人間諦めが肝心だ。




 ◇◇◇




 翌朝。


 俺が目を覚ましたら……。


「~♡」


 ユメハが嬉しそうに俺の身体の至る所に甘噛みして歯型を付けていた。


「……何してんの?」


「リオに私の印を付けているの♪」


「…………」


 あ、はい。俺がユメハの物だって証明する為の印ですね。分かります。


 甘噛みくらいなら良いけど、将来的にナイフを持ち出さないことを祈っておこう。




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