第18話 『100人の美女よりもたった1人の嫁』

 

 温泉街に滞在3日目。


 今日も俺とユメハはイチャイチャして、イチャイチャして、偶に観光地を巡って、イチャイチャして過ごした。


「あ」


 そんな中、ユメハが身に付けていた小さなイヤリングがリーンという小さな共鳴音を響かせる。


「もう。良いところなのに」


 途端にユメハは不機嫌になってイヤリングとお揃いの胸元のネックレスを手に取って何やら話し始めた。


 これらは俺が新開発した念話装置である。


 要するに携帯電話の劣化版みたいなもので、ユメハの場合はイヤリングがスピーカーで、ネックレスがマイクになっている。


 付与されているのは念話魔法と言って実際に声を出さなくても良い系統の魔法なのだが、扱いに慣れていないユメハは実際に喋って通信している。


 そして喋っている相手は帝都に居るユキナさんだった。


 うん。俺達が長期の旅行に行く条件として、いつでも連絡が付けられるようにしておくことが提示され、当初は毎日俺が転移で定時報告に帰ることが義務付けられていたのだが――流石にそれは興ざめなので頑張って開発した。


 この念話装置は俺の地図魔法ワールドマップと連動していて、地図魔法ワールドマップに表示される場所にいる限り連絡が可能という代物だ。


 我ながら画期的な発明ではあると思うのだが――何故かユキナさん夫婦にも一式要求された挙句、ユメハに定期的に連絡が来るようになってしまった。


 昨夜は俺のところにも連絡が来て『これで何時でもダーリンとお話出来るわ♪』と中身のない自慢話をされた。


 ユメハが不機嫌になる理由も分かってくれると思う。


 夫婦で楽しくイチャイチャしているところに親から連絡が入ったらぶち壊しだよねぇ。


 しかも内容は特に意味がない上に、定時報告という名の夫婦の自慢話だ。


「リオ。これって念話拒否とか出来ないの?」


「……その機能はまだ付けていないなぁ」


 遠距離で連絡が付くだけでも画期的な代物なので、流石に着信拒否みたいな機能は実装されていない。


「うぅ~、楽しい旅行なのに、この瞬間だけは一気に醒めるわ」


「……だな」


 定時連絡は旅行の最低条件とはいえ、真新しい玩具を手に入れて浮かれるユキナさんの相手は疲れるのだ。


 ちなみに家の中だというのに夫婦で念話装置を使って遊んでいるらしい。


 まぁ、これはこれで動作テストとしてはありがたいのだが、新婚旅行に定期的に水を差してくるのはマジで勘弁して欲しい。






 余計な茶々が入ったが、気を取り直して俺はユメハとイチャイチャしながら観光を楽しむ。


 この街は温泉だけでなく貿易が盛んなのか東西南北の色々な国から色々な物が入っているらしく、適当に店を回っているだけでも楽しめる。


「あ。あそこに寄っても良い?」


 その中でユメハが興味を示したのは武器屋だった。


 まぁ、物心付いた頃にはもう剣を振っていたユメハだし、既に生活の一部として組み込まれてしまっている部分なので仕方ない。


 俺はユメハに無理矢理持たされた木剣くらいしか振ったことがないのであまり興味はなかったのだが……。


「これはまた……」


「色々あるわねぇ」


 なんというか和洋折衷というよりも乱雑という感じで統一性のない武器が所構わず並べられていた。


 帝國でも扱っているような剣や槍や弓なんかもあるが、青龍刀にトンファーやサイ、鎖鎌や手裏剣に苦無まで売っている。


 そして極めつけなのが店の壁に飾ってある4メートル近くある日本刀モドキ。


 刃渡りが3メートル以上あり、柄の部分が1メートル近くあるという代物だ。


「長いのに随分と細いのね。これだと簡単に折れてしまわないかしら?」


「やり方次第かなぁ」


 鞘から引き抜くだけで一苦労だろうし、これを振り回すのはもっと大変そうだ。


「やり方次第では実用出来るってこと?」


「何を考えてこんな頭の悪い物を作ったのか知らないけど、使えないこともないってレベルじゃないか? ちゃんと作りがしっかりしていればの話だけど」


 俺がユメハにそんな説明をしていたらドンッ! と大きな音がして、振り返ると不機嫌そうな髭面の男が俺を睨みつけていた。


 うん。忘れてたけどここは武器屋で店主もいたんだよね。


 ドワーフと言われても納得しそうなゴツい筋肉で覆われた身体とズングリした体型の持ち主が。


「小僧、面白いことを言ってくれるな。そこまで言うならそいつを振ってみろ。使いこなせるならそいつをくれてやる」


「えぇ~……」


 なんか面倒くさいことになってしまったぞ。






 頭のおかしい長さの刀を持たされて店の裏から出ると広い裏庭が広がっていた。


「とりあえず、こいつを切ってみろ」


 その裏庭の真ん中に藁束で作られた的を立てるドワーフ的店主。


「リオ、頑張って!」


 そして無責任に声援を上げて応援してくれる俺の嫁。


「……危ないから離れててくれよ」


 仕方ないので嘆息しつつも俺は藁束から10メートルほど離れた位置に立つ。


 そして魔法である程度の身体強化を施してから……。


「行くぞ」


 刀の柄を持って鯉口を切り、そのまま鞘を置き去りにするように刀を抜きながら前に走り込む。


 3メートル超の刃が鞘から抜けた後、勢いを落とさないように右に身体を捻って、同時に刀も横に大きく弧を描くように振って藁束を横に両断する。


(微妙~)


 咄嗟に感想を抱きつつ、刀の勢いを落とさないように身体ごと回転させつつ左手でも柄を握って両手持ちに切り替えて――独楽のように回転して円を描くように未だに宙を舞っていた藁束を斬り付ける。


 喩えるならば、まるで丸のこぎりのように身体を回転させて次々と藁束を斬っていき……。


「よっと」


 最終的には切っ先を地面に擦り付けるようにブレーキを掛けて回転を止めた。


 肝心の藁束は幾度も横に切断されて千切り――とまでは言わないがぶつ切りになって地面に落ちた。


「面白い使い方ね。通常の剣みたいに叩き斬るんじゃなくて、刃の切れ味を生かして斬るタイプの剣なのかしら?」


「説明不要で助かるけど……予想以上にナマクラだった」


「あらら」


 俺が刀の刃を見せると、ところどころに刃毀れが出来てしまっていた。


 藁束に刃を滑らせるようにして斬るつもりだったのに、切れ味が足りなくて強引に斬る羽目になって刃毀れしてしまったのだ。


 魔法で強化しても俺の腕が不足していること以上に、刀の方に問題があったことは明白だ。


「少し待っていろ!」


 店主に苦情を言おうとしたら、何故か店主は店の中にすっ飛んで行ってしまった。


 そうして俺がユメハに手伝ってもらって苦労して刀を鞘に納めていると店主が戻って来て……。


「こいつを使ってみろ!」


 俺に向かって刀――先程の無意味に長いものではなく通常の打刀を差し出してきた。


「普通のあるやん」


「良いからさっさとやって見せろ!」


 そうして怒鳴った店主は再び裏庭に藁束を立て始める。


「本業じゃないし苦手なんだけどなぁ」


「それなら私が代わりにやってあげるわ」


 ブツブツ言っていたらユメハが代理を名乗り出てくれた。


「剣とは使い方が違うけど大丈夫か?」


「リオのやり方を見ていたから大体わかったわ」


「……これだから天才は」


 俺が前世のうろ覚えの知識を動員して、魔法で補助してまで頑張ったことを見ていただけで理解するとか――ユメハと剣で競い合わなくて本当に良かったと思う。


「行くわよ」


 そして少し渋い顔をする店主の前でユメハが藁束の前に立ち――見事な居合で藁束を両断して見せた。


(見えなかったんですけど)


 抜く手は勿論、抜刀の瞬間も、斬撃の瞬間も、納刀の瞬間も、俺には何も見えなかった。


 気付いたら藁束が両断されており……。


「よっ。ほっ」


 ユメハの軽い声と同時に宙に浮いた藁束がドンドン増えていく。


 見えないけどユメハが刀で斬っているのだと思う。


「うん。大体使い方が分かって来たわ」


 そしてユメハさんが恐ろしいことを言った。


 その見えない斬撃は本気じゃなかったんですか?


「すぅ……」


 ユメハが息を吸い込んだと認識した瞬間、身体ごとユメハがブレたように見えて――気付いたらぶつ切りになっていた筈の藁束が細切れになっていた。


「面白い武器ね。私も1つ欲しくなっちゃったわ」


「「…………」」


 俺と店主は声を出すことも出来ずに呆然と見ていることしか出来なかった。


 知っていたけど、俺の嫁強ぇ~。






「その剣は東方から1本だけ入って来た代物でな。鍛冶師として情けない限りだが構造が分からんし、使い方も分からんし、色々試行錯誤した結果に出来上がったのがあの長すぎる剣だった」


 店主は俺達に事情をポツリポツリと話し出す。


 というか、どういう過程を辿れば、あんな馬鹿長い刀に辿り着くのやら。


「サンプルが1本しかないから叩き折って調べる訳にもいかんし、切れ味が凄いということくらいしか分らんから似た物を作ったら……ああなっていた」


 店主としても迷走している自覚はあったらしい。


「そこで恥を偲んで頼むが、あの剣の作り方を知らないか? 勿論、完成したなら真っ先にあんた達に進呈する!」


「そんなことを言われても……」


 正直、刀の作り方なんてうろ覚えで、ネットで気まぐれに調べたレベルの知識しかない。


「確か砂鉄から作った玉鋼を材料にして、折りたたむように積載構造で鍛えて、焼き入れは刃の部分だけに入れて……温度管理が重要……だったような?」


「なるほど!」


 俺のあやふやな知識に何故か店主は感動したように頷いている。


「色々試行錯誤が必要だが、それだけ分かれば十分だ! 完成を楽しみに待っていてくれ!」


「あ、はい」


 そして髭面で分かりにくいが、輝くような笑顔を残して店に駆け戻って行った。


「楽しみだね♪」


「……そっすね」


 ユメハは楽しそうだが俺は少し疲れたよ。




 ◇◇◇




 その日、気付いたら俺はユメハの尻に敷かれていた。


 今更何を言っているのかって?


 いや。確かに俺は夫婦としてユメハの尻に敷かれている自覚はあったのだが、そういうことではなく……。


「うりうりうり。どうなの?」


 俺は今、物理的にユメハの尻に敷かれている最中だった。






 少し時間を遡って解説すると、俺は昨夜もユメハを相手に夫婦の営みを頑張ってユメハを満足させて一緒に眠りについた。


 それは男として誇るべきことであり、そもそもユメハのような美少女が相手なら多少の疲労などどうということもないと思っていたのだが……。


「リオ。起きてよ、リオ~」


 流石に連日で頑張り過ぎたのか、朝になってユメハに起こされてもなかなか覚醒出来なかった。


「むぅ~。こうなったら……」


 そうして半分覚醒してボンヤリしていた俺の顔に……。


「えいっ」


「むぎゅっ?」


 ユメハがお尻を乗せてきたのだ。


 勿論、直ぐに状況を理解出来たわけではなく暫くは混乱していたのだが、どうやらユメハは下着姿で俺の顔に乗っているらしいと分かって幾分冷静になれた。


 というか今更だが、ユメハは案外Sっ気があるのだと思う。


 思い返してみれば俺を木剣でボコボコにして楽しそうだったとユキナさんが証言していたし、間違いなく俺を虐めることに対して愉悦を感じていたと思う。


「うりうりぃ~」


 だから俺の顔に自分のお尻を押し付けて楽しそうにしているのは間違いなくユメハ自身の性癖だと思う。


 とはいえ、これで俺が屈辱を感じるのかと言うと別問題なのだけど。


 公爵家の令嬢としての態度としてはどうかと思うが、可愛いお嫁さんが俺の手製の絹製ショーツを穿いて胸と同じく豊満になりつつある柔らかいお尻を顔に押し付けてくるという状況はちょっと楽しい。


 いや。俺にMっ気があるか言う話ではなく。


 単純に愛する妻が魅力的なお尻を差し出してくれているのに、それを常識だか何だかで拒否するのはどうかと思うのだ。


 ぶっちゃけユメハのお尻は綺麗でスベスベだし、触るのも見るのも飽きる気がしない。


 更に言えば、俺は全裸の女性よりも下着姿の女性の方がエロく感じると思うのだ。


 重要なのはフェティシズムなのだよ!


「にゃっ?」


 そういう訳で俺はお尻を押し付けてくるユメハに手を伸ばして捕まえて、その上でユメハの魅力的なお尻を堪能しても良いと思うのだ。


「ちょっ……リオ! 何して……!」


 端的に言うとユメハの下半身に抱き着いて、目一杯お尻に頬ずりしてやりましたとも。






「むぅ~……リオの変態」


「最初に俺の顔にお尻を乗せて来た人の発言とは思えませんなぁ」


「……だってリオが起きなかったんだもん」


 ユメハ本人としても苦しい言い訳をしている自覚はあるのか顔が真っ赤に染まっていく。


「俺はユメハの可愛いお尻を堪能出来て満足だけど」


「……変態」


「夫が愛する妻のお尻が大好きで何の問題があるというのか」


「……愛する妻」


 少し拗ねていたユメハだが俺の言葉――《愛する妻》という発言に反応して一気に機嫌が良くなった。


 元々小さなことを引きずるタイプじゃないし、底なしの愛情を持つサイオンジ公爵家の女なのだから方針さえ間違わなければチョロインの素質十分だ。


 まぁ、優柔不断だったり他の女に気があるそぶりを見せると一瞬でヤンデレ化する気がするけど。


 それも俺がユメハ一筋という態度を崩さなければ可愛い奥さんでいてくれる。


 世の中には何人もの女を侍らせて女は多ければ多い方が良いという奴もいるけれど、俺は女は1人でも十分満足出来るタイプだ。


「ね、リオ♡ 今日は何処にいこっか?」


 俺の愛情がユメハ1人だけに向いている時、彼女は本当に可愛い奥さんなのだから。




 ◇◇◇




 今日も今日とて俺はユメハとイチャイチャしながら街の観光地を散歩していた。


 お昼は適当な食堂に入ってフィーリングで注文する。


「こっちは当たりかな。80点」


「こっちは微妙~。55点」


 当然のように当たり外れがあるが、これはこれで旅の醍醐味。


 食堂の片隅でお互いの料理を食べさせあってイチャイチャしていると周囲の視線が痛いが、不意にその視線が消えた。


「ん?」


 超絶美少女のユメハとイチャイチャする俺に対する嫉妬の視線が消えたことに対する困惑で周囲を見渡すと――新しく入って来た客の一団に視線が集中していた。


 男1人に対して女5人の6人組。


 しかも男は冴えない感じの青年なのに対して、連れている5人は例外なく美女、美少女だらけだ。


「何の集団かな?」


「ふむ。


1:冒険者のパーティでバランスが偏っただけの連れ。

2:仲良し6人姉弟。

3:現実は非情である。男1に対して女5のハーレムパーティ。


 って感じ?」


「リオはどれだと思うの?」


「3じゃね? 仲良く外食するくらいだし1はないと思うし、2なら外食って手段を選ぶ必要もないだろう」


 俺にはユメハが居るから平然と答えたが、周囲の男達は血の涙を流して冴えない青年を睨みつけていた。


 いい加減に視線が鬱陶しかったし良い的避けになってくれそうだ。


「あの……この席空いていますか?」


「……どうぞ」


 と思ったのだが、嫉妬に狂った男達が席を譲らなかったのかハーレムパーティは俺達の傍に座ってしまった。


 結局、嫉妬の対象が一箇所に集まっただけで視線は緩和したが鬱陶しいことに変わりなかった。


 逆に言えば今までと変わりないので俺は普通にユメハとイチャイチャするけど。


「はい、リオ。あ~ん♡」


「あむ」


 ユメハも隣のハーレムパーティを無視して俺の口に自分の料理を差し出してきて、俺も普通に口を開けて食べる。


 俺とユメハにとっては平常運転だったのだけれど……。


「仲がよろしいんですね」


 ハーレムパーティの中の冴えない青年は料理を注文して手持無沙汰だったのか空気を読まずに話しかけて来た。


「ええ。とっても仲良しです」


「~♪」


 俺は平然と答え、ユメハも機嫌良さそうに俺にくっついてくる。


「ひょっとして恋人さんですか?」


「……違います」


 更に空気を読まずに踏み込んで来た青年に呆れつつ返す。


 考えてみれば俺とユメハが恋人だった期間って存在しないのだ。


 幼馴染という友達以上恋人未満の時期が長く続いて、その後いきなり関係を持って直ぐに夫婦になってしまったので恋人という期間が皆無だった。


「そちらはどのような関係で?」


 ともあれ鬱陶しいし、周囲で睨みつける男達の期待に応えて質問してみる。


「あ~……僕達は、何と言えば良いのか」



「恋人です」「愛人です」「妻です」「婚約者です」「性奴隷です」



「「「「「…………」」」」」


 5人の女達の答えにより、俺とユメハは勿論だが周囲の男達も沈黙して……。


「「「「「は?」」」」」


 そう聞き返すことしか出来なかった。



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