第5話 『変身中に偶然出会った幼馴染にライバル認定される』

 

 冒険者としての初めての依頼をこなして城の自室に帰ってくると――何故か分身体の足元に黒ずくめの男が転がっていた。


「何これ?」


「暗殺者」


「マジかぁ~」


 俺が作り出した分身体は高度な自律行動が可能で、しかも俺の3割近い魔力で俺の開発した全ての魔術を行使することが出来る。


 だから暗殺者を自力で撃退出来たことには驚かないが、まさかユニクスがこんなに早く短絡的な行動を起こすとは思っていなかった。


「とりあえず尋問してみるか」


 分身体を俺に統合しつつ、俺は念の為に開発していた【催眠魔術】を暗殺者に行使する。


 これは対象を催眠状態にして自分の意思に関係なく俺の質問に素直に答えるようになる魔術だ。


 そうして暗殺者を尋問した結果……。


「犯人はカサンドラだったか」


 俺の予想を裏切って犯人は長女のカサンドラだった。


 意図は理解出来る。


 カサンドラは俺とユニクスが敵対したことを何処かから聞きつけ、ユニクスの仕業を見せかける為に俺に暗殺者を送り込んだのだろう。


 もしも俺が素直に暗殺されていれば、俺とユニクスが敵対した情報を得ていた他の帝位争いの参加者は犯人はユニクスだと思い込んだだろう。


 その後、どうするかまでは流石に選択肢が多過ぎて絞り込めないが。


「こいつはどうするかなぁ」


 今問題になるのは情報を吐かせて催眠状態のままの暗殺者の処分。


「……混乱させてみるか」


 俺は催眠状態の暗殺者に更に深く催眠状態にして操り人形にしてから――長兄のフリードリッヒの下へと送り出した。


 うん。深い催眠状態で俺のことは完全に忘れているし、カサンドラが俺のところへ送り込んだ筈の暗殺者がフリードリッヒの暗殺に出向けば色々な方面から混乱して乱戦状態になる可能性がある。


 そうなればユニクスも忙しくなるし、俺に嫌がらせをしている暇もなくなるだろう。


 そうだ。折角だから暗殺者の依頼主は次男のジルセルクだと思い込むように刷り込んでおこう。


 これで益々帝位争いは混乱するだろう。




 ◇◇◇




 予定通り帝位争いが混乱するのを他所に俺はちょくちょくアリサに変身して冒険者としてチマチマ活動していた。


 決して大きな依頼は受けないが、時間がある時に冒険者ギルドに顔を出して速攻で依頼を片付けて帰っていくというスタンスだ。


 勿論、受付嬢には大いに怪しまれたが、別に転移魔術が使えることくらいバレても問題ない。


 だって冒険者として活動しているのは存在すら謎な黒衣の魔女アリサなのだから。


 正体が帝國の第4皇子であるとバレなければ問題ないのだ。






 それよりも魔物の肉は浄化魔術を使って瘴気と呼ばれる毒素を抜けば普通に食べられると判明した。


 問題は俺に獲物を解体する技術がないことだが……。


(ないなら作ってしまえばいい。【解体魔術】をな!)


 うん。なんか最近は俺の使う魔術が万能に近くなってきた気がする。


 これはもう魔術の域を超えて魔法の域に片足を突っ込んでいると言っても良い。


 ああ。魔法というのは魔術を極めた先にある物で、魔術とは根本的に――という程ではないが自由度が段違いなのだそうだ。


 例えば魔術は詠唱や刻印によって縛られている。


 詠唱魔術とは詠唱通りの効果しか発揮しないし、刻印魔術は刻印を刻んだとおりに効果しか発揮しない。


 それに対して魔法というのは術者のイメージがそのまま現象として効果を発揮する。


 前世で言えば魔法少女が魔法に近いかもしれない。


 魔法とは法則に縛られる者ではなく、法則を作る者なのだ。


 好き勝手に現象を引き起こすというか、願いがそのまま形となって現れると言えばいいだろうか?


 まぁ、勿論魔力を消費して現象を引き起こしているわけだから、何でも出来るわけではないけど。


(ふむ。魔法程自由度が高くはないけど、事前に詠唱を終えた魔術を深層意識の中に大量に待機状態で確保しておけば疑似的な魔法を模した無詠唱魔術になるかな?)


 深層意識の部屋はまた広くなって、既に体育館並の広さになっている。


 未だに電動ポンプが魔力を汲み上げて延々と魔力玉を作り続けているが、増えるペースよりも絶対防御壁イージスの常時発動で消費するペースの方が僅かに早いので徐々に在庫が減っている状態だ。


 そういう訳で部屋のスペースは有り余っているので魔術をストックしておく余裕は十分だった。


(解放の合図として指を鳴らすと格好良いかも)


 指をパチンと鳴らすだけで様々な現象を引き起こす黒衣の美少女アリサちゃん。


 うん。悪くないかも。




 ◇◇◇




「最近、帝都の中で妙に噂が出回っているのよねぇ」


「……噂?」


 今日も今日とて近衛騎士団が休暇で俺に地獄の特訓を強いてくるユメハに強制されて中庭に倒れているエミリオ君、15歳です。


「なんでも凄腕の冒険者が帝都に現れて、東の森の魔物を一掃しそうな勢いで狩っているんだって」


「へぇ~」


 俺は昼間の暇な時に冒険者ギルドに出向き、パパっと依頼を済ませて帰ってくるだけだから他の冒険者と鉢合わせする機会が少ない。


 だからユメハの言う冒険者に心当たりはなかった。


「なんでも全身黒ずくめの魔女みたいな装いをした女の魔術師で、確定ではないけど高度な転移魔術の使い手らしいわ」


「…………」


 あ、はい。心当たりありました。


 というか、どう考えても俺です。


 でも十分に手加減はしているし、東の森を一掃する勢いってのは大げさだと思うけど。


 まぁ、Fクラスから始めて既にCクラスに上がって証明のプレートも木製から金属製に変わりましたけどね。


 でも1日に適当に見かけた魔物を20匹前後狩っているだけなのに大げさな話だ。


「あの森って魔物の総数が300~400って言われていたし、そろそろ殲滅が完了するって話よ」


「……意外と少なかった」


 1日に20匹を狩って既に2週間近く経っているので、既に280匹くらい狩った計算になる。


 うん。確かに総数が300~400なら、そろそろ殲滅ですわ。


 東の森で魔物を狩っているのは俺だけじゃないし。


「ん? 東の森の魔物が殲滅されたらどうするんだ?」


「そりゃ、帝國としては東の森を整備して領土に組み込むに決まっているじゃない」


「そっちじゃなくて、東の森で狩りをしていた冒険者はどうなるんだ?」


「……別の場所に移るんじゃない」


「そらそうか」


 冒険者の主な仕事は魔物の討伐だし、近場に魔物が居なくなったなら別の場所に移るのが当たり前か。


「それより、そろそろ息も整ったし続きをやるわよ」


「……勘弁して下さい」


 子供の頃に比べてもユメハは段違いに強くなっているし、その模擬戦の相手は冗談抜きで命懸けなんだよ。


 いや。勿論ちゃんと手加減してくれていると思うんだけどね。


 それでもユメハとの模擬戦で絶対防御壁イージスを使えば怪しまれるので、この模擬戦の間は無防備なんだよ。


 木剣で頭ぶっ叩かれるのは何度経験しても慣れません。




 ◇◇◇




 はい。冒険者モードのアリサちゃんです。


 私は知らなかったことなんだけど、魔物の領域と化していた東の森の魔物を殲滅が間近になったことで領域の守護者が出現するみたい。


 要するに、今までの魔物とは段違いに強いボスが出現するらしい。


 なんで、そんなのがいきなり現れるのか理不尽を嘆きたい気分だけど、それ以上に私は東の森の魔物討伐功労者として領域の守護者戦に強制参加らしい。


 どうぞお構いなく、と言って逃げたいが冒険者の義務として課せられた仕事なので逃げるとペナルティとして冒険者の資格を剥奪されるらしい。


 なんて理不尽な。






 だが本当の理不尽は領域の守護者討伐の当日に現れた責任者によって齎された。


「今回の討伐隊の責任者を任されたユメハ=レイオ=サイオンジよ」


「……よろしくお願いします」


 うん。討伐隊の責任者に何故かユメハがやってきてしまったのだ。


「ふぅ~ん。あんたが噂の殲滅魔女ね。噂通り全身黒ずくめだわ」


「……殲滅魔女」


 誰だ、人に勝手に物騒な二つ名を付けたのは。


「あんた、転移魔術が使えるってのは本当なの?」


「ええ、まぁ……使えますけど」


「それって大勢を移動させられる系?」


「転移魔術は基本的に1人用です。大勢を移動させるなら移動先に空間を繋いで転移門を設置する必要があります」


「転移門。そんなのも使えるのね」


 ユメハは感心しているが、私としてはいつバレるのかハラハラして気が気じゃない。


「それにしても……冒険者の割に軽装ね。そんなんで魔物の攻撃を受けたら死ぬんじゃないの?」


「防御魔術には自信がありますから。聖剣で攻撃されても生き残れる自信がありますよ」


「……へぇ。それはあたしに対する挑戦かしら?」


「あ」


 しまった。


 つい、いつも通りの調子で挑発してしまった。


「ま、まぁ、私の場合は重装備にすると動きに支障が出ますから」


「……それは胸が大きいって自慢話かしら」


「…………」


 Noooo!


 長年培った阿吽の呼吸で何を言っても挑発になってしまうぅ!


「……精々私の足を引っ張らないでくださいね」


 もう、こうなったら目一杯挑発して、そういうキャラで行こう。


「面白いじゃない。あんたがどの程度役に立つか、あたしが見定めてやるわ!」


「……ご自由に」


 も~どうにでもなぁ~れぇ~。






 ユメハは私を遠慮なくコキ使い、私に帝都から東の森までの転移門を開かせて参加者全員を送らせた。


 まぁ、これは一度開けば通過人数に関係なく一定時間使える移動手段なので構わないのだが、本当に遠慮しないなぁ。


「さて。時間も大分短縮出来たし、とっとと領域の守護者を探して討伐するわよ!」


 そうしてユメハは意気揚々と森の中へと足を踏み入れた。


 私も千里眼魔術イーグルアイを使って森の中を探していくが、森のように遮蔽物が多いと特定の対象を探すには時間が掛かる。


(こんなことなら【飛翔魔術】を開発して空を飛んで探せるようにしておけば良かった)


 少しだけ後悔しながら右目の地図魔術データマップ千里眼魔術イーグルアイを使いながら森全体を確認していく。






 そうして森の中を討伐隊が散開して探すこと2時間強。


「っ!」


 私はそれを見つけてしまった。


「……サイオンジ隊長」


「長いからユメハで良いわ。何?」


「今回の領域の守護者はどのような魔物なのか御存じですか?」


「この森は野生動物が多いから、それ系統の魔物だと予想されていたけど……それがどうした訳?」


「私の魔術で遠方に視界を飛ばして捜索していたのですが……」


「あんた、そんなことも出来んのね」




「複数の蛇の頭を持つ巨大な魔物……恐らくヒュドラが出現しました」




「…………は?」


 うん。ユメハが驚くのも無理はない。


 ぶっちゃけ、私の第一印象は八岐大蛇だ。


 事前に調査した領域の守護者の過去の情報を当てはめても間違いなく2から3段階上位と思える魔物だった。


 こいつを本気で討伐する気なら今の5倍の人数が必要というレベルの魔物だった。


「あたしが直接確認するわ! 隊はここで待機! あんたも付いてきなさい!」


「えぇ~……」


「早く来い!」


「……分かりました」


 渋々ユメハに同行して八岐大蛇のいる場所へと誘導していく。


 そうして私とユメハの前に現れたのは――千里眼魔術イーグルアイで見るよりも更に迫力のある巨大な魔物だった。


「げぇ。こいつゴールドクラスどころかプラチナクラスの魔物じゃない」


「……私、逃げて良いですか?」


 領域の守護者の強さは5段階に分別されていて……。




・アイアン:超弱い

・ブロンズ:弱い

・シルバー:普通

・ゴールド:強い

・プラチナ:超強い




 という感じになっている。


 本来、東の森に出現する領域の守護者はシルバークラスと予想されていたので、それがプラチナクラスとなると想定外も良いところだ。


「もう既にあいつの感知能力範囲内に入っているわよ。逃げられないし、逃がしてくれそうもないわ」


「……ソウデスネェ」


 悠長に転移門を開いている時間はないが、私には転移魔術があるので1人でなら逃げられるが……。


(流石にユメハを置いて逃げられるほど薄情にはなれないわ)


 仕方なく戦闘態勢を取ることにした。






 開幕は八岐大蛇の8本の蛇の口から吐き出される激流のブレスだった。


 咄嗟に大地に手を付いて土を固めた壁を私とユメハを守る防護壁として作り出したが……。


「唯の水じゃない! 溶解液だわ! これじゃ持たない!」


「厄介な攻撃ね!」


 私は追加でドンドン防護壁を作り出していくが、それでも溶解液の勢いと溶ける早さの方が早い。


 このままだと押し切られる。


「そのまま踏ん張ってなさい!」


 ユメハはそう言って私の防護壁を踏み台にして跳躍すると、両手に蓄えた魔力を光の矢に変えて八岐大蛇に撃ち出した。


 その光の矢は見事に八岐大蛇の全ての首に命中して……。


「自信をなくしそうだわ」


 僅かに動きを止めるだけの効果しか与えなかった。


 それでも一瞬の時間が取れたので私とユメハは同時に逃げ場のない防護壁の背後から抜け出して窮地を脱した。


「とりあえず次に攻撃が来る前に大きいのをお見舞いするわ」


 指を鳴らして深層意識に待機させていた魔術――威力の面で優れている【爆炎魔術】をお見舞いする。


 八岐大蛇を爆心地に轟音を響き渡り――爆炎が晴れた後は少しだけ焦げた八岐大蛇が姿を現した。


「冗談は程々にして欲しいんですが」


「畳みかけるわよ!」


 ゲンナリする私を置いてユメハが剣を抜いて既に走り出していた。


 それを見て、どうせならユメハのような前衛を支援する為の魔術を開発しておけば良かったと再び後悔した。


 ともあれユメハへの注意を逸らす為、更に弱点を探す為にユメハとは対極から遠距離で魔術を次々と放つ。


 火、水、土、風の4系統はどれも効果がいまいち。


 八岐大蛇は水属性っぽいから雷魔術とかあれば良かったんだけど……。


(魔物を感電死させる程度の威力の電撃魔術じゃ焼け石に水でしょうね)


 もっと大規模な雷魔術を開発しておかなかったことを後悔する。


 だからユメハを援護しながら急ピッチで開発中だ。


 接近戦に持ち込んだユメハは八岐大蛇の攻撃を紙一重で回避しながら通常の剣で何度も斬り付けているが――やはり効果は薄い。


 そうこうしている内に、やっと雷魔術が完成する。


「大技行きますから時間を稼いでください!」


「効果があるんでしょうね!」


「駄目なら次の手を考えます!」


 そうして私はストックにない魔術を行使する為に詠唱を開始する。


「●■■▲●、■▲●●■▲▲、■■●▲●、●■●■■▲●、■▲●●■▲▲、■■●▲●●■、●■■▲●、■▲●●■▲▲、■■●▲●●■……」


「長いわよ!」


 分かってるけど作りたてで最適化もしていない魔術なんで、どうしても詠唱が長くなるのは改善出来ない。


 ユメハの文句を聞き流しながら私は詠唱を続けて……。


「離れてっ!」


「っ!」


 ついに完成した魔術をユメハが八岐大蛇から離れたのを確認して解き放つ。




 轟雷魔術。




 空から降って来た極大の雷が八岐大蛇に直撃した。


 それは確かに効果があり、八岐大蛇の8本の首の内5本を消し飛ばしたけれど、それでも残りの3本を始末し損ねた。


「今度はあんたが時間を稼ぎなさい! 聖剣を防げる防御魔術に期待しているわよ!」


「……魔術師に何という無茶ぶり」


 だがユメハが何をしようとしているのかは分かる。


 封印されし聖剣を解き放つ気だ。


 やりたくないけど私はユメハの前に出て3本の蛇の口から放たれる溶解液のブレスを再び防護壁を使って防御したり、時には絶対防御壁イージスを頼りに身体で受け止めてユメハへの攻撃を遮る。


「寿命が縮まりそうなんですけど!」


「……待たせたわね」


 そうして封印から解き放たれた光り輝く聖剣が姿を現した。


「サイオンジ公爵家の秘奥……たっぷり味わいなさい!」


 その言葉の通りに振り下ろされた聖剣は残り3本になっていた蛇の頭と胴体を残らず消し飛ばした。


「うわぁ~」


 絶対防御壁イージスの防御能力は信じているけど、あれを正面から受ける度胸は流石にないわぁ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る