第1話 『嫁の武装をデン〇ロビウムにしてみる』
「うぅ~む」
俺は現在自室――サイオンジ公爵家の元はユメハの部屋であり、今は夫婦の部屋となっている場所で一振りの刀を前に唸り声を上げていた。
この刀は以前にユルグ聖国にある温泉街の武器屋の店主に刀の作り方を請われ、うろ覚えの知識を披露したことで対価として貰って来たものだ。
どうやら寝る間も惜しんで刀を打っていたらしく、時間的な猶予を考えれば想像以上に沢山あった刀の中からユメハが選び抜いた一振りだ。
もっとも、店主に言わせればこの刀は失敗作であり、ユメハがこれを選んだことに困惑していたが。
話を聞けば別にユメハが無料で貰えるからと妥協したわけではなく、バランスや鞘からの抜きやすさ、それに刀身の歪みのなさを見極めて選んだそうだ。
その反面、刀としての強度は脆く、おまけに切れ味が悪いという致命的な欠陥を持つ。
ユメハは物心付いた頃には既に剣を振っていた少女なので刀剣の類いをコレクションしており、これもユメハのコレクションの1つだと納得出来れば問題ないのだが……。
(ユメハが持つ一品がガラクタというのは……相応しくない)
少なくとも俺は納得出来そうもなかった。
そういう訳で俺は刀に刻印を刻み込んで、なんとか強化出来ないかと思案していたのだ。
刻印魔術というのは通常は1つの物品に対して1つの効果を付与するのが精一杯の魔術だ。
もしも1つの物品に対して2つの刻印を刻んで2つの効果を得ようとすれば、どんなに腕の良い刻印魔術師であっても成功率は2割を切る。
おまけに成功したとしても大抵の場合は2つの刻印が互いに干渉しあってしまい、効果は弱体化して半分も性能を引き出せなくなる。
それが3つともなれば国宝級のお宝となり、現代の刻印魔術師では奇跡でも起きない限り成功させることは出来ないのだが……。
「まずは強度を補強する為の硬質化だな。とは言っても刀というのは切れ味と柔軟性を得る為に刀身は硬い部分と柔らかい部分が必要だから刃の部分のみを硬質化する必要があるな。それに切れ味を補強する為にも刃の切れ味を強化する必要がある。更に万が一刃毀れした場合は魔力を篭めれば自動で修復出来るように自己修復機能があった方が良いな」
俺が挑戦するのは最低でも3つの効果が付与された刻印だ。
但し、俺が行使するのは刻印魔術ではなく刻印魔法だけど。
刻印の意味を理解し、刻印を精密に制御出来る魔法ならば3つの付与も不可能ではない。
「とは言っても刃にのみ硬質化と切断と自己修復は難易度が高いなぁ」
いくら精密な制御が可能と言っても、刃――実際に斬る部分にのみに刻印を刻むのなら1ミリ以下の場所に3つの刻印を互いに干渉しないように刻み込む必要がある。
「顕微鏡までは必要ないけど、高性能な拡大鏡が必要だな」
俺は刻印魔法を使う前準備として新しい魔法を開発することにした。
光でレンズを作り出し、身近にある物を拡大縮小して見る為の魔法だ。
これを使って俺は刀に3つの刻印を刻み込むことに成功したわけだが、試しに刻印魔法を発動させてみようと魔力を流したら……。
「おあ?」
刀身を収めていた鞘がポトンと床に落ちた。
勿論、俺は何もしていないし、そもそも鯉口を切ってもいないのだ。
それなのに何故鞘が床に落ちたのかと言えば……。
「……切れてる」
刀に付与した切断の効果が発揮されて触れているだけの鞘を切断してしまったからだ。
「えぇ~? あるぇ~?」
そんなに魔力を流し込んだ覚えもないし、こんなに凄い切れ味にする予定はなかったのに、どうしてこうなった?
試しに適当な金属――鉄の塊を
「マジかぁ~」
ストンと落ちた挙句、床にまで食い込んでしまった。
当然のように鉄の塊は真っ二つになっている。
「意図せずに危険物を作り出してしまった」
切れ味が良すぎて使い手にすら危険を及ぼす刀になってしまったぞ。
下手な使い手が持てば自分の手足を切断してしまいそうだ。
「困った。ユメハさんに怒られる」
無断でユメハのコレクションを持ち出して強化していた俺は頭を抱えて蹲った。
「……とりあえず危険だから鞘を直して徹底的に硬質化しておこう」
過剰な程に鞘に硬質化の刻印を刻み込み、切断された床を直してユメハが帰って来るのを待つことにした。
「リオ。あなた何考えているの?」
「……すみませんでした」
俺は帰って来たユメハに――今日は近衛騎士団に所用で呼び出されて出掛けていたユメハに素直に謝ったが、返って来たのは呆れた声だった。
「別に怒ってはいないけど、どうしてちょっと出掛けて帰ってきたら唯の刀が国宝級のお宝になっているのよ」
「よ、喜んでくれるかなぁ~と思って」
「あの刀だって使い方次第でちゃんと使える代物だったのに」
「……すみませんでした」
やはり素人の俺が勝手に判断することではなかったようだ。
「もう一度言うけど別に怒っているわけじゃないのよ」
そう言いつつユメハは刀を腰だめに構えて、銅貨を1枚指で弾いて空中に放り――俺にはユメハの手がブレたことしか分からなかった。
そうして何かが床にパラパラと落ちて……。
「…………え?」
それが細切れにされた銅貨の末路だと理解するのに暫しの時間を要した。
「凄い切れ味よね。前の刀だったら流石にここまでは出来なかったわ」
「…………」
刀の性能が上がっても普通の人にはここまで出来ないと思う。
「おまけにバランスは元のままだし、鞘からの抜きやすさも変わっていないし、刀身に歪みも出来ていないわ」
「えっと……つまり?」
「考えられる限り理想的な刀になったわ♪」
あ、本当に怒っていなかったらしい。
ユメハさんが笑顔だ。
「これなら鉄や銅は勿論だけど、鋼だって斬れると思うし、下手をすればミスリルなんかも斬れるかもしれないわね」
「マジっすか?」
ミスリルというのは異世界特有の地球にはない希少な金属であり、非常に硬度が高い上に魔術に対する高い耐性を持つ。
非常に加工が難しい金属であり、武具として加工されたミスリルには並大抵のことでは傷1つ付けられないと言われている。
それをユメハさんは斬れるかもしれないと言う。
(まさに鬼に金棒って感じだな)
「リオ? 今何か失礼なことを考えなかったかしら?」
「な、ななな、何も考えていませんとも!」
相変わらず勘が鋭すぎて迂闊なことは考えられませんわ。
「でも3本を持ち歩くのは少し嵩張るわね」
俺が強化してしまった刀を気に入ってくれたのかユメハは普段使いするそうだが、確かにユメハは携帯する武器が多い。
まずユメハが普段使いしている愛用の剣。
次にサイオンジ公爵家に代々受け継がれて来た聖剣。
最後に俺が強化してしまった打刀だ。
どっかの海賊狩りでもあるまいし、流石に3本は多いのだろう。
「ふむ」
愛する妻の為に何か出来ないかと考える。
理想的なのはユメハも
そうなると……。
「指輪……は剣を振るのに邪魔になるから腕輪にでも簡易的な空間庫を付与して収納出来るような物を作ってみようか」
「そんなの作れるのっ!」
思い付きを話してみたのだが予想以上にユメハが食いついて来た。
「欲しい、欲しい、欲しい! 前からリオの
「さ、流石に容量無限とか中の時間を止めるとかは無理だと思うけど、それで良いなら……」
「構わないわ!」
予想以上にグイグイ来るユメハに押されて俺は安請け合いをしてしまった。
◇◇◇
まずはベースとなる腕輪を用意する。
これが気に食わないとなると後から刻印を刻む作業が全て無駄になってしまう。
「うぅ~ん。もうちょっと腕にフィットして邪魔にならない大きさのが良いわ」
可能な限りお洒落な腕輪を作ってみたのだが、剣を振るのに邪魔だからコンパクトなタイプが良いらしい。
何度かユメハの注文に従って加工していき、微調整を済ませて腕輪を完成させる。
「良い感じ。これなら普段から付けていても邪魔にならないわ」
ユメハにOKをもらったので早速腕輪に刻印を刻む作業を開始する。
作業は難航した。
俺の
だが腕輪に付与した簡易的な空間庫は物を放り込むのは兎も角、中から物を取り出す時は中に手を突っ込んで手探りになってしまう。
それでは緊急時には瞬時に武器を取り出したいユメハの要望に叶わない。
とりあえずユメハの武器に
「1番、出なさい」
ユメハの言葉に反応して腕輪の中から愛用の剣がユメハの手に出現する。
「1番、収納。3番、出なさい」
更にユメハ言葉で愛用の剣が腕輪の中に消えて打刀がユメハの手に出現する。
「ねぇ、リオ。もうちょっと早く出来ない?」
「……改造します」
上手く機能しているように見えたが、ユメハには出現速度と収納速度が不満だったらしい。
出現と収納の速度をユメハの注文に従って可能な限り上げて、更に武器の出現場所を細かく指定してユメハの手にジャストフィットするように設定した。
「良い感じだわ!」
お陰でやっとユメハの満足出来る出来になったようだが……。
「ユメハさんや、その大量の武器をどうする気なのかね?」
「これも登録して腕輪の中に入れておきましょう♪」
うん。ユメハさんの武具コレクションを全て腕輪の中に入れて出現収納設定をさせられました。
全てに拘りと思い出のある武器達らしく1つも妥協してくれなかったので大変だったよ。
◇◇◇
「そうだわ! どうせだから武器だけじゃなくて甲冑とかも入れておきましょう!」
「えぇ~……」
大変苦労してユメハの為に腕輪を設定したのに、追加の注文が来てしまいましたよ。
「お・ね・が・い♡」
「くっ。あざといと分かっていても俺の嫁可愛い」
「~♪」
結局ユメハにおねだりされて俺が頑張る羽目になった。
武器とは違って防具の方は腕輪からの出現位置を精密に設定する必要がある。
最初はユメハと同じ体型に作った木製の人形を使って何度も実験する。
万が一にでもユメハの身体の中に防具が食い込むなんてことがあってはならない。
何度も何度も実験を繰り返し、防具を可能な限り分解して、それぞれに細かく設定していく。
勿論ユメハにも協力してもらって、何度も防具を付けたり脱がしたり……。
「リオのエッチ♪」
「……役得だし」
過程で何度もユメハを裸にして堪能させてもらった。
毎晩見ていると言っても、やっぱり明るい内に見るのは新鮮ですわ。
そうして近衛騎士団の甲冑とサイオンジ公爵家の正装であるドレスアーマー、それに何着かの普段着や下着を登録して設定を終えた。
「いくわね。
適当な
「良い感じね。次は
続いて近衛騎士団の甲冑がサイオンジ公爵家の正装であるドレスアーマーへと変わる。
「……完璧だ。苦労した甲斐があった」
万が一にでもユメハの裸を俺以外の奴に見せない為に、今装着している装備を腕輪の中に収納すると同時に指定した装備をタイムラグなしで装着出来るようになっている。
この設定が本当に苦労した。
一応ある程度の速度で動いても装着に問題ないように設定はしたが、流石にユメハが全力で動いたら追従しきれないので、そういう場合はロックが掛って作動しないようにした。
「……
最後にユメハは指定不要の
これは俺の前以外では絶対に使わないように指定された
「お疲れ様、リオ♡」
「…………」
気が付けばもう外は夜になっており、そろそろ夫婦の時間だった。
「~♡」
ユメハは頑張った俺に沢山ご褒美をくれた。
我ながら単純だと思うけど、これがあるから俺は日々を頑張れるのだ。
◇◇◇
腕輪が完成して以降、ユメハは愛用の剣だけを持って出歩くようになった。
実際には腕輪の中に武器庫かと思うような量の武具が入っているのだが、それは腕輪の機能を知らなければ分からないこと。
「良いわねぇ~、それ」
「ふふん。良いでしょ~?」
ユメハは母親でありサイオンジ公爵家の現当主であるユキナさんに自慢しまくっていたけど。
というかユキナさんにそんなことを自慢したら……。
「私も欲しいわねぇ~。チラッチラッ」
「…………」
態々擬音を口で言ってまで俺に視線を向けて来るユキナさん。
こういう時にこそユメハにサイオンジ公爵家の独占欲を発揮して欲しかったのだが……。
「?」
ユメハが独占したいと思うのはあくまで俺個人であって、俺が作る物品までは独占欲は発揮されないのだと初めて知った。
はい。ユキナさんの分の腕輪も作ることになりました。
流石に防具の設定とかは何度も裸になってもらわないといけないので除外したが、それでもユメハに勝るとも劣らない武器コレクションが腕輪の中に入れられたのだった。
サイオンジ公爵家の女は武器マニアなのか?
◇◇◇
ユメハが馬に騎乗したまま疾走し、途中に設置された的を通り過ぎざまに腕輪から出した槍で貫き粉砕する。
更に馬の速度を落とさないまま槍を瞬時に収納して弓を取り出し、矢を番えて放ち、遠くに設置された的を見事に射抜いた。
うん。ユメハは騎士としての一面があるので当然のように馬に乗れるし、馬上で使う為に槍や弓の訓練も積んでいた。
今回は腕輪に収納された武器を馬上でも使えるのかというテストだったのだが……。
「悪くないわ。槍は重くて得意じゃなかったんだけど、この腕輪があれば必要な時にだけ出せるから不利がなくなったみたい」
「あ、はい」
既に俺の想定していた以上の練度で使いこなしていらっしゃる。
槍を腕輪から一瞬だけ出して攻撃に使い、邪魔になる前に収納するなんて使い方は想定もしていなかったんですけどねぇ。
「折角だし、2人で馬に乗って遠出でもする?」
「……俺は馬に乗れないんですけど」
一応、この世界にも鞍や鐙と言った馬具が存在するのだが、それ以前の話として廃棄皇子として馬術の訓練に参加させてもらえなかったので馬に乗ったことがないのだ。
「それなら……私が教えてあげるわよ♪」
「…………」
俺は騙されない。
ユメハは笑顔だが、あれは俺を愛おしく思っている時の笑顔ではなく――俺に地獄の訓練を施していた時のSユメハさんだ!
久しぶりに俺を虐めて遊ぶ気なのだ!
「あ。俺用事を思い出したので……」
エミリオ逃げだした。
「まぁまぁ♪」
しかし回り込まれてしまった。
くっ。幼馴染だった頃なら兎も角、相手が奥さんじゃ逃げられない。
無理に逃げたとしても帰る家は一緒だし、住んでいる部屋も同じなのだから!
結論から言えば俺は1日で馬に乗れるようになった。
馬の背にぐったりと倒れ込んで運ばれている様を乗っていると言うならな!
夜は可愛い奥さんなんです、本当に!
◇◇◇
忘れていたわけじゃないけど現在の帝國は周辺国と5年の停戦条約が結ばれているが、それを破って帝國を侵略しようとする国に狙われている。
まぁ、その情報を持って来たのがユキナさんという時点で皇帝を始めとした上層部に知れ渡っているのは分かり切っているので俺達が焦る必要は全くない。
俺とユメハの新婚旅行を中断してまで帝國内に留めているのだから確実に侵略軍は来るのだろうけれど、既にその対策も万全と見るべきだ。
帝國の万全の対策が本当に万全なのかは知らんけど。
「でも、いつ来るか分からない敵を待つってのも面倒だなぁ」
「そうね。いつになったら新婚旅行を再開出来るのかしら」
ユメハさんはまだ新婚旅行の続きを諦めていなかった。
いや、俺も諦めてはいないけどね。
「かと言って、こっちから攻める訳にもいかないしなぁ」
「サイオンジ公爵家が侵略戦争に加担するわけにもいかないしねぇ」
あくまでサイオンジ公爵家は帝國の守護者であって帝國の剣ではない。
少なくとも建前上は専守防衛であって、こちらから先制攻撃を仕掛ける訳にはいかないのだ。
これは高度に政治的な問題って奴だ。
「サイオンジ公爵家は兎も角、帝國軍はどうなっているんだ?」
先制攻撃を仕掛けられないのは、あくまでサイオンジ公爵家の問題なのだから、帝國軍は相手が攻めて来るという確かな情報があれば先制攻撃しても他国に対して条約破りとして責められることはない。
「前の戦争の影響で立て直しに精一杯なんでしょ」
「……頼りない」
帝國って、もっと精強な国なのかと思っていたのになぁ。
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