エピローグ 『世界最強の生物の一族』

 

 旅行で来ていた街の近くで火山が噴火した。


 逃げようと思えば逃げられるけど、何とか出来そうな力があるので、ちょろっと解決してやることにした。






「ね、ねぇ、リオ。これって本当に何とか出来るものなの?」


 飛翔魔法で空を飛んでいるからこそ現状が正しく把握出来るのか、俺がお姫様抱っこで支えているユメハはいつになく弱気だった。


 火山の噴火エネルギーは遥か上空まで届き、下手をすれば大気圏を超えて宇宙空間まで届くことがあるという。


 既に最初の噴火は収まっているが、それでも火山の上空に黒い煙が充満しているというのは見ているだけで不気味だし、火山からは今もマグマが噴き出して流れ落ちている。


「流石に相性として剣でどうにかするのは不可能……」


 不可能と言いかかけて世界最強の生物が頭を掠めた。


「……難しいと思うが、魔法なら色々な方面に対処が出来る」


 うん。あの人なら不可能じゃないかもしれないと思ってしまったんだ。


「例えば?」


「そうだな。魔法を使うことで初めて届いた物理現象としての1つの到達点。これなんてどうだ?」


 俺はユメハをお姫様抱っこしたまま苦労して指をパチンと鳴らして白い球体を生み出す。


「何それ?」


「理論は知っていても魔術だった頃には再現出来なかった代物……」


 その白い球体を生み出した直後から周囲の空気すらもが凍り付いて個体となって落ちていく。


絶対零度アブソリュート・ゼロ。あらゆる物質が凍り付く温度であるマイナス273.15℃を魔法で再現した代物だ。これを……投げ込んでみる」


 俺はそれを躊躇なく火山の噴火口目掛けて投げ入れて――一瞬で表面が凍り付いて白く染まっていく。


「凄い」


 うん。俺も自信はあったんだけど……。


「……無理か」


「え?」


 火山に蓋をする形になってしまい、中の圧力に耐え切れずに砕け散って再びマグマが溢れ出す。


「無理に蓋をして止めるより、余剰分を出し切って固める方が確実だな」


「出し切るって、あのマグマっていつ収まるの?」


「……さぁ?」


 まだ勢いよく噴き出している現状、いつ余剰分を出し切るかは未知数だった。


 とりあえず壁を作ってマグマが街に流れ込まないようにしておくか。






 当たり前だけど普通の岩とか土で壁を作ってもマグマの温度で溶けてしまうので無意味だった。


 仕方ないのでマグマを魔法で冷やして固めて火山を囲むように壁を作ってみたのだが……。


「うわぁ~……」


「これは酷い」


 マグマの量が想像以上で、火山を囲った壁から溢れそうになり、追加で壁を高くしたら崩れそうになって壁を補強して――とドンドン壁を分厚く高くしていったら火山と同じくらい高く囲む壁が出来てしまった。


 しかも、ここまでやっているのにまだマグマが噴き出してくるという始末。


「ど、どうするの、これ?」


「……仕方ないからマグマを減らそう」


「そんなこと出来るの?」


「……出来ればやりたくなかった」


 俺は溢れそうになるマグマを次元収納アイテムボックスに収納して体積を減らすことにした。


 これなら無限に入るので問題ないと言えば問題ないのだが、こんな物を収納して一体どうすれば良いのやら。


 完全に隔離した場所に収納しているが、時間が止まっているので温度が下がらないし、下手な場所に放り出せば二次被害が起こってしまう邪魔ものだ。


 更に言えばドンドン収納しているのに、まだ噴火は収まる雰囲気がない。


「もう2度と火山の処理をしようなんて思わない」


「まさに天変地異だよねぇ」


 うん。こんなの人間にどうこう出来る代物じゃないって。


「そろそろ諦めて帰りたくなってきた」


「……ここで止めたら街が消えるね」


「そ、想像以上に面倒臭かった」


「あはは。頑張って、リオ」


 ユメハに応援されて、仕方なく頑張ることにした。




 ◇◇◇




 噴き出す溶岩の勢いが落ちるまで丸2日掛かった。


 勿論、ずっと張り付いていたわけではないが、溜まったら次元収納アイテムボックスに入れて、溜まったら次元収納アイテムボックスに入れて、を繰り返していたので凄く疲れた。


「お疲れ様。頑張ったね、リオ」


「……うん」


 ユメハが居なかったら絶対に途中で心が折れて放り出していた自信がある。


 街を救った功績の半分はユメハのお陰だ。






 そうして2日ぶりに街に帰ったら――大歓声で出迎えられた。


 そりゃ、考えてみれば俺はユメハをお姫様抱っこで抱えて空を飛んでいたから目立っていたし、火山の周辺に壁を作って作業をしていれば誰かしら確認に来るだろうしね。


 特に望んでいないけど、俺は街を救った英雄として街の住人に感謝されることになった。


「人から感謝されるのって、なんか変な気分」


「リオはそれだけのことをしたんだもの。当然よ」


 前世では不運を集めていたので冤罪を吹っ掛けられることはあっても感謝されることなんてなかったし、今世では廃棄皇子として見下されることはあっても感謝はなかった。


 だから、どういう反応をすれば良いのか分からない。


「……やっぱりユメハだけで良いな」


「ん。私もリオだけで良いよ」


 改めて、俺はユメハが居ればそれ以外はいらないと自覚して、ユメハも同じようなことを言っていた。


 とは言っても俺とユメハでは言葉の重みが全く違う気がするけど。


「そもそも、新婚旅行に来てまで働くのが間違えていると思う」


「そう? 私がリオの格好良い姿が見られて嬉しかったけどな♪」


「…………」


 こういうところだと思う。


 ユメハは俺が誰かの為に頑張っているとか、何か目標を立てて努力している姿を見ても喜ばない。


 ユメハが喜ぶのは、あくまで彼女が基準とした価値観で格好良いと思う姿なのだ。


 トルテラスのように善意で人助けをすることを推奨しないし、世間の価値観で善行を積むことも求めていない。


 ユメハはユメハだけの価値観で俺を見定め、俺が選び、俺を愛した。


 ユメハが求めるのは、あくまで俺という個人なのであって、他の誰かの価値観が混在する余地はない。


 だからユメハの傍はホッとする。


 ユメハさえいれば他に何もいらないと思わされる。


 恐ろしきはサイオンジ公爵家というべきか。






 街の住人の歓声から逃れて、ユメハと今後のことを相談しながら歩いていたら……。


「お疲れさまでした」


 またもトルテラスに遭遇した。


 とは言っても今回は偶然の邂逅ではなく俺達を待ち構えていたようだが。


「何か用か?」


「いえ。まさか、あの天変地異を人の手で解決出来るとは思っていなかったので……お2人は何者なのですか?」


「赤の他人に話す義理はないな」


 俺達の正体は特に隠す必要はないが、だからと言って正直に話す必要性も感じない。


「確かにお2人にとって僕は赤に他人でしょうし、Bクラス冒険者のトルテラスとしては強制的に聞き出す権利もありません。ですが……」


 トルテラスが片手を上げると周囲から黒ずくめの恰好をした男達が何人も現れて俺達を包囲していく。




「ユルグ聖国の第3聖子としてはお2人を見逃すわけには参りません」




 そしてトルテラスは自分の正体を明かしてきた。


「ユルグ聖国って?」


「確か、この街を含めた周囲一帯を支配している宗教国家ね。首都は聖都って呼ばれていて、住人が全員信者だって話を聞いたことがあるわ」


 俺が聞いたらユメハは知っている範囲の情報を教えてくれた。


「貴様ら……殿下を前に無礼であろう! 跪くがよい!」


 そんな俺達の態度が気に食わなかったのか周囲を囲む黒ずくめの内の1人が激高した。


「街を救った英雄に対する態度じゃねぇな」


「ごめんね。でも君達の力は国という視点で見れば脅威以外の何物でもないんだ。聖族の1人として君達の正体を知らないまま素直に感謝することは出来ないんだよ」


「なるほどねぇ~」


 俺は納得しながらチラリとユメハを見ると肩を竦めていた。


 帝國のサイオンジ公爵家に対する態度も似たようなものだったし、国という単位から見れば脅威としか言えない俺達を放置は出来ないのだろう。


「どうするの?」


「別に無理に隠す必要もないだろう。もう、この街での観光は無理っぽいし」


 俺達が英雄として歓待されるだけなら兎も角、付近で火山が噴火した以上は呑気に観光客相手に商売もないだろう。


 どの道、観光出来ないなら別の場所を探す必要があるから一旦帰らないといけないし。


「俺はアルシアン帝國の元第4皇子エミリオ=オルテサンド=アルシアン……だった者だ。今はエミリオ=ゲイオ=サイオンジだけどな」


「帝國の皇族っ!」


 俺の正体を教えてやるとトルテラスを含めて周囲の黒ずくめ達も驚愕したけど。


「どうした? 頭が高いぞ。跪いても良いんだぜ」


「そ、それは……」


 さっき俺に無礼だとか跪けとか言っていた黒ずくめに言ってやると明らかに目を泳がせていた。


「私はユメハ=レイオ=サイオンジ、帝國のサイオンジ公爵家の長女にして次期後継者で……リオの奥さんよ」


「公爵家の令嬢っ! しかもサイオンジって……帝國の守護者!」


 更にユメハが正体を明かしたら更に驚いていた。


 うん。他国の王族にとっては帝國の皇族よりもサイオンジ公爵家の方が有名だし脅威だからねぇ。


「ど、どうして帝國の皇族と公爵家の令嬢がこんなところに……」


「お忍びで新婚旅行に来ただけだが、何か問題でもあるのか?」


「…………」


 そりゃ聖国としては無断で他国の皇族や公爵令嬢が入り込んでいたら問題だろう。


 このことが聖国の上層部に知られれば帝國に抗議されることもあるだろうが――俺とユメハにはあまり関係ない。


 帝國としてはサイオンジ公爵家が大人しくしている以上、多少の我儘は受け入れる方針だしね。


 更に言えば聖国としては腹の中に爆弾が入っていたと知らされたようなものだ。


 俺は兎も角、サイオンジ公爵家を腹の中に抱え込むなんて、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなもので、扱いは慎重を要する。


「流石にお2人の扱いは僕だけでは手に余ります。一度聖国の聖都へ来ていただけませんか?」


「断る」


「お断りよ」


 トルテラスの要請を俺とユメハは二つ返事で切り捨てる。


 新婚旅行中に他国に拘留とか冗談じゃない。


「……国際問題になりますよ」


「すれば良いんじゃね? 帝國は大変な時期だが、それでもサイオンジ公爵家の為なら全力を出してくれるだろうし」


「…………」


 俺の答えにトルテラスは暫し沈黙して……。


「分かりました。僕はお2人が何者か聞いていないし、お2人の行動を邪魔しないことを誓いましょう」


 俺達を見て見ぬふりすることに決めたようだ。


「殿下っ!」


「弱体化したとはいえ帝國はまだまだ脅威となる力を持っている。無駄に彼らに敵対して得られる物など聖国にはない」


 大きな声を上げた黒ずくめをトルテラスが諫める。


 まぁ、どんな国だろうとサイオンジ公爵家を――ユキナさんを敵に回すとか自殺行為以外の何物でもないしねぇ。


 これで後は普通に帰れば良いのだけど……。


「な、何か?」


「無礼者は跪いて侘びを入れるものじゃないのか?」


「ぐっ……!」


 とりあえず俺達に跪けとか言ってきた黒ずくめには意地悪を言っておいた。


 奴は周囲に助けを求めたが、隊長らしき奴がやれと指示をしたので唇を噛んで屈辱に耐えながら俺達の前に跪いて頭を下げた。


「リオったら意地悪なんだから♪」


「ふはは。俺は権力を嵩に着て偉そうな態度を取る奴には容赦しない主義だからな」


 言葉とは裏腹に楽しそうに言ってくるユメハに笑いながら返す。


 いや。実を言えばやらなければユメハが奴を殺していた。


 底なしの愛情を持つサイオンジ公爵家の女が愛する男を侮辱されて黙って見逃がすとかありえないし、国際問題とか以前の話としてサイオンジ公爵家に喧嘩を売ったとして無礼討ちが成立してユメハは無罪になった筈だ。


「っ!」


 それに気付いたのかトルテラスは盛大に顔を引き攣らせていたけど。




 ◇◇◇




「お帰りなさい。大変だったみたいねぇ」


 転移で帝都のサイオンジ公爵家に帰ったらユキナさんが出迎えてくれた。


「まったくよ。折角、楽しい新婚旅行だったのに、あの火山のせいで台無しだわ」


 ユメハはプリプリ怒っていたけど。


 実際こんなに早く帰ってくるつもりはなかったし、もっとのんびりと観光を楽しむ予定だったのだ。


 それが中断される原因となった火山には文句を言っても言い足りない。


「次は自然の豊かな田舎にでも行こうか」


「それも良いわね。今回は観光地が多かったけど、本当にありがたかったのは温泉くらいだし何もない場所が一番だわ」


 そうして早速次の旅行先の相談を始めたのだが……。


「残念ながらお仕事の時間よ」


 その相談はユキナさんによって中断されてしまった。


「仕事? 帝國の周囲にある国とは停戦条約が結ばれて5年は攻めてこないんでしょ?」


「ええ。そういう約束になっているわねぇ」


 サイオンジ公爵家が公的に動くのは他国が侵略してきた時のみなので、周辺の国家が動かなければ仕事はないのだが……。


「集団になると空気の読めないやんちゃ坊主って必ず出てくるものなのよ」


 どっかの国が条約破りをやらかそうとしているらしい。


「この情勢で軍を動かせば世間の醜聞以上に条約に同意した国が黙っていないと思うのですが……」


「短期決戦で帝都を落とせばどうにでもなると思っているのでしょうねぇ」


「……サイオンジ公爵家が居るのに?」


「前回は戦力を温存して帝都までは攻めてこなかった国だから知らないのでしょうねぇ」


「……馬鹿過ぎる」


 連合軍を超える大軍団を持ってしてもサイオンジ公爵家を突破して帝都に辿り着くことも出来なかったのに、どうして一国だけの戦力で帝都を落とせるなんて幻想を抱いてしまえるのか。




 ◇◆◇




 とある国の兵士達が酒場で話をしていた。


「こいつら馬鹿だろう」


 そう断言したのは一国で帝國を攻める計画を聞いた隊長格の兵士。


「でも万が一にでも成功してしまえば不味いことになりませんか? 帝國の帝都を落として帝國の支配権を主張すれば手も出せませんし、そいつらの1人勝ちですよ」


 不安そうに言い返すのは若い新兵。


「はっ。ありえねぇよ」


 その新兵を笑い飛ばしながら断言する隊長兵士。


「でも……」


「良いか? 帝國に奇襲を掛けるだけなら兎も角、帝都に進軍して制圧しようなんてのは夢物語なんだよ。出来る訳ねぇ」


 なおも言い募る新兵に対して隊長兵士は断言する。


「……どうしてそんなことが言い切れるんですか?」




「サイオンジ公爵家がいるからに決まってんだろ」




 そして決定的な理由を明言する。


「サイオンジ公爵家って、そんなに凄い軍を持っているんですか?」


 それに対して新兵は見当違いなことを言う。


「阿呆か。サイオンジ公爵家の奴らが軍なんて率いる訳ねぇし、軍を率いる方法だって知らねぇだろうさ。そもそも奴らは自分達の軍を持っていないからな」


「……何が脅威なんですか?」


 軍の常識と脅威を知る新兵には理解出来ない。




「サイオンジ公爵家の奴らは化け物だ」




 単騎で軍を圧倒する戦力が存在することに。


「奴らは軍を持っていないし軍を率いたりもしない。何故なら……奴らが単独で万の兵士に突っ込むだけで軍を壊滅させる力があるからだ」


「まさか……ははは」


「……同盟軍が帝都を制圧する為に何万の兵士を集結させたか分かるか?」


「…………」


「結論から言えば同盟軍は帝都に辿り着くことすら出来なかった。何故だと思う?」


「まさか……」


「サイオンジ公爵家が帝都を護っていたからだ。制圧どころか近付くことも出来なかったらしい」


「…………」


 真面目な顔で語る隊長兵士に新兵の顔が青褪めていく。


「サイオンジ公爵家が護る帝都を攻めるのがどれだけ非現実的なのか少しは理解出来たか? だが現状はもっと絶望的だぞ」


「まだ何かあるんですか?」


「サイオンジ公爵家に婿に入った帝國の第4皇子を知っているか?」


「ああ、噂の廃棄皇子」


「……奴は爪を隠す鷹だった」


「?」


「帝都に近付いた同盟軍に奴が放った大魔術で馬鹿みたいな数の兵士が一瞬で消し炭となった」


「……廃棄皇子って大魔術なんて使えましたっけ?」


「隠してやがったのさ。そして絶妙なタイミングで爪を現しやがった。下手をすれば奴の戦果はサイオンジ公爵家を上回るくらいだ。誰も奴を警戒していなかったからな」


「うわぁ~」


「今までのサイオンジ公爵家なら剣の間合いに入らない遠距離から攻撃するという攻略法もあったが、奴がサイオンジ公爵家の婿に入った以上、今まで以上に隙がなくなった」


「…………」


「だから帝都を落とすなんて絶対に不可能だ。白金貨1万枚賭けても良いぜ」


「……誰も乗ってくれなさそうですね」


「現実的な話じゃないからな」


 こうしてサイオンジ公爵家の無敵秘話はドンドン広まっていくのだった。




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