第7話 『幼馴染はライバルが強ければ強いほど燃えるらしい』

 

 相変わらず帝位争いの影響で城の中は空気がギスギスしている。


 片腕であるセバスを失ってユニクスが1歩後退したとはいえ、それはフリードリッヒと共にトップ争いをしていたユニクスが他の3人と並んでフリードリッヒが僅かにリードしたというだけのこと。


 相変わらず帝位争いが膠着状態であることに変わりはなかった。


 まぁ、そんなことはどうでも良いので、俺は飛翔魔術を完成させるべく試行錯誤を繰り返していた。


 相変わらず思った通りにはいかないが焦る必要はない。


 じっくり研究して堅実に1歩1歩進めれば良いのだ。


 幸い、帝位争いとは距離を置いている俺には時間がある。






 とか思っていたら皇族会議が開かれて強制的に参加させられることになった。


 現皇帝であるエルサンドルが議題を出し、それに対して帝位争いの真っ最中の5人が競うように答えていくという図式だ。


 うん。正直、帰りたい。


 というか俺を含めた7人は空気になっているので居る意味なくないか?


 もう何でも良いから早く終わってくれと欠伸を噛み殺していたら――唐突に会議室の扉がドカン! と開かれて1人の少女が姿を見せた。


「失礼します、皇帝陛下」


「……ユメハか。会議中に何用だ?」


 そう。本来なら皇族以外が立ち寄ることも出来ない筈の皇族会議に堂々と乗り込んで来たのはユメハだった。


「今日は、これからリオの訓練を予定しておりました。リオが抜けても会議に支障はないでしょうし、連れ出させていただきます」


 いや。何でも良いから終わってくれとは思っていたが、流石にユメハの地獄の特訓を引き換えは勘弁です。


「それで……リオは?」


「む?」


 そして会議室の中には既に俺の姿はなかった。


「さっきまで僕の隣に座って欠伸をしていたんだけど……何処に行ったんだろうね?」


「なるほど」


 ユニクスの証言を聞いてユメハはツカツカと歩き出し――会議室の用具入れの中に隠れていた俺を速攻で見つけ出した。


「年々隠れるのと逃げるのが上手くなっていくわね、リオ」


「お、お構いなく」


「行くわよ」


「か、会議がぁっ! 大事な会議があるんやぁ~っ!」


「あんたには関係ないでしょ」


「へるぷみぃ~!」


「さっさと付いてきなさい」


 そうして俺はズルズルと引きずられるように連行された。






「そもそもさぁ。俺が剣術とか基礎体力とか付けても意味なくね?」


「ないよりあった方が良いじゃない」


 いつも通りズタボロになるまで地獄の特訓が繰り返され、動けなくなった後に雑談していた。


「そうは言っても、もう10年近くやっているけど全く強くなった気がしないんだけど」


「リオなら50年も継続すれば人並みには強くなれるわよ」


「それだけ頑張っても人並みかよぉっ!」


 分かっていたことだけど俺にフィジカル面での才能は欠片もないらしい。


 まぁ、魔術が上手くいっているから文句はないけど。


「そういえば、あの女がSクラスの昇格試験を受けたらしいわね」


「……唐突に話が変わりましたね」


「しかも、余裕で合格した癖にSクラスは面倒だからって態々手続きだけ終わらせないでAクラスを維持しているのよ。厭味ったらしい!」


「……凄いねぇ」


「ふん。あたしが冒険者だったら余裕でSクラスに上がれたわよ」


「……そうだねぇ」


 まぁ、実際にユメハくらいの実力があったら強さだけを重視するSクラスにはなれただろう。


 ユメハが冒険者になる意味は全くないけど。


 サイオンジ公爵家の女が冒険者になってもならなくても、帝國で驚異と思われる魔物が出現したら出撃する羽目になるのだから。


「ちょっと身体を動かしたい気分だから、もうちょっと付き合いなさいよ」


「もう指1本動かせないんですけどぉ!」


 ライバルが活躍しているからってウズウズして俺を付き合わせないで欲しいっす。


 いや。そのライバルって俺なんだけどね!


 でも理不尽だと思うよ!




 ◇◇◇




 その日、私は特に用事があったわけではないけどアリサに変身して冒険者ギルドに向かって帝都の道を歩いていた。


 帝都の冒険者ギルドではまともな依頼は残っていないし、行く度にSクラスに昇格してくれと煩いのだが、定期的に依頼表を確認しないと落ち着かないのだ。


(ひょっとして、これは冒険者中毒なのかしら?)


 そんなに嵌っているつもりはなかったが、意外と楽しんでいるのかもしれない。


 まぁ、城でダラダラ皇子をやっているよりは楽しいけど。


 そうしてノンビリと歩いていたら……。


「「あ」」


 バッタリとユメハに出会った。


 アリサとして直接会うのは八岐大蛇戦で共闘して以来だ。


「ふん。ご活躍じゃない」


「丁度良いところに居てくれましたね。暇ならちょっと付き合ってください」


「……は?」


 私は訝し気なユメハを連れて転移門を潜って人気のない場所へと移動した。






「それで何? この間の決着でも付けようって訳?」


「ちょっとした実験に付き合っていただこうかと」


「?」


 あの時にあれば良いと思った前衛用の支援魔術。


 ユメハ専用にと開発したフィジカル面を強化する魔術をユメハに掛けてみる。


「……何これ?」


「強化魔術です。あのヒュドラと戦った時の反省点を生かして修得して来ました」


「ふぅ~ん」


 ユメハは身体の具合を確かめるようにストレッチをすると、徐々に強化具合を確かめ始めた。


「どうですか?」


「駄目ね。確かに身体能力は向上しているけど、普段の感覚とズレて総合的には弱体化してしまうわ」


「むぅ」


 やはり前衛の意見なしで独自に組み上げた魔術では使い物にならないか。


「そもそも、この辺の強化が甘いわ。それに、こっちを強化するのは無意味よ」


「ほぉほぉ」


 私はユメハの意見に従って強化を強める部分や、強化する必要のない部分を微調整していく。






 そして30分後。


 ザザザッと森の中を高速で走り抜け、視認するのすら難しいような身のこなしで木々を避けて駆け抜けていくユメハが居た。


「……どうですか?」


「まぁまぁね。大分慣れてきたわ」


「その感覚に慣れてしまって普段の感覚に戻るのに苦労しても責任は取りませんよ?」


「そのくらい、ちゃんと切り替えられるわよ。普段は普段で、強化時は強化時でしょ?」


(これだから天才は)


 常人には理解出来ないことを平然とやってのけるのだ。


「それより、ちょっと身体を動かしたいから付き合いなさいよ。ちゃんと手加減してあげるわよ」


「強化魔術を掛けた状態で受ける訳ないでしょうが」


「別に切っても構わないわよ」


「ふむ」


 別に私としては勝負する義理はないのだが、ユメハのストレス解消というかウズウズしている渇きを潤すのには必要かもしれない。


「直接勝負では恐らくどちらかが無事では済まなくなりそうですし、魔物狩り勝負なら受けても良いですよ」


「へぇ。まさかそっちの土俵だからって勝てるなんて思ってないでしょうね」


「勿論、私が勝つに決まっているじゃないですか」


「あはは。面白ことを言うじゃない」


「うふふ。そうですか?」


 何故か私とユメハの間でバチバチと火花が散る。






 転移門を使って移動し、魔物の多い帝國の領土の森へとやって来た。


「それでは夕方までにより多くの魔物を仕留めた方が勝ちというのはどうでしょう?」


「良いわよ。面白いじゃない」


「うふふ」


「あはは」


「「…………」」


 そして勝負は唐突に幕を開けた。






 相手がユメハである以上、手加減なんてすれば負けるのは私の方だ。


 ユメハは全力の勝負を望んでいるし、そもそも私だって負けるつもりなど1分子もない。


 千里眼魔術イーグルアイで見つけた魔物を片っ端から魔術で仕留め、更に視認範囲に転移して更に千里眼魔術イーグルアイで索敵をして見つけた魔物を再び魔術で仕留めていく。


 それを幾度も繰り返して可能な限り早く、多く魔物を仕留めていく。


 次元収納アイテムボックスに収納しなくて良いのかって?


 そんなの勝負が終わって勝ってからでも十分!


 途中ユメハとすれ違い、お互いに睨み合ったがそれも一瞬のこと。


 お互いに直ぐに魔物を狩る為に可能な限り早く動き出す。






 そうして数時間が経過して大分魔物の密度が薄くなり、遭遇する魔物が少なくなってきた。


 私は残っている魔物を一匹でも多く狩ろうと千里眼魔術イーグルアイで血眼になって探し回り、途中で血走った目で魔物を探すユメハと再び遭遇した。


「「…………」」


 再び私達は無言で睨み合い……。


「「あ」」


 同時に気付いた。


 どうやら魔物を倒しすぎて領域の守護者が出現してしまったようだ。


「ちっ。勝負は中断して最初にあいつを倒すわよ」


「強化は使えますか?」


「やって」


「分かりました」


 早速、先程確立したばかりの強化魔術を使ってユメハを強化する。


 今回、現れたのは地を這う巨大な焦げ茶色のトカゲ――地龍アースドラゴン


 前回の八岐大蛇ほどではないかもしれないが、それでもプラチナクラスに届くであろう迫力を持った魔物だ。


 その地龍アースドラゴンに向かってユメハは正面から突っ込んでいき……。




『グルオォォォォォォォォォォォッ!』




 直後に放たれたブレスが広い森を横断していった。


「行くわよっ!」


 だが、そのブレスを余裕で回避していたユメハは地龍アースドラゴンに迫り――その姿が消えた。


「マジかぁ~」


 私が掛けた強化魔術を最大限に活用して超高速で地龍アースドラゴンの周囲を飛び回り、高速で連続で斬りまくっているのだ。


 聖剣でないのに見た感じ八岐大蛇よりも固そうな鱗を切り裂いて血を流させる。


「ふむ」


 私はどうやって攻撃しようかと思っていたが、血が出る程度に傷を負っているというのなら……。


「っ!」


 百手巨人ヘカトンケイル戦の時に使った地面から飛び出す金属の針を傷口に突き刺して串刺しにする。


 勿論、私の手には針に繋がった金属糸が握られており、後は生物である限りこれに電撃を流されれば絶命する。


「「トドメっ!」」


 そして上空から強化を含めた全力の一撃をユメハが振り下ろすのと、私が金属糸に電撃魔術を放つのは同時だった。


 地龍アースドラゴンはユメハに頭を克ち割られると同時に体内で血液に電撃を流されて心臓麻痺で絶命した。






「あたしの勝ちね。あたしが地龍アースドラゴンの頭を克ち割る方が早かったもの」


「いえいえ。私の攻撃は電撃ですよ? 電撃である以上、私の攻撃より速いなんてことは物理的にありえません。私の勝ちです」


「電撃だかなんだか知らないけど、あたしの剣速の方が速いに決まっているわ」


「電撃の速度は光に匹敵します。その速度は秒速30万キロですよ? あなたの剣速は秒速30万キロ以上だとでも?」


「その通りよ。あたしが本気になれば秒速30万キロなんて余裕よ」


 そうして不毛な言い争いの末に……。






「「ごめんなさい」」


 私とユメハは近くの街の冒険者ギルドに連行されてギルドマスターに頭を下げていた。


 うん。勝負に熱くなっていたからって無許可で魔物の領域の魔物を狩りつくして、挙句の果てに領域の守護者を2人で討伐したのはやり過ぎだった。


 そりゃ帝國としては魔物が駆逐されて帝國の領土が広がることを推奨しているけれど、だからと言っても魔物を狩って生計を立てている冒険者をないがしろにしていい理由にはならない。


「まぁねぇ。Sクラス相当の冒険者とサイオンジ公爵家の御令嬢が居たら、こんな魔物の領域なんてイチコロだろうけど……まさか半日掛からずに殲滅とは思わなかったよ」


 頭を下げて謝る私達をギルドマスターは呆れたような、感心したような顔で眺めている。


 それから2人で謝り通して、必要と思われる賠償金を2人で払って、色々な方面に謝罪文を書いて――やっと解放されて帝都に帰ることが出来たのだった。




 ◇◇◇




 散々な目に遭った翌日。


 朝早くに俺の部屋の扉がノックされた。


「はい?」


 丁寧なノックに誰が来たのだろうと扉を開けたら……。


「お久しぶりね、リオ君」


「……ユキナさん」


 赤髪と真紅の瞳。ユメハと同じ特徴を持つ超美人――ユメハの実の母親であるユキナさんが俺の部屋を訪ねてきた。


「ちょっと話があるのだけど、中に入れてもらえるかしら?」


「……どうぞ」


 正直、俺の人間関係の中ではトップクラスに苦手な人に分類されるけど、嫌いな人というわけでもないのに素直に部屋に通す。


「皇子様の部屋にしてはシンプルな部屋ねぇ」


「まぁ……廃棄皇子の部屋ですから」


 最低限の荷物しかない俺の部屋に通したユキナさんを最初から付属されていたソファに座らせて、俺は紅茶を準備する。


 そうして俺に出来る最大限のおもてなしで歓迎した後……。


「昨夜、ユメハが家に帰ってきた時、私に愚痴を漏らすくらいブツブツ言っていたんだけど……」


「あ~」


 そりゃ、あんな目に遭ったんだから愚痴くらい漏れるわなぁ。


「でも、凄く楽しそうだったのよ」


「…………」


「あの子があんなに楽しそうにしていたのはリオ君を鍛えるってボコボコにして気絶させて帰って来た時に匹敵するわ」


「……俺としてはそっちが楽しそうっていうのが気になるのですが」


「それであの子に何があったのかしら?」


「スルーですか」


 まぁ、別に良いんだけど。


「ユメハのライバルみたいな子が居て、その子と思う存分競い合ったんだと思います」


「ライバル?」


 俺は客観的に知りえるアリサの情報をユキナさんに話した。


「なるほどねぇ。確かに今のあの子ならSクラス相当の実力を持った冒険者が相手ならいい勝負になるでしょうね」


「あの……将来もっと強くなるって響きに聞こえるんですけど?」


 まだ未熟なユメハだから俺と互角なのであって、将来成長すればもっともっと強くなる的な話し方だった。


「貴族……それも公爵家の娘だから仕方ないとはいえ、あの子の友達になってくれる子は少ないし、あの子と正面からぶつかり合って競い合ってくれる子はもっと貴重だわ」


「やっぱりスルーなんですね」


 ユメハの将来性を考えると震えが止まらなくなるんですけど。


「まぁ、ユメハに切磋琢磨出来るライバルが出来たのは喜ばしいと思っておきましょうか」


 サイオンジ公爵家の特殊訓練は特別厳しいと聞いたことがあるが、それでもユキナさんはユメハの母親だったようだ。


 朝っぱらから俺の部屋を訪ねてきてユメハの様子を聞きに来るくらいだし。


(ってか、俺ってば前世を含めて碌な母親に当たってないんですけど)


 前世では不運を引き寄せる体質だった為に母親らしいことをしてもらったことなどなかったし、今世では黒髪の虹彩異色症オッドアイというだけでいないも同然の扱いですよ。


(今更母親が恋しいってわけでもないけど……ユメハと結婚したら、この人が母親になるのかなぁ)


 うん。帝位争いの最中はサイオンジ公爵家にアプローチ出来ないけどね。


 でも、あのユメハが将来的にこうなるというのなら――少し考えてみようかなぁ。


「それじゃ私は家でダーリンが待っているから帰るわね」


「あ、はい」


 まぁ、ユキナさんにとって一番は旦那さん――つまりユメハの父親なのだろうけどね。






 ユキナさんが帰ってから俺はボンヤリとソファに寝ころんだまま天井を眺めていた。


「何黄昏てんのよ」


 そうして気付いたらユメハが近くに居て、俺を呆れたような顔で眺めていた。


「ユメハ」


「何よ?」


 だから、普段ならこんなことは言わないだろうけど、なんとなく言いたくなってしまったのだ。




「おっぱい揉ませてくれ」




「…………」


「ほぐぅっ!」


 無言で殴られました。


「何? あたしのおっぱい小さいから揉んで大きくしてやるってこと? そんなに同情されるくらいあたしは小さいって言いたいわけ?」


「ちょっ……! そこまで言って……」


「じゃあ、どういう意味で言ったのよ!」


「いや、その……なんとなく人恋しくて母性の象徴を拝みたいなぁ~とか思ったので」


「それで、なんであたしのおっぱいを揉む話になるのよ!」


「……サーセン」


 うん。考えるまでもなく言い方を間違えました。


 これなら黙って抱きしめた方が良かったかもしれん。


 前世で女に告白しようとする度に彼氏を紹介されてきたことがトラウマになっているのかロマンチックな雰囲気作りがどうも苦手だ。


 女にどうアプローチして良いのかさっぱりわからんわ。




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