第4話 『研究実験の為に変身状態で冒険者になってみる』

 

 15歳になった。


 最近の変化としてはユメハがサイオンジ公爵家の訓練を終えて近衛騎士団に入団し、休みの日には再び俺に地獄の特訓を日常的に施してくるようになりました。


 筋肉痛が酷いです。


「相変わらずリオは貧弱ねぇ」


「サイオンジ公爵家で聖剣を最速記録で授与された誰かさんと比べられてもなぁ」


「誉め言葉よね?」


「…………」


 聖剣。


 それは帝國に仕えるサイオンジ公爵家の当主が代々継承していく特別な力を持った剣のことで、これを持つということはサイオンジ公爵家の当主であるか、もしくは次期当主として実力を認められたという証みたいなものだ。


 勿論、聖剣に備わっている力は絶大なので、普段は封印を施してある。


 というか普通は当主として就任すると同時に授与される聖剣をユメハは才能と努力で覆して、前倒しで聖剣を勝ち取ったらしい。


 うん。見事と言うしかないね。


「最近、城の中をギスギスした空気が漂っているし、切り札の1つも手に入れておきたかったのよね」


「…………」


 城の中の空気がギスギスしているのは帝位争いが激化しているからだ。


 皇子7人、皇女5人の内、本格的に帝位争いに参加しているのは5人。


 長男のフリードリッヒ、次男のジグセルク、長女のカサンドラ、次女のカルディア、五男のユニクス。


「ユニクスも物好きよねぇ。帝位争いに参加してまで皇帝になりたいのかしら?」


「…………」


 5人の内の1人である五男のユニクスは俺と同腹の弟――というか実を言えば双子の弟だったりする。


 当然ユメハとも面識があるが、俺とは違って正当な皇族である金髪碧眼のイケメンに育っていた。


 文武両道で魔術の上でも優秀らしく、両親の覚えも良いのでまさに俺とは天と地くらい扱いに差がある。


 双子なので顔は俺によく似ているのだが、俺の場合は最初に髪と目に注目が集まるので即座に双子と見破れた奴は今までいなかった。


 ユメハの場合は最初に俺と出会っていたので、逆にユニクスが俺と似ているとは直ぐに気付けなかったらしいけど。


「うぅ……筋肉痛が酷いので起こしてください」


「まぁ、ユニクスはこれの弟とは思えないくらい優秀だし、あたしが心配することじゃないわね」


 いくら魔術を極めても素の身体能力は高くならないんだよぉ。






「兄さん」


 ユメハの地獄の特訓を終えて痛む身体を抱えてフラフラと自室への道を歩いていると唐突に声を掛けられた。


 この城でユメハ以外に俺に声を掛ける奴は稀だが……。


「ユニクスか」


 久しぶりに――本当に久しぶりに双子の弟であるユニクスが話し掛けてきていた。


 一見、穏やかで優しそうな風貌をしているが――その目の奥が全く笑っていないことを俺は知っている。


 まぁ、自ら進んで帝位争いに身を投じていくような奴が野心の1つも持っていないわけないわな。


「何か用か?」


「うん。ちょっと兄さんに相談があるんだ」


「……ここで出来る話か?」


「出来れば落ち着いたところで座って話をしたいな」


「……分かった」


 ユメハの特訓で疲れていたが、弟なのに俺より権威が上の奴からの誘いを無下に断ることも出来ない。


 仕方なく歩き出すユニクスの後ろをフラフラと付いて行くことにした。






 辿り着いたのはユニクスの自室だった。


 俺の部屋とは広さも豪華さも違い、おまけに執事とメイドがズラッと並んで出迎える。


「「「「お帰りなさいませ、ユニクス殿下」」」」」


 出迎えるのは主人であるユニクスだけだが。


「セバス、お茶を頼むよ」


「畏まりました」


 ユニクスはその内の1人、フルネームがセバスチャンだったらまさに執事って感じの名前の執事にお茶の用意を命令する。


 うん。言い方は兎も角、これは間違いなく命令だ。


 そうして見事な所作で俺とユニクスの前に紅茶が出される。


「…………」


 俺は紅茶の湯気を避けてカップごと遠くに離したけど。


「飲まないの?」


「……飲む訳がない」


「ふぅ~ん」


 俺の態度を意に介さずユニクスはゆっくりと紅茶を楽しんでいる。


「……帰って良いか?」


「まだ話をしてないよ」


「ならさっさと話せ」


「せっかちなのは嫌われるよ」


「どうせ帝位争いの話だろ? 時間を掛けるだけ無駄だ」


 うん。ご覧の通り俺とユニクスの仲はあまりよろしくない。


 同腹の双子の兄弟と言っても、片方が疎まれて片方が両親から溺愛されれば仲良くなどなれる訳がない。


 まぁ、それ以前に向こうに仲良くする意思があるとは思えないけど。


「まぁね。僕も帝位争いに参加することになって知り合いの貴族に声を掛けているんだけど、兄さん達や姉さん達の方が物理的に早く生まれているからね。差を縮めるのが大変なんだ」


 ここでいう兄さん達や姉さん達とは帝位争いに参加することになったユニクスを除いた4人のことだろう。


 間違っても俺は含まれていない。


「特に上級貴族……公爵家を味方に付けているのが厄介でね。このままだと差を付けられる一方だよ」


(嘘吐け)


 少なくとも俺が調べた限り、5人の内で1歩リードしているのは長兄のフリードリッヒとユニクスの2人だ。


 確かに帝國に4つしかない公爵家の内の2つを長兄と次男取られているが、後れを取ってもいないし差を付けられてもいない。


「そこで僕も公爵家を味方に付けようと思って、兄さんに協力してもらうことにしたんだ」


「……まさかサイオンジ公爵家のことを言ってんのか?」


 帝國内で絶大な影響力を誇るが、帝位争いに於いて鬼門である為に誰の味方にもなっていないサイオンジ公爵家。


 確かに俺はユメハと親しいし、俺が頼めばサイオンジ公爵家は協力してくれると思うが……。


「うん。兄さんが頼めばきっと協力してくれるよね?」


「自分で頼め」


 俺がユニクスに協力してやる義理はない。


「あはは。流石の僕でもサイオンジ公爵家に直接アプローチするのは無理だよ。下手をすれば帝位争いから脱落してしまうからねぇ」


「だったら諦めることだな」


「だから兄さんに頼んでいるんじゃないか」


「……俺がサイオンジ公爵家に協力を取り付けて、その上でお前に味方をしろと?」


「うん」


 邪気のなさそうな顔で笑顔で頷くユニクス。


 どういう神経をしているんだか。


「断る」


「……どうして?」


「逆に、お前に協力してやる義理が何処にある?」


「僕達は兄弟じゃないか」


「兄弟ならお前以外にも沢山いるよ」


「いるけど僕達だけが同腹の兄弟だ。それじゃ協力してくれる気にはならないかな?」


「ならない」


「…………」


 断固拒絶の意思を示すと――スッとユニクスが目を細めた。


「兄さん、あんまり聞きわけがないと兄さんが困ったことになるよ?」


「は。また俺の食事に毒でも盛るってか?」


「あはは。それじゃまるで僕が兄さんの食事に毒を盛った犯人みたいに聞こえるじゃないか」


「まるでも何も、俺は100%お前だと確信しているよ」


「…………」


 ああ。俺が6歳の時点で毒を盛って殺そうとしてくる奴なんて、こいつ以外に居る訳がないんだ。


 双子の兄が廃棄皇子で邪魔だと思って殺しに来るような奴は。


 出された紅茶を態々遠ざけたのはそういう意図だ。


「面白い話だけど、何か証拠でもあるのかい?」


「勿論証拠はあるが……お前に教えてやるつもりはない。下衆で短気なお前のことだから力ずくで証拠を処分しに来るだろうしな」


「「「「「…………」」」」」


 目の前のユニクス――ではなく周囲の執事とメイド達から不穏の空気が流れてくる。


 これが俗に言う殺気という奴だろうか?


 まぁ、この部屋で――ユニクスの自室で俺に何か出来るようなことはないけどな。


 仮にも俺は皇子で、こいつの実の兄だ。


 その俺にユニクスが自室で何かしたとあっては評判はガタ落ちだ。


 体面を気にするユニクスが何かを仕掛けてくることは絶対にない。


「残念だよ。これからは兄弟で力を合わせて生きていけると思ったのに」


「お前の兄として忠告してやるが、それは協力ではなく利用と言うんだぜ」


「…………勉強になるよ」


 思いっきり馬鹿にしたような口調で忠告してやったら流石のユニクスも口元を引き攣らせていた。


 勿論、忠告の内容に対してではなく、廃棄皇子が偉そうに忠告してきたことが気に食わなかったのだろう。


 まぁ、絶対防御壁イージスがあるからこそ強気に出られるんだけどね。


 毒だろうと暗殺だろうと俺には効かない自信がある。


 後、俺の親しい人を狙ってくるという可能性もあったのだが、今の帝都で俺の親しい奴と言ったらユメハくらいなので全く心配ない。


 貴族だろうと皇族だろうとサイオンジ公爵家に喧嘩を売るなんて自殺行為以外の何物でもないのだから。






 そういう訳で俺は完全にユニクスを敵に回してしまったのだが……。


「……地味だな」


 部屋に帰ったら自室が荒らされていてベッドがズタズタに切り裂かれていた。


 まぁ、本当に大事な物は全て次元収納アイテムボックスに入れてあるので被害はないに等しい。


 ベッドが使い物にならなくなったので今後寝床には困るだろうが、既に地図魔術データマップは帝國どころか大陸全土が埋まって完成しているので何処にでも行けるので態々自室で寝る必要はない。


 まぁ、それ以前に俺の魔術を使えばベッドくらい修理出来るし、新しい物を作り出すことも出来るんだけど。


 とはいえ毎回のように部屋を荒らされるのは地味に面倒だし、今後は部屋の荷物は全て次元収納アイテムボックスに入れておき、必要な時だけ取り出すことにしよう。




 ◇◇◇




 そうだ、冒険者になろう。


 特に理由はないが思い立ったが吉日。


 部屋に分身体を残してアリサに変身して転移で帝都に出ることにした。






 帝國――というより、この大陸の冒険者は15歳以上なら誰にでもなることが出来る職業だ。


 冒険者ギルドの受付に行って、名前と年齢を告げれば今日からあなたも冒険者ってわけだ。


 まぁ、流石にそれは本当に最低限の手続きであって、本来なら身分証を提示するだけで最低クラスのFクラスではなく1個上のEクラスから開始出来る。


 冒険者のクラスは強さの証明ではなく社会的信用の高さの証明だ。


 極端な喩えになるが、Fクラスの冒険者では何処に行っても金を貸してくれないが、Cクラスくらいの冒険者になると冒険者ギルドが保証人というか後ろ盾になってくれて『この人は信用出来ますよ』と保証してくれるので金を貸してくれるようになる。


 要するに、どれだけ強くなろうとも好き勝手にしている無法者が相手ではクラスは上がらないということだ。


 勿論、中には例外もいて、強大過ぎる魔物をソロで討伐して社会に貢献したとしてクラスを上げる者もいる。


 そういうのは大抵超Aクラス――通称Sクラスくらいだけど。


 だから大陸に片手で数えるくらいしかいないSクラスの中には無法者もいたりする。






 そんなことを考えながら帝都を歩き回り、辿り着いた冒険者ギルド。


 考えてみれば便利系の魔術ばかり開発していたので、あまり攻撃系の魔術は開発していなかったのだが――何とかなるだろう。


 そうして冒険者ギルドの扉を開けて中に入った。


 意外なことに中は閑散としていて人の姿は疎らだった。


(いや。よく考えてみれば皆依頼で魔物退治に出ているとしたら朝から出掛けているだろうし、この時間が空いているのは当たり前か)


 1人で納得しつつ私は受付まで進む。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 そうして私に対応してくれたのは20代くらいの女性職員だった。


 荒くれ者の多い冒険者ギルドとはいえ、花である受付嬢は必須なのだろうか?


「登録をお願いします」


「承りました。身分証はお持ちでしょうか?」


「なしでお願いします」


「……その場合、最低のFクラスから開始になってしまいますが、よろしいですか?」


「構いません」


 私の身分証を出すと帝國の第4皇子だということがバレバレだからねぇ。


 出したくても出せないのよ。


「それでは、こちらの書類に必要事項をご記入ください。代筆は必要でしょうか?」


「大丈夫です」


 私は受付嬢から書類を受け取ってざっと眺める。


 必要事項は名前と年齢、それに冒険者として活動するに当たって特技を書く欄がある。


(名前はアリサ、年齢15歳、特技は魔術)


 更に必要事項ではないが希望の二つ名なども書く欄があった。


 ここに下手に自分で考えた二つ名などを書いてしまうと、将来的に間違いなく黒歴史になる予感しかしない。


 だから二つ名の欄は空白で受付嬢に提出することにした。


「はい、確認させていただきました。アリサ様ですね。本日からFクラスの冒険者として認定させていただきます。こちらが冒険者証であるプレートですので失くさないようにお願いします。紛失してしまった場合は発行料が掛かりますのでお忘れなく」


「ありがとうございます」


 そうして渡されたのは木製のプレート。


 特に特殊な細工があるわけでもなく、私の名前とFクラスを示す【F】という文字が大きく書かれているだけのシンプルなプレートだ。


 木製なのは信用のないFクラスだからで、Eクラスの昇格すれば金属製のプレートに交換してくれる筈だ。


 思ったより簡単に冒険者になれてしまったし、テンプレとしてガラの悪い先輩冒険者に絡まれるということもなかった。


 まぁ、絡まれなかったのは人の少ない時間帯だったからだろうけど。


「依頼を受ける場合は、あちらの掲示板に張り出してある依頼表をご確認ください。何か分からないことがあれば受付までどうぞ」


「分かりました」


 ともあれ掲示板で私でも受けられそうな依頼を探してみるか。






 当たり前だが掲示板に張られている依頼表の殆どが魔物の討伐依頼だった。


(そういえば……魔物って何処に出るのかしら?)


 右目の地図魔術データマップをオンにして帝都周辺の地図を表示させてみるが、日帰りで行ける距離に魔物が出そうな場所は存在しない。


「すみません。ちょっと良いですか?」


「なんでしょう?」


 だから素直に受付嬢に聞いてみることにした。


「魔物って何処に出るんですか?」


「帝都から一番近いのは東の森ですね。皇帝陛下のご命令により最優先で森の魔物を殲滅するように依頼をいただいていますので、この森で魔物を狩れば報酬が出ますよ」


「東の森」


 地図魔術データマップで確認すると50キロ近く離れていた。


「……遠くないですか?」


「ええ。流石に日帰り出来る距離ではありませんが、比較的危険が少なくて帝國から補助金が出ていて儲かるので皆さんこぞって東の森に出かけていきますね」


「……ありがとうございます」


 なんか想像していたのと違う。


 とはいえ近場で魔物が出現する場所は分かったので、改めて掲示板に張ってある依頼表を確認する。


 一番高額なのはデーモンベアという巨大な熊の退治依頼。


 なんと報酬が金貨5枚という破格のお値段だ。


 あ。ちなみにこの世界の貨幣の価値は……。




【賎貨】:1円くらいの価値。

【鉄貨】:10円くらいの価値。

【銅貨】:100円くらいの価値。

【大銅貨】:1000円くらいの価値。

【銀貨】:1万円くらいの価値。

【大銀貨】:10万円くらいの価値。

【金貨】:100万円くらいの価値。

【大金貨】:1000万円くらいの価値。

【白金貨】:1億円くらいの価値。




 となっている。


 金貨5枚ということは日本円に換算して約500万円だ。


 仮にも皇子である私はそれなりの金額を所持しているが、それでも金貨5枚は大金だと分かる。


 勿論、その分危険度も高い依頼だけど。


 まぁ、最初から冒険する必要もないし、他にも狼系の魔物とか猪系の魔物とか、野生動物が変異した魔物が沢山いるようだ。


(魔物って動物が変異した感じなのかな?)


 魔術に関しては過剰に知識を集めたけど、魔物に関しては殆ど知らないことだらけだ。


 知っていることと言えば帝國が大陸を統一するのに邪魔だから討伐を推奨していることくらいか。


(とりあえず一番簡単そうな兎が変異して魔物なったような角の生えた巨大兎――ホーンラビットの討伐依頼を受けてみようかな)


 これは常時依頼らしく、態々依頼表を受付に持っていかなくても討伐証明部位――ホーンラビットなら角を持ち帰れば報酬を得られるという依頼だ。


 ちなみに報酬は1匹につき銀貨1枚。


 日本円に換算して約1万円だ。


 日帰りじゃ帰って来れないことを考えると、これを目的に東の森に向かう冒険者は私くらいだろうけど。






 サクッと東の森に転移して、千里眼魔術イーグルアイでホーンラビットを探して、新開発の【電撃魔術】でホーンラビットを仕留めた。


 うん。火だと焦げるし風だとズタズタになって素材の価値が下がりそうなので、電撃で感電死させる系統の魔術を開発したんだ。


 一発で仕留めきれなくても大抵は感電して麻痺するので便利な魔術だと思う。


 そうして一匹のホーンラビットを仕留めてから思う。


「魔物って食べられるのかしら?」


 魔物は食料として有効なのだろうか?


 とは言っても血抜きくらいは出来るが解体の知識はないので次回までに調べておこうと思う。


 今はホーンラビットの角を鋭利な水の刃で綺麗に切断して――冒険者ギルドに戻って提出して報酬を貰おう。






 当たり前だけど受付嬢には物凄く驚かれた。


 普通に考えて日帰り出来ない距離にある東の森に1時間も掛からずに行って帰って来て討伐部位を提出したのだから。


 まぁ、勿論秘密にしたけど。




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