第6話 『冒険者として最高位の試験を受けることになった』

 

 八岐大蛇の討伐後、私とユメハは討伐隊と合流して転移門を開き帝都に戻った。


「疲れたわ」


「……同感です」


 プラチナクラスの領域の守護者の討伐なんてCクラスの冒険者の仕事じゃない。


 戦力的に考えればSクラスの冒険者が出張っても良い案件だった。


(それに……色々と準備不足を実感したわ)


 この反省を生かして次は万全の状態を保ちたいものだ。






 ユメハには悪いが、報告は討伐隊の隊長である彼女に任せて私はソファに座ってボンヤリと話を聞き流していた。


「ぷ、プラチナクラスですか? しかもサイオンジ公爵家のお嬢様が聖剣を使うレベルの相手だなんて……」


 担当した職員はユメハの話を聞いて絶句していたけど。


 もしも私だけが報告していたなら信じてもらえなかったと思うけど、報告しているのはサイオンジ公爵家のユメハだ。


 報告が過小評価されることはあるまい。


「そ、それをユメハ様がお1人で討伐したのですか?」


「そうだと言いたいところだけど……半分はあっちの仕業よ」


 そう言って親指で私を指し示すユメハ。


「それは聞き捨てなりませんね。私は8本中5本を消し飛ばしたのですから、8分の5が私の手柄だと思います」


「あたしは首3本に加えて胴体も消し飛ばしたわ。消し飛ばした体積ならあたしの方が上なのに、おまけで半分って言ってあげたのよ」


「首3本切り落とせば済むところをオーバーキルで胴体まで消し飛ばしてしまっただけでしょう。そういうのは蛇足というのです」


「ああいうのは大抵再生能力を持っているもんなのよ。胴体を消し飛ばしたからトドメを刺せたんだからあたしの勝ちよ」


 何故か私とユメハは至近距離で睨み合う。


「ま、まぁまぁ。2人でプラチナクラスの領域の守護者を討伐出来たこと自体が既に快挙ですから、手柄も半分ずつということにしておきましょうよ」


「「ちっ」」


 そして何故か同時に舌打ちして視線を逸らすことになった。


 いや。別にこんなことがしたいわけじゃないんだけど、何故かキャラが崩壊してどういう態度を取って良いのか分からないんよ。


「それで今回の報酬なのですけれど……帝國の依頼として東の森の魔物を殲滅出来た報酬として白金貨5枚が支払われます」


「「取り分は?」」


「……2枚半ずつでお願いします」


 何故か職員が胃を抑えて顔を青くしている。


「更に冒険者であるアリサさんはAクラスに昇格ということになります。本来ならSクラスに昇格してもおかしくない功績なのですが……」


「それは面倒なので結構です」


「……そうですか」


 大陸に片手で数えられるような人数しかいないSクラスの仲間入りなんてまっぴら御免である。


 調べてみたら仕事の大半が国からの強制依頼みたいだし、そんな面倒臭いのはお断りだ。


「そういえば、あんたどうするの?」


「どうとは?」


 そんなことを考えていたら唐突にユメハに問いかけられた。


「もう帝都から近くの東の森は魔物を殲滅したし、冒険者が帝都に留まる理由なんてないでしょ?」


「ああ」


 そういえば帝都での冒険者の仕事は激減するし、帝都に居た冒険者の大半は既に別の場所への移動を開始している。


「まぁ、私には転移魔術がありますし、依頼を受けたくなったら適当な場所に移動しますよ」


「そ」


 ユメハは素っ気なく答えたが、その顔は少しだけ寂しそうに見えた。


「まぁ、誰かさんと私のどちらが上か、決着を付けるまでは帝都に居ても良いですけどね」


「……生意気よ」


 ユメハは私を睨みつけてきたが――心なしか頬が上気して嬉しそうだ。


 まぁ、ユメハもそうだけど私も同年代の友人とか少ないしね。


 ユメハに至っては自分と互角に渡り合えて、対等に付き合える相手は貴重なのだろう。


 どの道、私は帝都から離れられないし移住する気はなかったけどね。




 ◇◇◇




「っていう訳で、物凄く生意気な女だったわ!」


「……そっすか」


 そして何故か城に帰ったらユメハにアリサの愚痴を延々と聞かされる羽目になった。


「次に会ったらギッタンギッタンのメッタメタにしてやるわ!」


(それをされる身としてはゾッとしないんですけど)


 アリサに変身している時は平気だったけど、元の姿に戻ると普通に悪寒がする。






 散々愚痴を漏らしてスッキリしたユメハが去ってから、俺は今回の反省点を生かして準備を万端に整えることにした。


(飛翔魔術と支援魔術、それと轟雷魔術の最適化だったな)


 後は各属性の極大魔術と呼べるものを複数ストックしておきたい。


 今回は効果は薄かったが爆炎魔術が連打出来れば状況を変える手助けくらいにはなった筈だ。


 暫くは忙しくなりそうだった。




 ◇◇◇




 結論から言えば支援魔術と轟雷魔術の最適化、更に極大魔術を複数ストックするという目的は完遂出来たが、飛翔魔術だけは完成しなかった。


 正確には空をフヨフヨと浮かぶくらいは出来るようになったのだが、流石にこれを飛翔魔術と呼ぶのは抵抗がある。


 精々浮遊魔術というレベルだろう。


(何が問題なんだろうなぁ)


 色々と実験を繰り返して試行錯誤してみたのだが、どうしても高速で飛ぶということは実現出来なかった。


 俺のやり方が間違えているというよりは、力量レベルが足りないような感じだ。


 勿論、この世界は地球と同じように物理法則に縛られた世界なのでレベルなんてないしステータスもないし経験値もない。


 だが今の俺では実力が不足しているということが、なんとなくわかる。


(今まで順調だったけど、これが壁にぶつかるって感覚なのかねぇ)


 前世では不運を引き寄せて常に四方を壁に囲まれているような感じだったし、今世では順調だったから壁にぶつかるという感覚は新鮮だった。


(とりあえず我武者羅に色々やってみて……)


「エミリオ殿下。いらっしゃいますか?」


 挑戦しようと思ったら扉の外から無粋な声を掛けられて中断させられる羽目になった。


「……なんだよ?」


 自室の扉を開けて自分でも不機嫌な顔と声で相手を睨みつけると、相手は何処かで見覚えのある執事だった。


「……お前ユニクスの執事か」


「セバスと申します」


 扉の外に居たのはユニクスの筆頭執事であるセバス。


 残念ながらセバスチャンというフルネームではなかった。


「何の用だよ?」


「ユニクス殿下がお呼びです」


「俺は忙しい。用があるならお前が来いと言っておけ」


「……エミリオ殿下。ご自分のお立場を理解されていますか?」


「兄が弟に命令して何が悪い?」


「…………」


 どの道、もう敵対してしまっているのだから気を使う必要は皆無だ。


 そもそも無礼だというのなら弟が兄を呼びつけることこそ無礼だ。


 それに俺は今、本当に忙しいのだ。


「それで後悔なさらないのですね?」


「帰れ帰れ」


 俺はセバスを犬のようにシッシと追い払って後ろ手に扉を閉めて――閉まる直前にスルリとセバスが部屋の中に入って来た。


 抗議しようとしたら俺の首に何かが引っ掛かって……。


「あなたが悪いのですよ。ユニクス殿下を侮辱するあなたが」


 恐らく鋼線だったであろう糸が俺の首を……。


「お前馬鹿だろ?」


「っ!」


 切断出来るわけもなく、俺の絶対防御壁イージスに無力化されて千切れて地に落ちた。


「素直に帰れば生かしてやったものを、馬鹿をやらかすから寿命を縮めるんだ」


「っ! っ! っ!」


 セバスはもがいて何か喋ろうとしているが、既にその声が俺に届くことはなく、その身体が動くこともない。


 まぁ、これは単純に催眠魔術で喋れないし動けないと思い込ませているだけだが、思い込みというのは馬鹿に出来ない程に強力な力だ。


 これを打ち破る為には自分で自分の思い込みを超えなければいけないし、強い意志を持っても強い意志が思い込みの力を強くするので逆効果になる。


 どの道、こいつは情報を吐かせたら始末するから関係ないけど。




 ◇◇◇




 数日後、俺は城の廊下でユニクスとすれ違った。


「……兄さん」


「ん?」


 そして普段なら無視されるが今日は珍しく話し掛けられた。


「セバスを知らないかい? 僕の筆頭執事なんだけど」


「どうして俺が知っていると思うんだ?」


「……知らないなら良いんだ」


 ユニクスは顔に余裕の笑みを張り付けていたが、その顔色からは余裕が剥がれ落ちる寸前に見えた。


 セバスには色々な情報を吐かせてみたが、奴はユニクスの片腕のような存在だったようで思っていた以上に色々なことを知っていた。


 勿論、全ての情報をメモして次元収納アイテムボックスに仕舞ってあるので、必要な時に使わせてもらおう。


(そもそも筆頭執事で片腕を暗殺者に仕立て上げるなんて……馬鹿なんじゃないか?)


 まぁ、ユニクスみたいな生まれてから挫折とは無縁な奴は失敗する未来を想像出来ないのだろう。


 少なくともユニクスが皇帝から遠ざかったのは間違いなかった。




 ◇◇◇




 久しぶりにアリサに変身して冒険者ギルドに寄ってみた。


 予想はしていたが掲示板には討伐依頼がなく、細々とした雑用だけが依頼表として張られていた。


 これは私も用はないかと立ち去ろうと思ったのだが……。


「アリサさん! アリサさん!」


 受付嬢が私を見つけて大きな声を上げながら近付いて来た。


 うん。思わず逃げたくなったよ。


「……なんですか?」


「Sクラス試験、受けてみませんか?」


「受けません」


「えぇ~……」


 だからSクラスになると面倒なことばかりで良いことなんてないわけよ。


 そりゃ名誉なことかもしれないけど、それと引き換える色々と背負い込むのは割に合わない。


 それなら、まだ自由のあるAクラスに留まっておく方が良いと思う。


「受けるだけ! 試験を受けてくださるだけで良いですから! 上の方でアリサさんに試験を受けさせろって煩いんですよぉ」


「私、そんなに何日も時間を取れませけど」


「大丈夫! 長くとも2~3日で終わりますから!」


「……そうですか」


 凄く面倒臭そうで気が進まない。


「だから試験だけでも受けてください! お願いします!」


「……どうなっても文句は言わないでくださいよ」


「勿論ですとも!」


 こうして不本意ながら、私はSクラスの昇格試験を受ける羽目になってしまった。




 ◇◇◇




 試験当日。


 私は指定された普段は立ち寄らない冒険者ギルドの2階にある会議室に入った。


「試験官がもう少しで来ますので少し待っていてくださいね」


 そこで待っていた職員に言われて会議室の椅子に座って待つことにした。


 そうして10分ほど待っていたら、唐突にバン! と音を立てて会議室の扉が開かれ、そこに筋肉質で大柄の中年の男が部屋に入って来た。


「待たせたな! 久しぶりのSクラス昇格試験が楽しみで昨日は眠れなかったから朝寝して寝坊しちまったぜ!」


「……そうですか」


「俺はこの冒険者ギルドのギルドマスターだ! お前が昇格試験を受けるって殲滅魔女だな!」


「その二つ名気に入ってないので本人の前で呼ばないでください」


「気にするな!」


 うん。なんか唯我独尊な感じだ。


「さて。早速だが……Sクラス冒険者に必要なことはなんだかわかるか、小娘ぇ!」


「強いことです」


「その通りだ! 他の細けぇことはAクラス以下の奴にヤラせばいい! Sクラスに求められるのはどんな魔物だろうと打ち倒せる強さだ!」


 まぁ、これは一般人は兎も角、帝國にいる皇族からすれば常識の範疇だ。


 Sクラスは強ければ、それだけで無法者だろうと認められるクラス。


 故にSクラスに求められるのは強さのみだ。


「そこで! 試験は当然強さを証明することが求められる! 具体的に言えば強い魔物を試験官である俺の目の前で倒して見せろ!」


「……具体的には?」


「お前、百手巨人ヘカトンケイルって知ってるか?」


「……名前だけは」


 確か多腕の巨人の魔物の名前。


 強さだけならドラゴンに匹敵すると言われ、クラスで言えばゴールドとプラチナの中間くらい。


「もう分かっただろうが、お前には百手巨人ヘカトンケイルを倒してもらう!」


「……質問があります」


「なんだ?」


百手巨人ヘカトンケイルを相手にするのは構いませんが、まさか今から自力で探して倒して来いとは言いませよね?」


 討伐だけなら兎も角、捜索となると2~3日では終わらない可能性が高い。


「Sクラス冒険者に求めるのは強さのみだ。捜索能力まで試験には入ってねぇよ。百手巨人ヘカトンケイルの居場所はこちらが把握している」


「それは安心しました」


「それじゃ、この地図を見ろ」


 そうしてギルドマスターが広げた地図には帝國の全体図が描かれていて、その1点に印が付いている。


「ここが百手巨人ヘカトンケイルが目撃された地点だ。そして、まだ討伐されたという報告は受けていない」


「それなら早速討伐に行きますか」


 場所が帝國内だというのなら問題なく転移魔術でも転移門でも行くことが出来る。


 私は指を鳴らして……。


「私はこのままいきますが、ギルドマスターは何か準備が必要ですか?」


「問題ねぇ!」


「では行きますか」


 今度こそ指を鳴らして転移門を目的地に繋いだ。


「ほぉ! こいつが噂の転移門か! 便利なもんだなぁ!」


 そうして話も聞かずにギルドマスターは門に飛び込んでしまった。


 せっかちな人だ。






 転移門を潜るとゴツゴツした岩場に出た。


 隠れる場所は多そうだが、千里眼魔術イーグルアイを使って百手巨人ヘカトンケイルを探し始める。


「……いましたね」


 そして運が良いのか悪いのか、思ったより近い場所に百手巨人ヘカトンケイルらしき姿を発見した。


「そいつが遠方に視線を飛ばすって魔術か。お前、本当に便利だなぁ」


「それはどうも。ところでギルドマスター」


「なんだ?」


「これから百手巨人ヘカトンケイルを討伐するわけですが……」


「?」




「派手なのと地味なの……どちらがお好みですか?」




「…………」


 ギルドマスターは一瞬、ポカンと口を開けて――続いてニヤリと笑った。


「勿論、派手なのだ! ド派手に頼むぜ!」


「……承りました」


 さて、それなら精々派手に倒すとするか。






 百手巨人ヘカトンケイルが私達の前に姿を現したと同時に爆炎魔術を叩きこみ大爆発を起こす。


 そして爆炎が収まらない内に千刃魔術を行使して巨大な風の刃で出来た竜巻を作り上げ、百手巨人ヘカトンケイルをズタズタに切り裂きながら上空に巻き上げる。


 そして空高く舞い上がった百手巨人ヘカトンケイルに向けて――轟雷魔術を行使して極大の雷を直撃させた。


「……終わりました」


 一応、千里眼魔術イーグルアイで確認してみるが百手巨人ヘカトンケイルの身体は炭化してしまってボロボロに崩れていた。


「……一応聞いておくが、地味に倒せと言ったらどうしていた?」


「見てみますか?」


「あん?」


 私が指差したのは今の轟音に引き寄せられたのか、姿を現したもう1匹の百手巨人ヘカトンケイルだった。


「もう1匹居やがったのか!」


「丁度良いので地味な方の倒し方を披露しましょうか」


 そうして私達にダッシュで近付いてくる百手巨人ヘカトンケイルに向かって指をパチンと鳴らして……。


「っ! っ! っ!」


 地面から無数の細い針が飛び出して百手巨人ヘカトンケイルを串刺しにした。


 更に私の手には針に繋がった細い糸が。


「なんだ、それ?」


「金属製の糸です。これは串刺しにした金属製の針に繋がっていますから……」


 私は解説と同時に金属糸に電撃魔術を流し込む。


「~~~っ!」


 百手巨人ヘカトンケイルは一瞬だけビクンを身体と痙攣させて――串刺しのまま絶命した。


「どういう原理だ?」


「強靭な外殻を持つ魔物でも中身は案外脆いものです」


 正確には金属に電撃を流して身体の中――血液を通して心臓麻痺を引き起こしたのだ。


「なんでこんな面倒な倒し方をする?」


「冒険者ですから。魔物の素材が必要になる時もあるでしょうし、そういう時の為に素材をなるべく傷つけない倒し方を考えました」


「く……くくく。百手巨人ヘカトンケイル相手に倒し方を選ぶ余裕があるってか。合格だぜ! てめぇは文句なしにSクラスに相応しい実力の持ち主だ!」


「ありがとうございます」


 そうして私はSクラスの昇格試験に合格した。


 ちなみに地味に倒した方の百手巨人ヘカトンケイルはギルドマスターが欲しがったので適正価格で売ってあげた。




 ◇◇◇




 後日。


「どぉいうことですかぁっ!」


 私は冒険者ギルドで職員の絶叫を聞いていた。


「どうしてSクラス試験に合格したのにSクラスへの昇格手続きを進めてくれないんですかぁっ!」


「最初に言ったじゃありませんか。試験を受けるだけだと」


「余裕で合格しておいてそれですかぁっ!」


「まぁ、将来的にSクラスの権威が必要になる時が来るかもしれませんから、一応寸前まで手続きは進めておいてください」


「うわぁ~……冒険者ギルドを利用する気満々ですねぇ」


「駄目でしたか?」


「いえ。冒険者として正しい姿だと思いますけど……なんだかなぁ~」


 ともあれ、私はSクラス冒険者の実力があるけど、敢えて昇格しないAクラス冒険者になったのだった。




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