第19話 『日本人はやっぱりおかしいと思う点』

 

 その青年の名前はトルテラスというらしい。愛称はトルテ。


 身長は175センチ前後、体型は中肉中背で、顔は平凡、髪は茶色の癖毛で、瞳の色は少し濃い茶色。


 年齢は18歳で職業は冒険者。


 一応Bクラス冒険者で剣の腕には自信があるらしいが、魔術は生活に必要な初等魔術くらいしか使えないらしい。


 そして5人の女を侍らせる女好き……。


「あ。宿に1人残してあるので正確には6人です」


「…………」


 6人の女を侍らせるハーレム野郎だ。


 食堂に居た男全員がトルテラスに神罰を祈ったのがなんとなく分かった。






 特に同行する理由もなかったので俺とユメハは食事が終わって直ぐに別れたのだけど……。


「世の中にはああいうのもいるのね」


「女には人気がありそうけど、男には死ぬほど恨まれるタイプだな」


 食堂を出た後も話題に出さずにいられない奴らだった。


「……リオも羨ましい?」


 そしてユメハが密かに罠を仕掛けて来た。


「俺はユメハが1人いてくれれば良いよ」


「うん♪」


 俺は騙されない。


 ユメハは笑顔だが今の質問、俺がちょっとでも迷おうものなら徹底的に追及する気だったことを俺は知っている。


 サイオンジ公爵家の女の独占欲は並の常識では測れないのだ。


 僅かに可能性があるというだけでユメハは容赦なんてしてくれないし、ユメハが可愛い奥さんでいてくれるのは俺を独占している間だけなのだ。






 もう会うことはないと思っていたトルテラスだが再会は想像以上に早かった。


 俺達が食堂を出てからイチャイチャしながら食休みの散歩をしていたら、裏路地から襤褸切れを纏った女が転がり出て来た。


 何事かと目を丸くする俺とユメハの前で女は裸足で走り出して、その後を裏路地から飛び出してきた複数の男達が追いかけて行く。


 女は必死に逃げたようだが遭えなく捕まって地面に押さえつけられて――そこにトルテラスが偶然通りかかった。


 何故か女達と別行動をしていたトルテラスは男達に地面に押さえつけられている女を見て激高し、鞘に入ったままの剣を振り回して撃退してしまった。


 それから男達は何事かを怒鳴りつけ、それを聞いたトルテラスが暫し迷ってから男達に何かを差し出した。


 男達は暫くの間、トルテラスと女を交互に見ていたが、やがてトルテラスの差し出すものを受け取って去って行った。


 そうして男達が去って行ったあと、女がトルテラスに何かを問い、トルテラスが何かを答えて――女がトルテラスに抱き着いて泣き出した。


 その後、泣き続ける女の肩を抱きながらトルテラスは去って行った。


「何これ?」


「さぁ?」


 茶番の一部始終を見せつけられた俺とユメハはどんな反応をして良いのか迷う。


 いや。トルテラスがどうやって女を増やしたのか分かったが、だからと言ってベタ過ぎて呆れて良いのか感心すれば良いのか。


 分かったことはトルテラスの女が7人に増えたことくらいだった。




 ◇◇◇




 トルテラスのことは置いておいて、この街――というか、この地域は地震が多い。


 温泉が出るということは火山が近いということで、その影響で地震が多い地域なのだろう。


「きゃぁっ!」


 帝國では滅多に地震など起きないので、帝國で育ったユメハは小さな地震が起こる度に俺に抱き着いて涙目で震えている。


 涙目で哀願してくるユメハはとても可愛かったのだが……。


「ど、どうしてリオは平気なのよぉ」


「……慣れてるからかな」


 どっちかというと地震大国である日本で育った前世を思い出し、震度2とか3くらいでは動じなくなっている俺の方がおかしいのだろう。


 というか地震慣れしている日本人がおかしいのだ。


「だ、大地が揺れているのよ。こんな天変地異を怖がるのは当たり前じゃない」


「前世で住んでいた地域は特に地震が多くて、大小合わせれば1日500回とか普通に揺れてたらしい」


「どんな地獄よぉ!」


 いや。体感出来る地震は多くないと思うが、統計だと日本ではそのくらい地震が発生していたらしい。


「だから、ちょっと揺れたくらいでは『あ、揺れてる』くらいにしか思わないんだよねぇ」


「うぅ。私だけ怖がって馬鹿みたいじゃない」


 この街に住んでいる住人も当然のように地震には慣れているみたいだしねぇ。


 流石に日本人程ではないと思うけど。


「こんな時に言うのもなんだけど、涙目で震えてるユメハも可愛いよ」


「うぅ……後で覚えてなさいよぉ」


 抱きしめて背中を撫でて宥めるのは役得というものだ。


 一瞬、お尻に手を伸ばして撫でようと思ったが、本気で怖がっているみたいなので自重した。






 地震が収まっても小動物みたいにビクビク震えて周囲をキョロキョロ警戒しているユメハも可愛い。


 まだ怖いのか俺にしがみ付いて離れないのもGOOD。


「ね、ねぇ。リオの魔法で地震を止める魔法とかってないの?」


「それは物凄い大規模な大魔法が必要になるな」


 不可能とは言わないが、魔法で地殻変動を制御するとなると相当大規模な魔法が必要となってしまう。


「そんな魔法を開発するより魔法で空を飛んだ方が遥かに簡単に地震を避けられるけどな」


「あ」


 空を飛べば万事解決とは言わないが、揺れている大地から離れれば地震の影響から逃れられるのは間違いない。


「リオ。次に地震が来たら……私を連れて飛んでくれる?」


「……喜んで」


 上目遣いで哀願してくるユメハさんは強烈ですわぁ。


 喩え借金の連帯保証人にだって即答でOKしてしまいそうだ。


 次に地震が来たらお姫様抱っこで空の散歩にご招待しましょう。






 そんな感じでユメハとイチャイチャしていたら……。


「あ」


 余程縁があるのか再びトルテラス一行を見掛けてしまった。


「なんか……また増えてない?」


 しかもユメハの言う通り、奴の傍には8人の女が侍っていた。


「あれが全部、恋人とか愛人……なのよね?」


「そういう話だったな」


「あの人……見掛けによらず夜は凄い人なの?」


「…………」


 恐らくユメハは俺を基準に夜の生活を推察したのだろうけれど、普通の男女は毎晩はやらないから。


 8人の女と毎晩だと普通に枯れるから。


 とは言ってもトルテラスが想像を絶する絶倫という可能性もないわけではないのだが……。


「ちっとも羨ましいとは思えんなぁ」


「?」


 トルテラスのようになりたいとは欠片も思えなかった。


 少なくともユメハは俺が毎晩相手をする際に満足している。


 言葉だけでなく、態度や身体の反応から考えてもユメハが充足感を得ているのは間違いないし、もしもユメハのストレスを数値で表すことが出来たからゼロに近いと思う。


「こんにちは、リオさん」


 そんなことを考えていたらトルテラスの方が俺達に気付いて挨拶して来たのだが……。


「リオをリオって呼ばないで」


「っ!」


 ユメハだけに許される俺の愛称を不用意に呼んだことでユメハに恐ろしく冷たい目で睨まれて顔を引き攣らせていた。


「えっと、その……」


「俺はエミリオだ。リオという愛称は……」


 俺は未だにトルテラスを睨みつけるユメハの腰に手を回して抱き寄せる。


「愛する妻にしか許していない」


「~♡」


 ユメハは直ぐに機嫌を直して俺に抱き着いて来た。


「ご、御夫婦でしたか。馴れ馴れしくしてすみませんでした」


「……次はないわ」


 ユメハはトルテラスに全く興味がないので投げやりに返事をしただけだが。


「そっちは、また女が増えているな」


「別に無作為に同行者を増やしているわけではないですよ。ただ、理不尽な目に遭っている人を助けると一緒に来たいという人が多いだけです」


「男は助けない主義か?」


「困っている人が居れば助けるに決まっているじゃないですか」


「……そうか」


 それだと女ばかり侍らせている理由の説明にならないんだが、こいつは男に毛嫌いされているからなぁ。


 こいつに助けられても素直に感謝とかしたくないだろうし。






 それから何故か一緒に昼食を食べることになって、人数が多いから屋台で済ませる為に何故か男手――俺とトルテラスで買い出しに出掛けることになってしまった。




 ◇◆◇




 一時的とはいえエミリオと引き離されたユメハは退屈に欠伸を噛み殺していた。


 傍には8人もの女がいるが、特にユメハから話し掛けるような間柄でもないので無視していたのだが……。


「あの……」


「ん?」


「ご夫婦だったんですね。先日は恋人ではないと言っていた割に親しいとは思っていましたが……納得しました」


「……どうも?」


 唐突に話し掛けて来た女に何と答えたものか迷ったので妙な返答になってしまうユメハ。


 ここで話題は途切れてしまうのだが、丁度良いのでユメハは先程疑問に思ったことを聞いてしまうことにした。


「あなた達はあの人の恋人とか愛人とかなのよね?」


「あ、はい」


「それって夜はどうなっているの?」


「…………はい?」


「8人全員が相手をしてもらっていたりするの?」


「「「「…………」」」」


 8人の女達はユメハが何を聞きたいのか知って全員が頬を赤く染めた。


「えっと、その……今は順番制になっています」


 その中で代表と思わしき女がトルテラス達がまだ戻って来ないことを確認しながら恥ずかしそうに答える。


「順番制?」


「一度に全員を相手にしてもらうのは無理ですから、一晩に1人ずつ相手をしてもらっています」


「え? でもそれだと……8日に1回ってこと?」


「いえ。トルテにも休息日が必要ですから、1日置きです」


「…………」


 これにはユメハの方が絶句した。


 計算すれば分かることだが、彼女達がトルテラスに夜の相手をしてもらえるのは16日に1回ということになる。


 それにトルテラスの人助けがまだまだ続くならペースはもっと下がる。


「それで欲求不満になったりしないの?」


 それは毎晩のように愛する男に満たされて、求めればいつだって応えてもらえるユメハにとって想像も出来ない程の苦行に思えた。


「平気です。私達はトルテを愛していますから」


「そ、そう」


 愛があるから大丈夫と答える彼女にユメハは盛大に顔を引き攣らせる。


 何故ならトルテラスの愛が本物だったとして――否、本物だからこそ、その愛は8分の1しか与えられないのだ。


 少なくともサイオンジ公爵家の女であるユメハには全く理解出来ない愛の形だった。


「えっと、あなたは……」


「ユメハよ」


「ユメハさんの方はどうなのですか?」


「どうって?」


「旦那様……エミリオさんのことを愛していますか?」


「この世の誰よりも愛しているわ」


「…………」


「私はこの世に私とリオが居ればそれだけで満足出来るわ。逆に言えばリオが居ない世界なら私が存在する意味はないと思っている。私にとって大事なのはリオだけよ」


 それがユメハの本音。


 常人から見れば狂人の思考だが、それはサイオンジ公爵家の女にとって生まれた時から持っている常識。


 何ら恥じることはないし、何ら隠すこともないし、何ら誇ることでもない。


 これがサイオンジ公爵家なのだから。





 エミリオとトルテラスが戻って来て、ユメハが定位置とでも言うようにエミリオの隣に戻った後、彼女達は頭の中で苦悩と戦う羽目になっていた。


 彼女達は1人の例外もなくトルテラスに命を救われるか、それに相当する恩を受けて同行を願い出た者達。


 トルテラスを心から愛しているし、トルテラスの為なら命も掛けられると思っていた。


(こんなこと思っちゃいけないのに……羨ましいと思ってしまう)


 ユメハの言葉と態度を見れば常にエミリオと1対1で過ごしていることは明白。


 つまり心から愛する男の愛情を100%独占しているということ。


 彼女達もトルテラスの愛を疑ったことなどないが――独占とは程遠いことも事実だった。


 ハッキリ言えば圧倒的密度の差を感じ取って羨望を感じているのだ。


 愛は無限などと言うが、喩え愛が無限であっても複数の女が居れば共に過ごす時間は分散されるのが道理。


 愛する男の愛も時間も独占しているユメハを羨ましく思うのは当然の話だった。


(迷ってはいけない。私達はトルテに恩を返す為に生きているのだから)


 そして泥沼の思考に陥る。


 愛より恩を優先してしまえば共にいる理由は義務感に染まる。


 恩があるから共にいるのであれば愛は必ずしも必要ではないということになってしまう。


 ユメハと接触したことによって生じた迷いは彼女達に深刻な問題を突き付けることになったのだった。




 ◇◇◇




 ユメハと共に屋台で買ってきた物を食べていたら――不意に地面が揺れた。


「きゃぁっ!」


 俺は動揺しないがユメハはいつも通り悲鳴をあげて抱き着いてきて……。


「おっとと」


 思ったよりも揺れが大きくて俺もバランスを崩し……。


「よっと」


 宣言通り、俺はユメハをお姫様抱っこして飛翔魔法で揺れない宙に舞い上がる。


 とは言っても地面から数センチだけ。


「リオ……ありがと♡」


 地面の揺れから逃れ、更に俺に抱きかかえられてユメハは落ち着きを取り戻したのだが……。


「くっ。大きいぞ!」


 未だ大きく揺れ続ける地震に対してトルテラス達も立っていられなくなって地面に伏せていた。


「……これは少し不味いかな」


「何が?」


「これだけ大きい地震が起きるということは……あまりよろしくない事態が起こるってことだ」


 既に地震は立っていられない程に大きくなり、少なくとも震度4や5では済まない揺れになっている。


 更にここが温泉街であることを考えると……。


「な、なに、この振動?」


 暫くして地震は収まってきたが、逆に嫌な振動が地面を伝って小刻みに揺れている。


「ちょっと上に移動するぞ」


「あ、うん」


 俺はユメハを伴って街の上空へと赴き、高い位置から周囲を見渡して――遠くに高い山が聳えているのを発見した。


「あの山がどうかしたの?」


「……噴火する」


「え?」


「このままだと、あの山から勢いよくマグマが噴き出して空高くまで舞い上げられる。その後にマグマが流れ落ちてきて街を焦土に変えるだろう」


「…………」


「あくまで可能性の話だけどな」


 地震と火山の噴火には密接な繋がりがあり、大きな地震の後には連動して火山の噴火が起こるものだ。


 まだ確実に噴火するとは限らないが……。


「り、リオ。なんか……あの山震えてない?」


「……耳、塞いでおいた方が良いな」


 俺とユメハを包み込むように防音結界を張った直後――火山と思わしき山から垂直に赤い柱が立ち上った。


 防音結界のお陰で轟音は届いて来ないが、それでも振動が伝わって来てビリビリと衝撃の大きさが伝わってくる。


「なに……あれ?」


「火山の噴火だが……規模は想像以上だな。このままだと街どころか周囲一帯にマグマが流れ込んでくるぞ」


 下を見れば街の中は完全にパニック状態で、混乱してオロオロする者、恐怖に腰を抜かして座り込む者、神に祈りを捧げた助けを求める者と、現状を正確に理解している者は皆無だった。


「ど、どうするの?」


「手っ取り早いのは転移で逃げることだが……」


 俺達は帝國の関係者であって、この街には旅行で来ただけだ。


 見捨てて逃げても誰にも責められる謂れはないだろう。


「だが助ける力があって見捨てるというのは俺のプライドが許さない。全身全霊というわけではないが、俺の余裕を崩さない範囲で助けてやっても良い」


「くす。傲慢な考え方ね」


「……それは仕方ない」


 だって俺が傲慢の王――神滅兵器【傲慢の王ルシファー】の所持者である魔王なのだから。


 この状況で神滅兵器【傲慢の王ルシファー】は役に立たないだろうけど、俺に出来ることは決して少なくない。


 魔法使いは伊達じゃない。




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