第15話 『情報収集したら想像以上の情報を仕入れていまう』
情報収集の為に立ち寄ったトラニア王国のラタゾという名前の街の冒険者ギルドでキングミノタウロスの討伐依頼を受けることになった。
私だけではなく途中で横槍を入れてきた金髪碧眼で長身のイケメン……。
「そういえば自己紹介もしていなかったね。僕の名前はトラニアス。一応Aクラス冒険者だよ」
トラニアスと同行することになった。
軽鎧に剣を装備していることから考えて剣士――と思われがちだが指に付けている指輪は魔術の補助をする装備だ。
剣と魔術の両面で戦う魔剣士と言ったところか。
「私はアリサです」
私も一応は自己紹介しておいた。名前だけ。
「メルト」
「カミーラ」
「コロラ」
そして私を睨みながら名前だけを告げて来る3人の女達。
恰好から考えてメルトは回復魔術や補助魔術を担当する神官。
カミーラは攻撃魔術を担当する魔術師。
コロラは動きやすい恰好に頑丈そうな篭手を持っているので武道家ってところだろう。
トラニアスとコロラが前衛で、メルトとカミーラが後衛の4人パーティのようだ。
それに私を加えた5人で依頼を受理してもらう為に依頼表を持って受付に向かったのだが……。
「っ!」
その受付嬢は私の提示したプレートを見て盛大に顔を引き攣らせていた。
うん。多分、冒険者ギルドではSクラス昇格試験に合格したり、Sクラス冒険者であったケルザッヘルをボコボコにして洗脳した噂でも広がっているのだろう。
「い、依頼を受理させて頂きました」
それでも顔を引き攣らせるだけで私の個人情報を漏らさなかった受付嬢はプロフェッショナルだった。
準備の為に1時間後に目的地に出発することになり、私は4人組と別れて準備をすることにした。
とは言っても大抵の物は私の
この街の付近にある魔物の領域は北、東、南の3箇所――だった。
(ああ。ここって何処かで見覚えがあると思ったら、あの時の街か)
以前、私がユメハと競争して魔物を狩りまくり、挙句領域の守護者まで2人で狩ってしまった森。
それが、この街の南の森だったのだ。
故に、今この街の付近には2ヵ所の魔物の領域しかない。
(あの受付嬢が顔を引き攣らせていたのは、そっちが理由かぁ)
あの時はギルドマスターに平謝りした挙句、賠償金まで支払わされて散々だった。
(と言うか、ここって帝國領じゃなかったのね)
あの時はまだ
(いや。正確には帝國とトラニア王国の狭間にある森だから、半分は帝國領と言っても良いのかな?)
森を管理しているのはこの街だが、肝心の森は帝國に半分食い込んでいる。
(道理で人が少なかったし、ギルドマスターが顔を引き攣らせるわけだわ)
この街で管理しているとはいえ帝國に食い込んでいる森で狩りをしたがる者はいないだろうし、その森をユメハ――サイオンジ公爵家の娘が解放したとなればギルドマスターとしては顔を引き攣らせるしかないだろう。
実際、あの森の領域は帝國とトラニア王国のどちらが領土にするか揉めていて、未だに開発が行われていないらしい。
1時間の間に色々なことを調べてから私は待ち合わせ場所である街の外にある北の広場へと向かう。
「遅いわよ!」
既に集まっていた4人組の内、魔術師であるカミーラが肩を怒らせて私に文句を言う。
「まだ約束の時間を過ぎてはいない筈ですか?」
「あんたは私達に手伝ってもらう立場なんだから、私達より早く待っているのが筋というものでしょう!」
「そうなのですか?」
私はカミーラではなくトラニアスに話を振ってみる。
「そうだね。僕達は気にしないけど他のパーティと組む時は気を付けた方が良いかな」
「…………」
私が聞いたのは筋云々の話ではなく、私が手伝ってもらう立場なのかということだったのだが。
「それに、どうして手ぶらなのですか? 準備をしてくるという話だった筈ですが?」
更に私を責めるような口調で問い質すのは神官のメルト。
「何か必要でしたか?」
「武器とか食料とか色々あるでしょう! 仮にも冒険者なのに、そんなことも言われなければ分からないのですか?」
「そうだね。馬車の手配も結局あたし達がやる羽目になったし」
メルトに続けてコロラが追撃してくる。
「馬車?」
「まさか北の森まで歩いて行くつもりだったの? ここからだと数日は掛かるんだよ」
呆れた口調のコロラ。
よく見ると広場の一角には確かに馬車が止めてあって、既に荷台には荷物が詰め込まれているようだ。
「……これに乗って行くんですか?」
「そうだよ。荷物は積んであるけど5人が乗れるスペースはあるから」
「…………」
そっか。私が当たり前のように使っているから忘れていたけど、転移魔法どころか転移魔術でも使い手は希少だった。
「まぁ、借りてしまったものは仕方ありませんし、事前に打ち合わせをしなかった全員のミスということにしておきましょうか」
「何の話……」
トラニアスの言葉を遮って私は指をパチンと鳴らして転移門を開く。
転移門の先には当然のように北の森が見えており、私はさっさと転移門を潜って……。
「どうしました? さっさと馬車を引いて付いてきてください」
唖然としている4人を急かして先に転移門を潜った。
「て、転移魔術。魔術の最高峰じゃない」
「正確には現在地と目的地を繋ぐ転移門です。少人数なら兎も角、馬車を移動させるには転移では不足していましたから」
転移門を潜って驚く魔術師のカミーラに念の為に説明しておく。
馬車なんて余計な物がなければ転移門なんて大層な術は必要なかったということを主張して。
「こ、これって駆け出しの冒険者が使えるような魔術なの?」
「どうして私を駆け出しの冒険者だと思ったのですか?」
困惑しているコロラに逆に問いかける。
「だ、だって、この街で見掛けたことなかったし……」
「普段は帝國の帝都を拠点にしているので。この街に来たのは……2回目です」
「あ」
そこまで説明したらメルトが目を見開いて私の恰好――全身黒ずくめの髪と瞳と服装に注目した。
「帝國の黒ずくめで転移魔術を使う女冒険者……殲滅魔女!」
「その二つ名、気に入っていないのであんまり呼ばないでください」
まぁ、私って有名だから仕方ないけどね。
「帝國の殲滅魔女って言ったらSクラス冒険者相当って言われている奴じゃない!」
「……南の森で魔物を殲滅して領域の守護者を狩ったって聞いた」
「Sクラス冒険者をボコボコにして洗脳したって噂があったような……」
3人の女達は私の噂を聞いていたようで色々と知っているようだ。
「あはは……君って凄かったんだね」
「娯楽で冒険者をやっている貴族の三男坊とは違いますので」
「…………」
私の言葉にトラニアスが沈黙した。
うん。北の森のことを調べるのに1時間では時間が余ったのでトラニアス達のことを調べたら簡単にこいつらの素性は分かった。
トラニアスは伯爵家の三男坊で、3人組はトラニアスの従者という立場だった。
そもそも金髪碧眼という時点で貴族ではないかと疑っていたけどね。
「僕はAクラス冒険者のトラニアス。それ以上でもなければそれ以下でもないよ」
「……そうですか」
私にとってはどちらでも構わないけどね。
北の森に入って直ぐに私は
「向こうですね」
「ど、どうして分かるのよ?」
「殲滅魔女は視界を自由に遠くに飛ばして広範囲を索敵出来るって聞いたことがあるわ」
「……便利」
4人を引き連れて冒険者になって以来、初めて冒険者らしいことをしているなぁ~とは思うけど目的は忘れていない。
「そういえば最近、帝國の国境付近が騒がしいですけど……何があったのか知りませんか?」
森の中を進みながら情報収集してみる。
「国境で帝國との小競り合いなんていつものことじゃない?」
「うん。毎年のように同じことを繰り返しているよね」
「……風物詩みたいなもの」
女3人組は普通に答えたが……。
「それを調べる為に国境を超えて来たのですか?」
トラニアスの声は何故か硬かった。
「情報収集は冒険者の基本ですから」
「……そうですか」
私が適当に答えるとトラニアスは納得したように頷いて……。
「残念です」
「っ!」
私を背後から剣で斬り付けてきた。
4人に背を向けて先頭を歩いていた私はなす術もなく斬られて……。
「これで遠慮する必要はなくなりましたね」
「っ!」
無傷のまま振り返った。
私の
「トラニアス様、私達が時間を稼ぎます!」
「逃げてください」
「……早く行って」
3人娘はトラニアスの盾になるように私の前に立ち塞がってトラニアスを逃がそうとする。
うん。伯爵の三男坊のトラニアスは何か知っていると思っていたけど、こいつらも何か知っていそうだね。
私が国境付近の話題を振った時には既に臨戦態勢に入っていたのだろう。
「くそっ!」
トラニアスは3人娘を置いていくのに表情を歪めたが、私に勝てるとは思えなかったのか背中を見せて走り出した。
「さてと」
勿論、逃がすつもりのない私は睨みつけて来る3人娘に視線を向けて――にっこりと微笑んだ。
「なっ……!」
トラニアスが森を抜けた時、私は優雅に紅茶を飲んで待っていた。
「ど、どうして……」
そしてトラニアスの従者たる3人娘に給仕をさせながら。
「ちょっとO・HA・NA・SHIをしたら直ぐに和解に応じてくれましたよ」
「……洗脳したのか」
ちょっと催眠魔法で暗示を掛けて私のことを自分達の主人だと思い込ませただけだし。
だから私を睨みつけて来るトラニアスに対して3人娘は主人である私を護ろうと立ち塞がる。
「くっ。目を覚ましてくれ、皆!」
トラニアスは絞り出すような声で3人娘を説得するが、それで効果が切れるような弱い暗示は掛けていない。
「さてと」
「頼む。頼むから……皆を返してくれ。僕が知っていることなら何でも話すから」
「結構です」
私が欲しいのはトラニアスが自主的に話す情報ではない。
「あ」
故にトラニアスにも催眠魔法で暗示を掛けて――色々と質問することにした。
紆余曲折あって無事にキングミノタウロスを討伐して街に帰って来た。
「それではお世話になりました」
「ああ。機会があったらまた一緒に冒険に行こう」
「「「またね」」」
そうして冒険者ギルドで別れた4人組は――勿論、自分達が暗示を掛けられたことも覚えていないし、知っていることを洗いざらい吐かされたことも知らないし、私と冒険を通じて仲良くなったと思い込んでいる。
(思ったより事態は悪い方向に進んでるなぁ)
私はトラニアス達から聞き出した情報を思い出して密かに嘆息したけど。
「大陸治安維持同盟?」
夜になって帰って来たユメハと今日仕入れてきた情報の共有を行っていた。
「何それ?」
「大陸の平和を守る為に皆で協力しましょうって同盟。どっちかというと宗教に近い」
「それがなんで帝國に仕掛けてくるわけ?」
「帝國は大陸の平和を乱す元凶だから、皆で協力して排除しましょうってことらしい」
「わけわかんない」
「同感だね」
ぶっちゃけ、この大陸治安維持同盟とやらは連合軍よりも遥かに性質が悪い。
なんと言っても建前として帝國を倒して利益を得ようというのではなく、大陸の平和を乱す帝國を皆で倒しましょうという同盟なのだから。
まだ確定情報ではないが、帝國の北と東だけではなく、隣接する四方の国が同盟に参加しているという。
「それって北と東だけじゃなくて、西と南からも同時攻撃を受ける可能性があるってこと?」
「北と東の国境で小競り合いをしているのは連合軍と見せかけるカモフラージュらしい。決行当日は帝國の全周囲から一斉攻撃をする予定だそうだ」
「…………」
流石のユメハも絶句している。
帝國の戦力は総力を集結すれば数十万~百万近い兵士を動員出来るが、帝國全土に同時攻撃を受ければ数の有利は発揮されない。
規模は違うが、中心に固まった集団よりも、包囲して中を攻撃する方が数の有利を生かせるのだから。
「そんな同盟の話、初めて聞いたんだけど」
「恐らく国の上層部のみで秘密裏に計画されていたんだろう」
「リオが話を聞いたのって伯爵の三男坊じゃなかった?」
「既に計画は末期段階で極秘にしておく時期を過ぎたんだ。計画の参加者には厳重に口止めされていても概要が伝えられているんだと思う」
「つまり?」
「今から首謀者を始末しても計画自体は止まらない」
誰が絵を描いた首謀者なのか知らないが、余程上手く立ち回らなければこうはなっていない。
計画が始動したのは昨日今日どころか1年前や2年前ですらない。
時期としては恐らく帝國が内政に力を入れて侵略を控え始めた10年前。
言い換えるならば10年もの間、帝國を囲む多くの国と渡りをとって、その上で上層部を説得しつつ帝國に秘密を隠し通した狂人的天才が居たということだ。
正直、その天才的な頭脳よりも執念が恐ろしいと思う。
会ったこともない奴なのに、何が何でも帝國を潰してやるという強い意志を感じる。
「どうするの?」
「まだ裏も取れていない情報だから、帝國の上層部に話しても取り合ってもらえないと思う」
尋ねてくるユメハに答える。
「どうするの?」
「もしも真実だった場合、計画の発動は時間の問題だ。裏を取ってから帝國の上層部を説得している余裕はないと思う」
「どうするの?」
「…………」
三度、問いかけて来るユメハに俺は沈黙で返し……。
「もはや冒険者どうこう言っている場合じゃないと思う。その時が来たなら……俺はユメハと共に最後まで戦う」
「うん♪」
嬉しそうに抱き着いて来たユメハを強く抱きしめ返す。
ユメハはサイオンジ公爵家の女として逃げるわけにはいかない。
そうである以上、俺に出来るのはユメハと肩を並べて戦うことだけだ。
とはいえ、まずは話せる人に話して協力を仰ぐのが先決だ。
「それは困ったわねぇ」
俺達が相談を持ち掛けた世界最強の生物――ユキナさんは頬に手を当て、小首を傾げて困ったポーズを取っている。
「広大な帝国を全周囲から襲撃されると流石に私1人では対処出来ないわ」
「ですよねぇ~」
いくらユキナさんでも1人では複数個所の襲撃に対処することは出来ない。
それは俺が魔法で協力して転移で補助したとしても焼け石に水だ。
「それに帝國軍が対処に動き出す為には明確な証拠を帝國上層部に上げる必要があるし、その精査にも時間が掛かるわ。作戦開始がいつなのか分からないけど……間に合わないでしょうね」
「全周囲に対して奇襲……馬鹿にならない被害が出そうですね」
帝國兵は国境にも詰めているだろうが、それでも平時である今の兵数はたかが知れている。
国境から早馬で連絡が王宮に行き、そこから会議で兵を動員――などとやっていれば受ける被害は甚大となるだろう。
「それに私が……私達サイオンジ公爵家が本格的に動く為には帝國からの要請が必要になるわ。その要請が来るのは早くても計画の始動から数日か、下手をすれば1週間は掛かるでしょうね」
「帝國の外周部は軒並み削られそうですね」
クーデターの時のユキナさんは軍の精鋭を蹴散らしたらしいが誰も殺していない。
そういう余興で動くことは出来るが、本格的な戦闘――戦争に加担する為には帝國からの要請は必須となる。
帝國とサイオンジ公爵家にはそういう盟約が結ばれているからだ。
勿論、この盟約には魔術的な拘束力も強制力もないので、その気になれば独自に動くことは出来るが――その場合はサイオンジ公爵家が居場所を失う。
盟約というのはサイオンジ公爵家という猛獣を縛る鎖だ。
その鎖から解き放たれてしまえば誰もがサイオンジ公爵家を恐れ、忌避し、拒絶しようとする。
それ故にサイオンジ公爵家は盟約を破ることは出来ない。
「私達のことを薄情だと思うかしら?」
彼女達が自主的に動けば確かに助けられる命は沢山あるだろう。
「いいえ。俺もサイオンジ公爵家に婿に入った身ですから、その他大勢よりもユメハが大事です」
だが、これは結局のところ歴史の中でよくある戦争の1つに過ぎないのだ。
それに力を持つからと言って俺達が責任を感じる必要はない。
「~♪」
今まで黙って話を聞いていたユメハが勢いよく俺に抱き着いて来た。
とりあえず元第4皇子として出来ることはやってみるか。
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