第17話 『暇になったので嫁と新婚旅行に行く』
戦争が終わり帝國の戦後処理が開始されたが、状況はよろしくないらしい。
何はともあれ戦争を終わらせる為に皇帝は和平交渉のテーブルに着いたらしいが、その席で敗戦の賠償金を支払う代わりに帝國の領土を大幅に削り取られた。
勿論、皇帝は宣戦布告もなく奇襲してきた各国に抗議を入れたが、そんなことは計画した首謀者に言えと言われてしまえば糾弾する相手がいない。
何より帝國にはもう戦争を継続する力がないのだから、あまり強い発言は出来ない。
サイオンジ公爵家の力は防衛に使えても侵略には使えないのだ。
交渉相手の各国も被害は甚大なので戦争を続けたいとは思っていないが、それでも帝國よりはマシだったので強気の交渉が出来る。
結果として帝國は領土の半分近くを失うことになった。
帝國始まって以来の大敗北である。
それは兎も角、俺はユメハを伴って皇帝に呼び出された。
建前としては帝都を防衛した俺とユメハの功績に対する報奨を渡す為となっているが、実際には俺が魔法を使って帝都を防衛した詳細を問いただす為だろう。
「この身は既にサイオンジ公爵家のもの。詳細が知りたいのであれはサイオンジ公爵家にお尋ねください」
「くっ……!」
そう言ってやったら皇帝は苦い顔をして黙り込んだ。
皇帝とはいえサイオンジ公爵家を蔑ろには出来ないし、何より今の情勢ではサイオンジ公爵家の発言力は絶大だ。
実際に帝都を護ったのはサイオンジ公爵家なのだから。
「能ある鷹は爪を隠すと言うが……上手く隠していたものだ」
「恐縮です」
「貴様がその気ならば帝位を奪い取るくらい容易であったろうに」
「帝位に興味がありませんので」
「…………」
うん。俺がその気になれば確かに皇帝になることは簡単だったろうけど、皇帝になりたいと思える要素が皆無だったのだから仕方ない。
「貴様が爪を隠したりしていなければ、戦争前の忠告を無視したりしなかったのだがな」
「発言力がないことは自覚しておりましたが検証もされなかったとは予想外でした」
「…………」
俺を廃棄皇子と見下して嘘と決めつけたからこうなったのだから、文句を言うのはお門違いだ。
「明確な証拠があれば検討くらいはした」
「私が計画を察知したのは末期段階でしたから。裏を取っている時間はありませんでした」
「…………」
帝國の諜報能力は俺に劣ると言っているようなものだが、実際にそうなのだから言い返せることはない。
俺と皇帝の答弁は始終こんな感じで終わりを迎えた。
「随分と強気だったわねぇ」
「サイオンジ公爵家が後ろ盾だからな。皇帝といえどもサイオンジ公爵家に喧嘩は売りたくないだろうし」
皇帝との謁見が終了して王宮の廊下を歩きながらユメハと談笑する。
帝國の現状は洒落にならないくらい悪いが、それは俺やサイオンジ公爵家にはあまり関係ない。
サイオンジ公爵家は領地を持っていないので領土的被害はないし、帝都にある屋敷は自分達が帝都ごと護った。
つまり他の貴族家と違って被害ゼロだ。
俺とユメハは疲労で休息を必要としたが、それだって怪我らしい怪我はないので被害と呼べるものではない。
「…………」
ユキナさんはピンピンしてたけど。
「今更だけどSクラス冒険者っていうのは所詮、人間の領域なんだなぁ」
「急にどうしたの?」
「いや。俺やユメハでもSクラス冒険者くらいは単独で勝てるし、ユキナさんに至っては……」
「お母さんと比べるのが間違いだと思う」
「……ですよねぇ~」
魔法使いになった俺とサイオンジ公爵家の次期当主であるユメハは既に人間の領域を踏み越えている。
それなのにユキナさんの背中が見えないのだ。
あの背中に追いつくまでは少なくとも10年や20年は掛かりそうだった。
そんなことを考えて内心で嘆息して歩いていたら……。
「ん?」
「なに……あれ」
とても奇妙な物を発見してしまった。
いや。ここはまだ王宮内の通路だし、本来なら奇妙な物を発見する場所ではないのだけれど……。
「お前……何やってんの?」
「に、兄さん!」
俺達が発見したのは何故か――そう、何故か全裸で廊下に佇むユニクスだった。
冗談抜きで一糸纏わぬ姿の上で、おまけに後ろ手に手首を縛られているのか股間を隠すことも出来ない状態のようだった。
正直、男の丸出しとか見せられても全く嬉しくない。
「あぁ~……お前にどんな趣味があろうとも自由だけど、流石に王宮内では止めておいた方が良いんじゃないか?」
「ち、違う! これは僕がやっていることじゃなくて……!」
必死に言い繕うユニクスだが、言い繕いながら身体を震わせるので股間の粗末な物まで震えて……。
「……ちっさ」
「はぐぅっ!」
俺の隣にいたユメハさんが思わずという感じで正直な感想を漏らしてしまってユニクスの心にクリティカルヒットしていた。
うん。年頃の娘さんなら悲鳴の1つも上げるような状況だけど、彼女はこう見えても人妻だからねぇ。
今更男の裸を見せられたくらいでは動揺したり騒ぎ立てたりしないのだ。
でも、こんな粗末な物を凝視するのはどうかと思うよ。
「ユメハさん?」
「あ。ち、違うのよ、リオ! 確かにリオに比べて随分ちっさいなぁ~と思ったのは事実だけど、別に比較しようと思ったわけじゃないの!」
「ぐふぅっ!」
ユメハさん無自覚のユニクスへの追撃。
更にユメハが騒いだ影響で人が集まり始めており、未だに全裸のユニクスは焦って逃げ道を探すが通路の真ん中なので飛び込める部屋もない。
「え? なにあれ?」
「ユニクス様? なんで裸なの?」
「ぷっ。ちっせ」
結果として衆目に全裸を晒されたユニクスは……。
「お、覚えてろよぉ~っ!」
涙目になって全裸のまま走って逃げ出した。
「なんだったの?」
「さぁ?」
それから暫くはユニクスには露出癖があるという噂が城中に蔓延したらしい。
クスクスクス。
「?」
何処からか笑い声が聞こえた気がして周囲を見渡してみるが――見つけたのはすまし顔のセリナだけだった。
◇◇◇
ユニクスの性癖は兎も角として。
今回の戦争によって帝國は10年も内政に努めていたことが無駄にされ、しかも戦争によって踏み荒らされた土地の復興が急務だった。
内政によって国庫には多少の余裕があったとはいえ、帝國の領土の半分近くが削り取られたとはいえ、それでも復興を必要とする土地は膨大で、復興に必要な資金も膨大だった。
更に領土が半分になったということは、今後の税収も半分になるということ。
要するに今回のことで国庫が空になるどころか他国から借金する必要があり、更に収入が激減して資金難に陥ることは間違いなかった。
「でも俺達にはあんまり関係ないんだよなぁ」
「そうでもないんじゃない? 今回の報奨金は10年払いにして欲しいって頼まれたから事実上無報酬みたいなものだし」
「金には困ってないなぁ」
ユメハの言う通り、帝國は借金塗れになってしまったのでサイオンジ公爵家に支払われる筈だった報奨金が10年分割払いという形にされてしまった。
だが俺は勿論だが、サイオンジ公爵家だって資金は潤沢なので困ることはない。
「寧ろ、他国から借金するよりウチから借りれば良かったのにねぇ」
「……喩え何があったとしても絶対に踏み倒せない相手からは借りたくないんだろう」
帝國としてはサイオンジ公爵家から金を借りるよりも今回の戦争相手から金を借りた方がマシだと思っているだろうし、サイオンジ公爵家に借りを作れば作る程に発言力が増して益々逆らえなくなってしまうと分かっているのだろう。
(皇帝がサイオンジ公爵家の出撃に渋っていたのは領土が焼け野原になることもそうだが、借りを作って発言力が増すことも避けたかったんだろうなぁ)
帝國の危機に悠長な話だが、戦争で見たユキナさんの実力を考えると借りを作りたくない気持ちも分からなくもない。
あの人に借りを作るのは、それだけで勇気が必要だ。
「こうなると俺達は暇だよなぁ」
「近衛騎士団も訓練とかやっている場合じゃないしね」
本来、近衛騎士団というのは皇帝直属部隊だ。
その故に高い練度を維持する為に日夜訓練に勤しんでいたわけだが、今回の戦争によって被害はなかったとしても帝都の治安は乱れてしまった。
この隙に他国からの間諜や暗殺者が入り込む可能性が出てきて警戒度が跳ね上がり、近衛騎士団の本業である皇帝の護衛がガチガチに強化された。
こうなっては訓練どころではないのでユメハが訓練に参加することもなくなり、サイオンジ公爵家であるユメハが皇帝の近くで護衛するということもあり得ない。
そんなことをすればサイオンジ公爵家への帝國の借りがまた増えてしまう。
そういう訳でユメハも今は暇になっている。
「折角だし旅行にでも行かないか?」
「……2人で?」
「2人で」
「…………行く!」
ユメハは少しだけ躊躇したようだが、それでも俺と旅行に行くという甘美な誘惑に逆らえなかったのか大きく頷いた。
「それは羨ましいわねぇ」
「「…………」」
そして、いつの間にか俺達の話を聞いていたユキナさんが話に混じって来るが、流石に今の情勢でサイオンジ公爵家の当主が帝都を離れるわけにはいかない。
喩え何もないと分かっていても、近衛騎士団が警戒度MAXで皇帝の護衛をしているのに、サイオンジ公爵家の当主が無断で帝都から離れるのは帝國との盟約に反する。
「はぁ~……早くユメハが子供を産んで当主を継いでくれないかしら。そうすれば私もダーリンと気兼ねなく旅行に行けるのに」
「……サイオンジ公爵家の当主交代のタイミングって子供が生まれた時なんですね」
「そうよ。正確には子供が生まれた後ならいつでも良いのだけど、サイオンジ公爵家の女は旦那様とラブラブだから大抵は直後になるわね」
「そ、そうなんですか」
要するに旦那と遠慮なくイチャイチャしたいので、盟約なんて面倒なことは子供に押し付けるということだ。
まぁ、ユキナさんも先代から押し付けられたわけだし、ユメハだって子供に押し付けるだろうから文句を言えないのだが。
「つまり、旅行に行くなら今がチャンスってことよね!」
ユメハは前向きだったけど。
早速ユメハと2人で旅行の計画を練る。
「目的地は……帝國の外が良いわね。今の帝國の情勢じゃ何処に行っても安らげないし、リオなら世界中の何処へでも行けるんでしょ?」
「ああ。出来れば今回の戦争に参加していない国が良いな」
別に適当なところに転移で飛んで満喫しても良いのだけれど、旅行というのは計画を練っている段階も含めて楽しいものだ。
俺とユメハは行きたいところを次々にピックアップしては、あ~でもない、こ~でもないと相談する。
うん。こういうイベントってイベント本番よりも計画を練っている時の方が楽しいことがあるけど、今凄く楽しいです。
まぁ、大抵のことは美少女でスタイルの良くなってきたユメハとやるなら楽しいのだけど。
「……楽しそうねぇ」
でも、とりあえず恨めしそうに部屋を覗いでいる世界最強の生物はいらなかった。
◇◇◇
俺とユメハが選んだのは帝國から遠く離れていて、観光スポットが多くて、治安の良い国だった。
この世界で治安が良いと言っても限界があるが、現在の帝國よりは遥かにマシなので多少は妥協した。
そうして俺達は旅行先の国にある首都の付近に転移で降り立ったわけなのだけれど……。
「うわぁ~。私、帝國の外に出るのって初めてかも」
「いや、前に行った海も帝國の外だったけどね」
帝國にも貿易する為に海に面した領土があったが、海水浴には向いていなかったので帝國以外で人のいない海を探すのに苦労した。
とはいえユメハにとって重要だったのは帝國以外の街という部分だろう。
人気のない場所に連れて行って帝國の外だというよりも、帝國とは文化形態の違う街に連れて来た方が帝國の外だという実感が違うのだと思う。
「ね。ね。早く行こう。早く行こうよ!」
「はいはい」
ともあれ大はしゃぎのユメハと手を繋いで街に向かうことにする。
「~♪」
そうしてご機嫌のユメハを手を繋いで歩いていたのだが……。
「なんか、これってさ……」
「ん?」
「新婚旅行……みたいだよね♪」
「…………」
そんな阿呆なことを言われて流石に俺も沈黙してしまった。
「わ」
だから俺はユメハと繋いでいた手を引っ張って引き寄せたのだが、ユメハは本当に浮かれているのか簡単にバランスを崩して俺の腕の中に飛び込んで来た。
普段のユメハだったら、こんなに簡単にバランスを崩すことはありえないくらい簡単に。
「あのな……」
「な、何?」
「俺は最初から新婚旅行のつもりで旅行を提案していたんだけど?」
「…………」
俺としては新婚旅行みたい、ではなく新婚旅行で来たつもりだったのだ。
俺の腕の中にすっぽりと納まったユメハは、それを聞いて沈黙して――徐々に顔色が赤くなって耳まで真っ赤になる。
「そ、そうなんでしゅか」
そして恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋め、照れくさそうに俺の背中に腕を回して抱き返してきた。
うん。早々にお互いの認識の齟齬を修正出来たので、これからは楽しい旅行になりそうだ。
特に警戒中でもないので街の中には容易く入ることが出来た。
「~♪」
ユメハはさっきよりも更にご機嫌で俺と腕を組んで楽しそうに歩いている。
今日はこの街を中心に観光する予定だったけど、予定を優先して楽しそうなユメハに水を差すこともないので適当に散歩することにした。
旅行というのは楽しさ優先で、観光地を巡るのはそのスパイスに過ぎない。
「リオ。なんか売ってるよ!」
だから街の中心の広場で多数の露店が開かれており、それにユメハが興味を持ったならそれを優先しても良いのだ。
露店と言っても開かれていたのは大半が食べ物の屋台で、この街の事前調査をしてきた身としては美味い料理店も知っているのだが……。
「ちょっと買ってみない?」
「いいとも」
そんなのは後日に行きたくなった時で構わないだろう。
予想通り、屋台で買った串焼き肉はお世辞にも美味しいと言える代物ではなかったが、雰囲気を加味すれば悪くない味だったと思う。
ユメハも実際の味よりも、初めて屋台で食べたという新鮮さが楽しいみたいだね。
うん。帝都だと公爵令嬢であるユメハが屋台で立ち食いなんて周囲の目と立場があるから出来なかったんだよね。
かくいう俺も第4皇子という立場があったし、アリサに変身した時は主に仕事優先だったから屋台での立ち食いは今世では初めてだ。
「リオ、口元にソース付いてるよ」
「ん?」
「ここ♪」
ユメハに指摘されてハンカチを出そうとしたが、その前にユメハに唇の付近をペロリと舐められてしまった。
夫婦である俺とユメハはキスくらい日常茶飯事だが、こんな街中の人の目があるところでは流石に初めてだった。
普段のユメハなら恥ずかしがってしてくれないが、今日は旅行の雰囲気で大胆になっているようだ。
「「「「「けっ!」」」」」
周囲の目も気にせずにイチャイチャしていたら独身男性を中心に盛大に舌打ちされたけど、俺は幸せなので全く気にならなかった。
超絶美少女の嫁さんは羨ましかろう。
街の中を楽しく散歩――というよりイチャイチャしまくって周囲に幸せオーラを振りまいて、独り身には嫉妬オーラを誘発させながら日暮れ近くになってから予約していた宿に辿り着いた。
普段住んでいるのが公爵家の屋敷なので、高級な宿に分類されると言っても普段より豪華な部屋というわけではないのだが……。
「うわぁ~。私、温泉って初めて♪」
この街には温泉が湧いていることで有名だったのだ。
俺達が旅行先に選んだ理由の1つだ。
勿論、下調べも万端で、新婚旅行で夫婦が別の温泉に入るとか、混浴でユメハの裸を誰かに見られるとかを避ける為に各部屋に小規模な温泉が付随しているという宿を選んだ。
これならいつも通り2人で一緒に入れるし。
「…………」
あ、はい。公爵家のお風呂にはいつもユメハと2人で入っています。
ついでに言えば、知りたくなかったけどユキナさん夫婦も一緒に入っている痕跡を見つけてしまった。
ともあれ、いつも通り恥ずかしそうに服を脱ぐユメハと一緒に洗い場に入り、頬を赤く染めながらもお互いの身体を洗いあって、それから並んで湯舟に身体を沈める。
「「はぁ~……」」
心地よくて思わず声が漏れた。
「……気持ち良いね」
「……そうだな」
いつものこととは言え、旅行先で気分が高揚しているし、普段とは違う環境に俺達は緊張して――俺からユメハの肩に手を回して抱き寄せた。
「あ♡」
温泉の中で更なる密着でのぼせそうになったけど、それでも離す気にはなれなくて俺は強くユメハを抱きしめて……。
「ユメハ」
「……リオ」
お互いの唇の距離がゼロになるのは時間の問題だった。
その後、正直な話をすれば夕食の席で出された食事は豪華だったと思うがあまり覚えていない。
温泉の中での影響で浮かれていたわけではなく、その後のことを考えて期待しすぎて味なんて分からなかったのだ。
勿論、俺達の部屋には大きめのベッドが1つあるだけで、夫婦である俺達が別々に寝る必要性を全く感じない。
「「…………」」
そして食事を終えて部屋に戻って俺達は――無言でベッドに重なって倒れて1つになった。
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