第12話 『大陸最高峰のSクラス冒険者に遭遇する?』
俺が魔法使いになってから1週間が経過した。
そして俺は暇になっていた。
魔法の研究は順調すぎるくらい順調で、もうあまりやることがないし、近衛騎士団の休日にはユメハとデートしているが平日には訓練に出掛けてしまうので俺にはやることがない。
そういう訳なので、今日は久しぶりに冒険者ギルドに行くことにした。
うん。前にも行こうとしたことがあったが、その時は偶然ユメハと会って正体を看破されて暇潰しどころじゃなかったからね。
そういう訳で私は
つまり人目さえ気にしなければ何処でも変身出来るようになった。
そうして変身を終えてから私は転移魔術――ではなく転移魔法で帝都に移動して冒険者ギルドへの道を歩き出す。
以前は転移するまでに僅かに揺らぎが出来ていた転移魔術だが、転移魔法になってからは実にスムーズに転移出来るようになった。
それに私1人という定員が撤廃されて数人までなら同行出来るようになったのだ。
まぁ、転移門があったので実用性という意味ではあまり変わったとは思えないが、即効性という意味では態々転移門を作らなくても連れ――ユメハを連れて転移出来るようになったのは大きいかもしれない。
ちなみに転移先を指定する際に使っていた右の瞳に刻んだ
つまり今の私は大陸どころか世界中の何処へでも転移で飛ぶことが出来るようになったのだ。
そして
とは言っても飛翔魔術改め飛翔魔法で上空を高速で飛んで眼下に見て
時間が出来たらユメハと一緒に新大陸を探検するのも面白いかもしれない。
こっちの大陸で使われている共通語が通じるかどうか不明なので翻訳魔法でも開発しないといけないが。
そんなことを考えていたら冒険者ギルドに辿り着き、私は扉を開けて中に入った。
「あ、アリサさん!」
そして、即効で顔見知りの女性職員に見つかってズダダっと足音を立てて駆け寄ってくる。
(うわぁ~。面倒ごとの予感しかしない)
「なんてグッドタイミング! 神は私達を見捨てていなかった!」
「…………」
私は神の天敵です――とは思ったが言葉にはしなかった。
「それで……何事ですか?」
「じ、実は今帝都にSクラス冒険者のケルザッヘルが来ていまして……」
「ケルザッヘルって……無法王の?」
「はい。そのケルザッヘルです」
私でも名前を知っている、ある意味では有名なSクラス冒険者だ。
冒険者は大抵無法者が多いが、こいつは例の強いというだけでSクラスに抜擢されて、その権威を盾に好き勝手に生きているという二つ名の通りの無法者の王様だ。
ぶっちゃけ、冒険者に無法者が多いという風評の何割かは確実にこいつのせいだと思う。
「もう近くに魔物の領域もないのに、何をしに来たんですか?」
私とユメハが東の森を開放して以降、帝都の冒険者の流出は止まらないというのに、Sクラス冒険者が何をしに帝都に来たんだか。
「ケルザッヘルは大きな街を転々として無法を繰り返す人ですから、偶々帝都に立ち寄っただけだと思います」
「……なるほど」
単純に固定の住居を持たないから流れて立ち寄っただけで、そこに魔物がいるかどうかは関係なかったらしい。
「それで、そのケルザッヘルがどうかしましたか?」
「帝都でも無法を繰り返して暴れているので止めてください!」
「…………はい?」
「今帝都でケルザッヘルを止められそうなのはアリサさんだけなんです! 可能なら殺さないように、大怪我させないように止めてください!」
「それなんて無茶ぶり?」
「帝都でSクラス冒険者が死んだり大怪我したりすると問題になるんです!」
まぁ、大陸に5人といないSクラス冒険者を再起不能にしたりすれば、確かに帝都の評判は落ちるわな。
ケルザッヘルは確かに無法者だけど、Sクラス冒険者でないとこなせない仕事が大陸にはまだまだ存在しているのだから、1人でも減ってしまうと帝都の――というか帝國の責任になってしまう。
少なくともそのくらいは私――Aクラス冒険者には権威があり、その行動の責任は帝國が取ることになるからだ。
そんなことを職員と話し合っていたら、唐突に冒険者ギルドの扉がドカン! と蹴り開けられて……。
「お邪魔するわよ」
ユメハが中に入って来た。
「あれ? どうしてアリサがこんなところにいるのよ」
そして中に私が居ることを確認して目を丸くして驚いていた。
「私は暇潰しに立ち寄っただけですが……ユメハは何を持っているのですか?」
ユメハは手ぶらで冒険者ギルドに入ってきたわけではなく、その右手には大きな荷物――身長2メートルを超えるような異常と言えるレベルの筋肉質な大男の片足を持っていた。
状況を推測するにここまで帝都の中を引きずって来たのだろう。
「なんか、こいつが帝都の中で暴れているって通報を受けて、私が殴り飛ばして鎮圧してきたのよ」
「どうしてここに?」
「こいつが自分で冒険者だって騒いでいたから、冒険者なら冒険者ギルドに裁かせた方が良いと思って」
「なるほど」
ことの経緯を説明された私は納得したのだが……。
「け、け、けけ……」
「毛?」
私の隣にいた職員は顔面を腫らして白目を剥いて気絶している大男を指差して震えながら……。
「ケルザッヘル!」
大声で叫んだ。
ああ。こいつが無法王ケルザッヘルだったのか。
「何? こいつ有名な奴だったの?」
「Sクラス冒険者だったみたいですよ」
「こいつが? ちょっと殴り飛ばしたら簡単に気絶したわよ?」
「まぁ……そうなるでしょうね」
私だって魔法が使えるようになったとはいえ今のユメハに勝てるとは断言出来ない。
私が地の利を取れれば互角になれるか、というレベルだと思う。
そのくらい最近のユメハの成長は著しくて、たかがSクラス冒険者如きでは最早相手にもならないのだ。
「まぁ、Sクラス冒険者と言ってもAクラスより上という基準なだけでピンキリですから。彼はきっとSクラス冒険者の中では最弱だったんですよ」
「そっか。道理で手応えがないと思ったわ」
勿論、そんなことを正直に言ったりしないのでケルザッヘルにはSクラス冒険者最弱の称号を受け取ってもらうけど。
「あ、あははぁ~……流石は帝國の守護者たるサイオンジ公爵家の御令嬢。あのケルザッヘルを鎧袖一触ですか」
一緒に話を聞いていた職員は盛大に顔を引き攣らせていたけど。
「それで、こいつは冒険者ギルドに預けていいわけ?」
「えっと、その……Sランク冒険者は大陸中の冒険者ギルドに保護されていますので、私達の一存で裁くのは難しいと思います」
「何よ。頼りにならないわねぇ」
「……スミマセン」
腐ってもSクラス冒険者。その権威も絶大なので簡単に裁くことも出来ない。
「ふむ。それなら今後は真面目に働くように暗示でも掛けてみますか」
ここは催眠魔術からパワーアップした催眠魔法の出番だろう。
催眠魔術の時は時間経過で効果は解けてしまっていたが、催眠魔法は私が解除しない限り永続的に効果を発揮し続ける。
これで真面目に働けとでも命令しておけば良いだろう。
「それじゃ起こしますね」
唯、この魔法は相手の目を見て掛けないと効果がないので、白目を剥いた状態から目を覚まさせる必要がある。
私はケルザッヘルの襟首を左手で掴んで上半身を起こさせ、右手で顔面にビンタを食らわせてパァン! と良い音が響き渡る。
「っ!」
一瞬ビクンと身体を痙攣させたケルザッヘルだが未だに白目を剥いたまま覚醒の兆しはない。
仕方なく私は右手で往復ビンタをパパパン! と連続で食らわせて覚醒を促す。
「アリサさん! アリサさん! そのままだと死んじゃいますから! 常人なら首の骨が折れているようなダメージ入ってますから!」
「…………え?」
職員に指摘されてケルザッヘルの状態を確認したら、ユメハに殴られた顔面を大きく腫らしている以外にも私の往復ビンタで顔が大きく膨れ上がって――死に掛けていた。
「この人、ひ弱過ぎませんか?」
「もうヤダ、この人達。なんで大陸でも有数のSクラス冒険者を捕まえて子供扱いなのぉ」
そういえば私が常時発動している
後で調整しておこう。
「でも困りましたねぇ」
「目を覚まさせればいいなら、さっきと反対側を殴れば起きるんじゃない?」
「それより電撃を流したらショックで起きませんかね?」
「……死にますからね? 絶対にやらないでくださいよ」
結局、冒険者ギルドの回復魔術を使える職員が治療して目を覚まさせ、私の催眠魔法で暗示を掛けるまで1時間近く待たされる羽目になった。
◇◇◇
翌日。
何故か俺とユメハ――正確にはアリサとユメハ宛に冒険者ギルドから抗議文が届いた。
曰く。俺とユメハがSクラス冒険者であるケルザッヘルに不当な暴力を振るい、更に悪質な呪いを掛けたという疑いだった。
この前者の不当な暴力がユメハで、後者の悪質な呪いが俺らしい。
「折角、真面目に働くように暗示を掛けてやったのに……何が問題なんだ?」
「というか仮にもSクラス冒険者が暴力に屈したことを公的に認めて良い物なのかしら?」
その内容に俺とユメハは困惑することしか出来なかった。
そういう訳で今日も
「それで……何が問題なの?」
私達は事情を知っていると思われる昨日の女性職員を呼び出して尋ねてみた。
「えっと……恐らくは冒険者ギルドの上層部の一部が、無断で冒険者ギルドが擁護するSクラス冒険者に干渉したお2人のことが気に入らないのだと思います」
「それって騒いでるのはそいつらだけってこと?」
「……Sクラス冒険者が敗北したなんて事実は公表出来ませんから」
「それはそうよねぇ」
強いから無法者でも権威を認められているというのに、そいつが同じSクラス冒険者が相手なら兎も角、Aクラス冒険者と公爵令嬢に負けたとは公表出来るわけがない。
うん。私が既にSクラスの昇格試験に合格していることや、ユメハがサイオンジ公爵家の娘であることは発表出来ないしね。
私のことは冒険者ギルドがAクラス冒険者をSクラス冒険者に引き上げることを了承させることも出来なかった以上は恥でしかないし、サイオンジ公爵家の名前を出せば確実に帝國を敵に回す。
「ああ。だから私達個人を対象にした抗議文を出すなんて回りくどいことしか出来なかったのね」
「……そういうことになると思います」
「冒険者ギルドも案外弱気ねぇ」
「……お2人を敵に回すことを避けたかったのだと思います」
うん。サイオンジ公爵家は勿論だが、私がSクラス冒険者相当の実力者だと分かれば敵対なんて道は選べないので抗議文しか出せなかったのにも納得だ。
私達を怒らせない範囲で、でも不本意であると意思表示する手段が抗議文だったのだ。
「つまり、この抗議文は普通にスルーして良いってことよね?」
「冒険者ギルドが私達にちゃんと不本意であるという意思を示したという証拠が重要なのであって、本気で私達に責任を取らせる気はないでしょうからねぇ」
ユメハの問いに私はYESと答える。
「いえ。冒険者ギルドとしてはお2人に最低限の自重はして欲しいと哀願しているのだと思いますけど……」
「「十分手加減したじゃない」」
「アハハ……ソウデスネェ」
職員は何かを諦めたような顔で乾いた笑いを漏らしていた。
冒険者ギルドを出た私とユメハは一瞬視線を合わせるが……。
「「…………」」
そのまま会話をすることなく別れて歩き出した。
ここにいるのは、あくまでもAクラス冒険者のアリサであってエミリオではない。
そうである以上、必要以上に親しく接することは出来ないし、突然仲良く振舞うことは不自然だ。
だからこそ私とユメハは無言で別れて……。
「えへへ♪」
途中で俺が元の姿に戻ってからユメハと合流した。
うん。多少不自然でも俺達は夫婦なのだから、実は待ち合わせしていましたと言い訳出来れば問題にもならない。
「今日はもう近衛騎士団の訓練には戻らなくて良さそうだし、一日中デート出来るね♪」
「……最近またサボってばかりじゃないか?」
「私のせいじゃないもぉ~ん」
そりゃ今回の件も冒険者ギルドの事情に巻き込まれたというだけでユメハの責任にはならないけどね。
ついでに訓練をサボってデートしようというのは問題だとは思うが――可愛いので別にいっか。
俺は隣を歩くユメハの腰に手を回して抱き寄せた。
「~♪」
ユメハは頬を染めて恥ずかしがるが、それ以上にご機嫌で俺に身を任せてきた。
楽しいデートになりそうだ。
◇◇◇
怒られた。
「そりゃ、チャンスが転がってきたらデートしたいって思うのは分かるわ。凄く分かるわ! でも、そこをグッと我慢して仕事をするのが貴族の義務を果たすということなのよ」
「「ごめんなさい」」
うん。またなんだ。
またユキナさんにサボったのがバレてお説教される羽目になっていた。
でもデートは楽しかった。
夜は帝都の夜景が見えるレストランに入って、ロマンチックな雰囲気でレストランを出た後は部屋を予約してあるとユメハを誘って、外泊してチョメチョメして朝帰りになった。
で。そこをユキナさんに捕まったわけだ。
「個人的なことを言わせてもらうなら、外泊をするなら連絡をくれれば私もダーリンと外泊デート出来たのにって思うけど、それは置いておいて。重要なことだけど今は置いておいてね!」
「「……スミマセンデシタ」」
どっちかというと連絡の不備で自分達が楽しめなかったことを抗議しているようにしか聞こえないんですけど。
それから長々とお説教をされて、ユメハは渋々近衛騎士団の訓練に参加すべく出掛けていった。
むぅ。そろそろ夏が近付いてきて暑くなり始めているので、今日は2人で水着でも買いに行こうと思っていたのに。
いや、服飾魔術――ではなく服飾魔法で俺が作っても良いのだけど、どうせなら水着を買いに行くという体裁で今日もデートしたかったのだ。
(仕方ないから
部屋に戻って水着デートのプランを考えることにした。
(そうだ。水着を買ったら、また部屋でユメハの撮影会をしよう!)
ちょっとワクワクして来たぞ。
とか思っていたのだが……。
「なんか、近衛騎士団恒例の強化夏合宿とかに参加させられることになっちゃったぁ」
家に帰って来たユメハは涙目でそんなことを訴えてきた。
「何その暑苦しいイベント?」
「ああ、懐かしいわねぇ」
俺は困惑したがユキナさんは遠い目をしていた。
「別に訓練とかは厳しくなかったんだけど、外界から完全に隔離された場所で延々と1ヶ月以上も過ごさなくちゃいけなくて……ダーリンに会えなくて気が狂いそうになったわ」
「…………」
うん。なんか想像以上に過酷なイベントだった。
「よく耐え切れましたね」
「そりゃ、我慢出来なくて、よく抜け出してダーリンと逢引き……じゃなくて公爵家の矜持で乗り切ったのよ」
「…………」
うん。考えるまでもなくサイオンジ公爵家の女が長期間旦那と引き離されて平気なわけなかった
「というか外界から完全に隔離された場所じゃなかったんですか?」
「この世に愛で乗り越えられない障害なんて存在しないのよ?」
「……そうですね」
そりゃ、たかが帝國のイベント如きではサイオンジ公爵家を止められるわけもないか。
きっと、ありとあらゆる手段を使って旦那さんを同行させたのだろう。
「なるほど!」
そしてユメハがユキナさんの話を聞いてやる気になっていた。
勿論、合宿を頑張ろうというやる気ではなく、俺をどうやって同行させるかというやる気だろうけど。
どうやら俺の夏は水着デートよりも合宿デートが先になりそうです。
別に良いんだけどね。ユメハと一緒に過ごせるなら場所なんて何処だって。
◇◇◇
そうして俺とユメハは合宿の準備に追われる日々を過ごすことになったのだが……。
「とりあえずリオにはこれに入ってもらおうと思うわ」
「あの……ユメハさん? これ、どう見ても俺が……というか人間が入るには小さめの箱なんですけど……」
合宿に俺を同行させる気満々のユメハが用意したのは50センチ四方くらいの箱だった。
膝を抱えても中に入るのは無理っぽいです。
「だって合宿に持っていく荷物はこれに入れろって言うんだもん。私も抗議したんだけど、この大きさ以上は規則で駄目なんだって」
(それってユキナさんが旦那を合宿に連れ込んだからそういう規則が出来たんじゃね?)
明らかにユキナさん達のやらかしたことに対するとばっちりだった。
「というか、俺は普通に魔法で隠れて付いていけば良いんじゃね?」
「秘密の合宿場所に唐突にリオが現れて合流したら怪しまれるじゃない」
「……この箱に入って潜入する方が怪しいと思うんですけど」
人間の身体をどう折りたたんでも生きたままでは中に入れそうにない箱だし、これで俺を連れ込んだと言う方が正気を疑われそうだ。
まさか、俺を殺してでも一緒に連れ込むって話じゃないよね?
「うぅ~ん。どうにか入らないかしら?」
違うよね?
箱の前で真剣に悩んでいる姿が怖いんですけど!
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