第16話 『嫁とともに帝國を襲う侵略者と戦う』
帝國。帝都。サイオンジ公爵家。某月某日。
「……始まったな」
大陸治安維持同盟の帝國攻略作戦が開始された。
この日の為に俺は王宮に向かい、主だった人物に計画の詳細を書いた書類を提出したり、皇帝に報告したりしたが――相手にされなかった。
俺が廃棄皇子であることも一因だが、それ以上に大陸治安維持同盟の話が非現実的に聞こえたのだろう。
まぁ、信じてもらえないのは最初から分かっていたし、そういう計画があるのだと頭の片隅にでも残っていれば少しは対処が早くなるかもしれない。
そして現在の俺達――俺、ユメハ、ユキナさんはサイオンジ公爵家のリビングに集まって俺の右目の
「凄い魔術ねぇ。これなら魔法と言われても信じてしまいそうだわ」
「……そうですね」
この人は本当にどこまで知っているのだろう?
「これから国境から早馬が帝都に送られて、それから緊急会議が開かれて、帝國に分散した兵士を集めて国境に送られるのよね? 私達に要請が来るのはいつかしら?」
「恐らく最短で4日後。遅ければ2週間後くらいかな?」
ユメハの疑問に俺が答える。
帝國の領土は広大で、国境から帝都までは結構な距離があるので常識的な――地球の常識で考えれば早馬が数日で到着するわけないのだが、この世界には魔術がある。
回復魔術や馬を強化する刻印魔術を刻んだ馬具などを使えば走行距離は飛躍的に伸びる。
まぁ、それは敵が進軍する際にも使われる技術だが。
「随分差があるのねぇ」
「会議の進行次第だし。帝都が帝國の中心にあると言っても国境からの早馬が同時に到着するわけもないし、帝國の全周囲が包囲されたって認識するまでには時間が掛かるよ。それから俺が報告しておいた内容を素直に認められれば最短4日、認められなければ最長2週間かな?」
「……4日はなさそうね」
「皇族って無駄にプライドが高いからなぁ」
下手をすれば俺が報告をしたことで逆効果になるかもしれないが、それで責任を負うのは皇族であって元皇族の俺じゃない。
「どの道、私達には待つことしか出来ないってわけね」
サイオンジ公爵家が無断で出撃することなんて出来ないし、今は待つしかない。
◇◇◇
情勢は笑える程に悪かった。
元々国境を護る為に砦を護っていた兵士の数は多くなかったし、そこに奇襲で大軍が攻めて来たなら守り切れるわけがない。
1日で国境を護っていた砦の3割が落とされて、2日目には5割の砦を落とされた。
3日目になって、やっと早馬が帝都に辿り着き報告が届き、緊急会議が開かれた。
そして会議中にも続々と早馬が到着して状況の悪さに会議に参加していた者達は真っ青になっていた。
なんでそんなことを知っているのかといえば、
この魔法、
そして4日目の今日になって、やっと帝國は全周囲が包囲されているという状況を把握するに至った。
会議は紛糾し、何よりも帝國全土の兵士を集めて国境に送るべきだと意見が出されたが、帝國内の治安だとか、魔物の脅威だとか、色々な反対意見が出て結果を出すのが遅れている。
「どう?」
「少なくとも今日中に要請が来ることはなさそうだな」
俺が会議を覗いでいることを知っているユメハに素直に答える。
「敵の進軍状況は?」
「砦は7割が落ちた。早いところはもう国境付近の街を制圧してなおも進軍中」
「……犠牲者は?」
「数えたくもないくらい」
4日目にして既に犠牲者は5桁に達しているので6桁になるのも時間の問題だろう。
同盟軍の奴らは容赦がなく、帝國の兵士であれば降伏した相手であろうと問答無用で蹂躙される。
流石に帝都まで進軍するには時間が掛かると思うが、その間に出る犠牲者の数はかなりのものになるだろう。
◇◇◇
帝國内が文字通り蹂躙されている。
帝都にも随時悪い報告が飛び込んで来て、その度に会議が紛糾する。
いかに帝國といえ10年も本格的な戦争がなければ平和ボケするということか。
帝國の誇る名立たる将軍達が兵を率いて対処に向かうが、後手後手に回った状況では情勢は覆らない。
勿論、敵にも相応の被害が出ているのだが、それでも被害は帝國の方が圧倒的に多かった。
「僅か7日でこれか」
外壁のある街で籠城して凌いでいる場所もあるが、それ以上に占領された街も多い。
兵士は常に不利な状況で戦いを強いられ、将軍は状況の把握に余裕がない。
「要請まだ~?」
流石に7日目ともなるとユメハも飽きたのか俺に近況だけ聞いてくる。
「会議は……まだ続いているな」
会議は何処に兵士を送るかが主な議題となっているが、その中にサイオンジ公爵家への要請の議題も出る。
だが、その議題になると決まって皇帝は口を噤んでしまう。
どうしてなのかと思っていたのだが……。
「私達が本気で戦うと加減出来ないからねぇ。帝國の領土が焦土になるのを避けたいのでしょうね」
「……そっすか」
ひょっとすると俺が想像しているよりもユキナさんは強いのかもしれない。
つまり敵に蹂躙されるよりもユキナさんが暴れた方が被害が大きいのだ。
そりゃ躊躇するわな。
◇◇◇
結局、皇帝からサイオンジ公爵家に要請が来たのは9日目だった。
理由は敵の部隊が続々と帝都に近付いているから。
ここに至って皇帝はなりふり構っていられないと決断したらしい。
「それじゃ私は帝都の防衛に回るわね」
「うん。私はリオと一緒に遊撃に回るわ」
「…………」
俺はユメハが近衛騎士団の甲冑を纏っている姿は見たことがあったが、今の2人が纏っているのはサイオンジ公爵家の正装とも言える特注のドレスアーマーだった。
甲冑姿のユメハも格好良いと思っていたが……。
「リオ、どうしたの?」
「……今度その恰好でデートしよう」
「こ、こんな時に何を言っているのよ!」
そのドレスアーマーはユメハの魅力を引き立てるのに最適な代物だった。
「……た、偶になら良いわよ」
「よし!」
ユメハの許可を得て俺のやる気はグンッと上がった。
「それよりリオはどうするのよ?」
「どうって?」
「私と一緒に行くならアリサに変身する?」
「…………」
俺がユメハと肩を並べて戦うのなら確かにアリサに変身した方が都合は良いのだけれど……。
「いや。このままで良いよ」
元より俺がアリサに変身していたのは第4皇子という身分が邪魔だったからだ。
だから俺がユメハと結婚してサイオンジ公爵家の婿になった時点で正体を晒しても良かった。
今まではその機会がなかったからアリサで裏方をしてきたが……。
「俺はユメハの伴侶として参戦する。アリサではなくエミリオとしてだ」
「うん♪」
今日という日を俺の晴れ舞台とする。
万単位の敵の軍団に対して俺は爆炎魔法を叩きこみ、俺の強化魔法を受けたユメハが生き残った兵隊を蹂躙する。
戦果という意味では広範囲に効果のある俺の爆炎魔法の方が敵を倒しているのだが……。
(つえぇ~)
敵兵の中で暴れ回るユメハは文字通り一騎当千の活躍ぶりだった。
とは言っても見とれているわけにはいかないのでユメハを狙って撃たれる矢や魔術を吹き散らし、更に敵集団に爆炎魔法を叩きこむ。
「あんまりハイペースでやって息切れしないでよね」
「魔法は魔術と違って魔力効率が良いから大丈夫だけど……どのくらい掛かるかな?」
「少なくとも1日や2日では終わらないでしょうね」
「うへぇ~」
ということはユメハも長期戦を想定して全力で動いているわけじゃないのか。
俺も派手な魔法は控えて長期戦用の魔法に切り替えるか。
敵の足元から石の槍を突き上げて串刺しにするという魔法で見える範囲の敵兵士を皆殺しにする。
爆炎魔法などの範囲攻撃より面倒な魔法に見えるが、これは特定範囲の敵を感知して下から串刺しにするという魔法なので実は無駄がなくて魔力効率がいい。
「でも見た目は最悪ね」
「まぁ、敵兵の戦意を挫く目的もある」
範囲内の敵を丸焦げにする爆炎魔法とは違って、敵を串刺しにしたまま放置するので死体がグロい状態で残り続ける。
実際、凄惨な死に方をした死体を見て多くの兵士が及び腰になっている。
「戦後処理が大変そうね」
「それは生き残った兵士に頑張ってもらうさ」
既に大損害を被っている帝國にそんな余裕があればの話だが。
◇◇◇
俺達が参戦して3日目。
不眠不休で敵軍を撃退し続けた俺は正直眠くて仕方なかった。
「ユメハぁ~、眠い」
「……私もそろそろ限界」
俺とユメハだけで敵の3割以上は倒したと思うが、正直数えていないので正確な戦果は不明だ。
唯、時々帝都の方から物凄い光の斬撃が放たれていたのでユキナさんの戦果の方が多いのかもしれない。
「あれって聖剣の攻撃?」
「聖剣は私が持っているから、多分普通の攻撃だと思う」
「そ、そうなんだ」
普通の攻撃ってなんだっけ?
将来的にはユメハもああなるのだろうか?
ともあれ、帝都付近に近付いていた敵は粗方撃退出来たので少しくらいは休んでも良いだろう。
そうして俺達は遊撃を終えて帝都に戻って来たのだが……。
「お疲れ様。2人のお陰で大分楽が出来たわ」
「「…………」」
俺達と違って帝都を護っていたユキナさんに疲労の色は見えなかった。
信じられるか? この人、俺達と同等か、それ以上の戦果を挙げてるんだぜ?
「単純な戦闘とは違って、戦争の時は緩急を付けて適度に休むのがコツよ」
「「……勉強になります」」
どうやらユキナさんから見れば俺とユメハはまだまだらしかった。
◇◆◇
帝國はかつてない窮地に立たされていた。
サイオンジ公爵家の参戦によって順調に敵は撃退されているが、それでも守られているのは帝都周辺のみ。
帝國の領土は大きく削られて、この領土は戦後の交渉によっては返って来ない。
本来なら宣戦布告もなしに大規模な奇襲を掛けてきた敵は民衆に非難されるものだが、今回の敵は大陸治安維持同盟という宗教のような意味不明な理由で立ち上がった謎の同盟軍。
おまけに大義名分が大陸の秩序を乱す帝國の排除である。
帝國としては理不尽な理由に抗議したいところだが、あまりにも同盟国が多過ぎて、どの国が代表かも分からない始末。
帝國は未曾有の危機に陥っていた。
(ありえない)
そんな中、帝國の第5皇子であるユニクスは我が目を疑う光景を見せつけられていた。
密かに帝位を狙うユニクスとしても帝國の大幅な後退には忸怩たる思いではあるが、それ以上に……。
(どうしてあいつが魔術を使っている!)
エミリオが帝都の防衛に参戦してユメハと共に活躍している姿に衝撃を受けていた。
(あいつの魔力を生み出す機関は魔素毒によって破壊されていた筈だ。あいつが魔術を使える訳がない!)
過去に廃棄皇子の双子の弟という不名誉を払拭する為に短絡的に実行されたエミリオの毒殺事件。
その首謀者であるユニクスにとってエミリオが魔術を使えないということが溜飲を下げる癒しだった。
それなのにエミリオが魔術を――正確には魔法を使う姿を見てユニクスの頭の中には色々な推測が高速で流れていく。
(まさか今までずっと魔術を使えないふりをしていたのか? 魔術を使えないと内心で馬鹿にしていた僕のことを本当は鼻で笑っていたのか? あのユメハと肩を並べて戦えるなんて一体どれだけの強さだというんだ?)
帝都の傍での戦闘は終わっていたが、未だに帝國内では戦争中だということも忘れて思考の渦に没頭するユニクス。
「ユニ様?」
そんなユニクスに心配そうに声を掛けてきたのは婚約者である公爵令嬢のセリナ。
彼女はその優しさから純粋にユニクスを心配して声を掛けたのだが……。
「大丈夫で……」
「五月蠅い! 今お前に構っている暇はないんだよ!」
「っ!」
普段のユニクスとは違い、余裕のなくなった彼はセリナに怒鳴りつけて睨みつける。
帝國の衰退もそうだが、何よりエミリオの活躍がユニクスから余裕を奪っていた。
「同じ公爵令嬢なのに、どうしてこんなに違うんだ」
更に心ない言葉でセリナを傷付ける。
(あ)
だが何よりもセリナを追い詰めたのはユニクスの言葉や態度ではなく――その目。
正確にはセリナを睨みつけるユニクスの瞳だった。
(……違う)
帝國が大変なこんな時に――否、こんな時だからこそセリナはユニクスの瞳を見て明確な違和感を覚えていた。
思い出を歪められて洗脳されたセリナの中で、唯一と言っても良い程に明確に残っている記憶。
彼女が初めて恋をした時に見た瞳は――もっと綺麗で優しい色をしていた。
(ああ、そうだった)
エミリオとユメハの結婚式を見た時に開き掛けていた扉が、心の中で開いてはいけないと思っている扉が――開く。
(あの時、綺麗だと思った瞳は……碧ではなく赤と緑だった)
そして歪められていた彼女の思い出は急速に色を取り戻していく。
(リオ……様)
同時に涙が溢れる。
「泣くなよ! 鬱陶しい!」
もはや目の前でセリナに怒鳴るユニクスへの興味を完全に失い、思い出の中の愛おしいエミリオへの思いを溢れさせるセリナ。
(どうして今更思い出してしまったの?)
だが既に手遅れだと分かっていた。
セリナもサイオンジ公爵家の特性は知っている。
そのサイオンジ公爵家のユメハにエミリオを取られてしまった。
(取り返せない。わたくしではユメハ様からリオ様を取り返せない)
同じ公爵令嬢と言ってもユメハとセリナでは立場が違い過ぎるし、そもそも独占欲の塊みたいなサイオンジ公爵家の血を継ぐユメハからエミリオを取り返すのはあまりにも難易度が高い。
(でも、でも……諦めるなんて無理!)
他人に大事な思い出を歪められ、洗脳されていたからこそ当時の思い出は色褪せることなくセリナの中で輝いている。
自分が約束の場所を間違えユニクスと婚約してしまったことでエミリオを傷付けてしまったという自覚もある。
(それでも……)
そう。本来の自分を取り戻したセリナという少女は……。
(それでも諦められないのが……本当の恋でしょ!)
公爵令嬢という割にはあまりにも――根性のある少女だった。
(でも、まずは……こいつとの婚約をどうにか破棄するのが先決ですわ)
そうしてセリナは手始めにユニクスとの婚約破棄を計画し始めるのだった。
◇◇◇
なんとか帝都を護り抜くことに成功した俺達だが、それでも帝國は計り知れないダメージを負うことになった。
復興には数年どころか数十年は必要になるだろう。
「結局、首謀者を始末するどころか突きとめる余裕すらなかったなぁ」
「こんな混戦の中じゃ仕方ないわよ」
ユメハの言う通り、最初は同調して攻撃してきた同盟軍だったが、帝都前まで来るとお互いの存在が味方だとは認識出来なかったのか同士討ちすることも少なくなく、まさに混戦という戦いになってしまった。
そんな中で首謀者を見つけることが出来るわけもなく、そもそも首謀者が参戦していたのかも怪しいのでどうにもならない。
「帝國に恨みを持つ奴だっていうのは分かるんだけど……」
「そんなの何百人、何千人、下手すれば何万人もいると思うわよ」
「だよな」
過去の帝國の所業を――侵略戦争を考えれば帝國を恨んでいる奴なんて数え切れない程いるに決まっている。
最後の侵略戦争以前にまで遡れば容疑者を減らすことは出来るが、それでも膨大な数の容疑者の中から今回の首謀者を探すのはあまりにも無茶だった。
「とりあえず首謀者探しと戦後処理は後回しにして……今は休みましょう」
「そうだな」
やっと戦争が終わったのに、これ以上働くなんて御免だった。
俺はユメハを腕の中に抱きしめて――夢も見ずに深く眠りにつくことにした。
◇◆◇
《あちゃ~》
神界にて転生神は額に手を当てて空を仰いでいた。
定期的に、この世で唯一の友の様子を覗き見ていたのだが、その友の様子から今回の首謀者とやらを調べてみた結果――とても面倒くさいことに気付いてしまった。
《どうしてあいつらは余計なことばっかりするのかなぁ》
帝國で最後に侵略戦争が行われたのは約10年前。
その頃のエミリオは6歳くらいで、それは前世の記憶を取り戻した時期と一致しており、同時にエミリオがユニクスに毒殺され掛けた時だった。
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