第1話 『魔術を使いたいけど回路が壊れているので修理することにした』

 

 アルシアン帝國、第4皇子エミリオ=オルテサンド=アルシアン。


 愛称はリオ。


 そんな立場にいる俺が前世の記憶を思い出したのは6歳の時だった。


 夕食の席で唐突に血を吐いて倒れ、そのまま2週間近く生死の境を彷徨った結果――前世の記憶を思い出していた。


 ハッキリ言えば毒殺されかけた。


 通常の6歳児だったなら、まず助からなかっただろうけれど、前世の記憶を思い出した俺は不幸慣れした成人の精神によって九死に一生を得た。


 この事件は料理人が処刑されるという結末で解決されたが――勿論、ただの料理人に俺を殺す理由なんてない。


 そもそも皇族である俺達の食事には例外なく毒見役が居て、そいつがピンピンしている時点で陰謀を疑わない馬鹿はいない。


 料理人は辻褄合わせに殺されただけで、本当の犯人は今も堂々と帝國の城の中にいる筈だ。






 だが犯人捜しより俺が優先したのは自分の記憶の整理だった。


 転生神によって地球ではない別の世界に転生した俺には当然のように前世の記憶はなかった。


 それは当たり前のことなのだが、どうやら地球の神が付与した不運を引き寄せる機能とか、転生神との邂逅によって制限が緩んでいたのだろう。


 俺は生死の境を彷徨うなんて程度で1つ前の人生を思い出していた。


 転生神によれば何十、何百、何千回と転生している可能性もあるが、それでも俺が思い出したのは1つ前の人生だけという時点で前の人生は俺にとっては特別だったのだと思う。


 勿論、悪い意味で。


 転生神が言うには既に不運を引き寄せる機能は停止しているという話だったが、それでも6歳で毒殺されかけているので本当かどうか怪しいところだ。


 そういう訳で前世には未練はないが、今後の人生を生きる為に前世の記憶が有効であるというなら使わない手はない。


 故に、俺は前世の記憶と今世の記憶を整合する作業に時間を掛けた。




 ◇◇◇




 この世界――正確には1つの巨大な大陸であるアルゴル大陸を舞台として、その約6分の1を支配しているのがアルシアン帝國だ。


 6分の1というと大したことがないように聞こえるが、アルゴル大陸の巨大さを考えれば1国としては破格の領土を誇る。


 あくまで聞きかじった知識が正確ならばの話だが、中国、ロシア、ヨーロッパなど、日本から見て西に存在する陸地を丸ごと合わせたような広大な大陸がアルゴル大陸と呼ばれている。


 その6分の1なのだから、その広大さが分かろうというものだ。


 まぁ、地球と同じ大きさの惑星だと仮定すると、まだアメリカ大陸並の大きさの大陸がある気がするが――それは兎も角。


 帝國の目的は当然のように帝國による大陸統一と掲げられている。


 今の時点で既に統治が危ぶまれているのに、これ以上領土を拡大するなんて自殺行為にしか思えないが、それでも目標としては大陸統一なのだ。


 その目標を達成する為には長い時間と優秀な皇帝が必要になる――と考えられている。


 その為に優秀な皇帝を育てる為の環境として帝位争いが兄弟姉妹の中で行われることになる。


 俺が毒殺され掛けたのは、その帝位争いの一環ということだろう。


 いくら何でも皇子を殺すのはやり過ぎだし、その犯人が皇族の中にいると発覚すれば帝位争いから脱落を宣言されるだろうが、それを押してでも皇帝になりたいという奴が兄弟姉妹の中にいるということだ。


(皇帝、ねぇ)


 未だに自分が皇族なんてものに生まれ変わった事実を呑み込めていない俺からすれば狂気の沙汰だが、そういう外部からの認識の改変がなければ魅力的に映るのだろう。


 勿論、統治を考えるだけで既に面倒臭そうと思っている俺は全く皇帝に魅力を感じていないが。


 ちなみに俺の兄弟姉妹達は、兄弟が俺を含めて7人、姉妹が5人だ。


 皇帝の子が計12名というのは多いのか少ないのか。




 ◇◇◇




 この世界は地球ではない。


 勿論、全く類似しない世界というわけではなく、物理法則は普通に地球と同じように適応されるし、大陸に住む大半が人間だ。


 地球との一番の違いを上げるとするならば、この世界には魔術と呼ばれる不思議な力が存在することだ。


 魔術は様々な現象を引き起こす。


 何もない場所から炎を噴き上げる、水を大量に生み出す、突風を吹かせる、大地を隆起させる。


 魔術は生活を便利にする役にも立つが、何よりも戦いに使えば絶大な効果を発揮する。


 たった1人の魔術を使う者――魔術師が居るだけで戦況をひっくり返したり、大破壊を巻き起こしたりする。


 但し、魔術が存在する影響なのかは不明だが、代わりと言ったように地球には存在しなかった凶暴な生物――魔物が大陸を跋扈している。


 帝國は確かに大陸の6分の1を支配している広大な国だが、大陸の3分の1は魔物が支配する領域となっている。


 帝國が大陸を統一する為には当たり前のように跋扈している魔物を駆逐する必要があり、その魔物を討伐する役割を主に担っているのは冒険者と呼ばれる者達だった。


 冒険者はクラスで別れており、上はAクラスから下はFクラスまで存在する。


 中には超Aクラス――通称Sクラスなんて奴らもいるそうだが、そんなのは例外中の例外で大陸全土で数えても片手で数えられる人数しかいない。


 まぁ、纏めると地球との違いは、この世界には魔術という便利で強力な力があって、その反面、大陸には魔物が大量に跋扈しているということだ。




 ◇◇◇




 日本人の性として、魔術なんて便利な力があるのなら使ってみたいと思うのは当然の成り行きで……。


「残念ながらエミリオ殿下には魔術の適性がありません」


「……マジで?」


 思わず皇族としての言葉遣いを忘れてマジレスしてしまうくらいショックな宣言をされた。


 うん。魔術というのは基本的に誰にでも使うことが出来るし、庶民だって生活の中で魔術を活用しているものだが、中には例外というのもあって魔術への適性を持たない者もいる。


 まさか自分がそれだとは夢にも思っていなかったが。


「適性がないって、どういうこと?」


 俺は魔術の教師――帝國では宮廷魔術師と言われている初老の男に問いかける。


「魔術を使う為には魔力と呼ばれる燃料が必要になるのですが、殿下の魔力は非常に微小なのです。恐らく、生まれつき魔力を生み出す機能に欠陥があったのでしょう」


「…………」


 この宮廷魔術師は俺を殿下と呼んで敬っている風だが、その視線の中には俺を見下している感情が透けて見えていた。


 7人の皇子の中で俺だけが他にない特徴を持って生まれてきた。


 黒髪で、右の瞳が赤で、左の瞳が緑ということ。


 皇帝は勿論だが、その妃――俺の母親も含めて全員が皇族と貴族の証である金髪碧眼だ。


 その中で黒髪の俺が生まれてきたことは不気味だと思われていたし、おまけに左右の瞳の色が違う虹彩異色症オッドアイは更に不気味がられた。


 俺を産んだ母親でさえも。


 俺が毒殺されそうになったのに詳細な調査が行われなかったのも、これが原因と言っても良い。


(こいつらから魔術を習うのは無理っぽいな)


 俺に本当に適性がないのかも怪しいが、こんな奴らに頭を下げたくもないし、こいつらに習っても碌なことにならない。


「……そう」


 仕方ないので自力で頑張ることにした。




 ◇◇◇




 いくら俺が不気味だと思われていると言っても俺が皇族であることに変わりないし、城の中を自由に歩き回れる利点がある。


 味方はいないので誰かに教授されるというのは不可能だが、城にある書物を読み漁っても文句は言われない。


 そういう訳で魔力について書かれている書物を読んでみたのだが……。


(……難解)


 正直、よく分からなかった。


 魔術を使う為には魔力が必須で、魔力を感じ取る為には魔術師に身体に魔力を流し込んでもらうのが一番と書かれているのだが、その魔力を流してくれる魔術師に心当たりがないのでどうしようもない。


 この世界の人間には生まれつき魔力を生み出す根源という物を持って生まれるらしいが、その根源が何処にあるのかは書かれていなかった。


(精神統一でもして探ってみるか)


 不運慣れしている俺に直ぐに諦めるという選択肢はないので、出来ることから始めてみることにした。






 座禅を組んで精神統一。


 深く、深く自分の意識を自分の奥底に沈めるイメージ。


 自室で行っている精神統一だが、皇子という立場上1人になる機会は少ないので、部屋に控えているメイドの訝し気な視線が邪魔だった。


 廃棄皇子がまた変なことを始めたとでも思っているのだろう。


 うん。俺ってば陰で廃棄皇子とか言われてるんです。


 でも、こんなことくらいではへこたれない。


 地球でだったら俺自身が魔力の根源を探そうとしても自分を信じられなかっただろうけど、この世界には魔術があって魔力の根源があると信じられる。


 徐々に周囲の雑音を排除していって、深く集中して意識を沈めていく。


 勿論、簡単ではなかったし、直ぐに集中出来るようなことでもなかったけれど……。


(あ。行けそう)


 数時間、微動だにせず挑戦した結果……。






 気付いたら俺は四畳半くらいの狭い部屋の中にいた。


(……何処?)


 部屋の中は殺風景で、唯一部屋の中心に手押しポンプが設置されているのが特徴と言えば特徴だった。


(ひょっとして……これが深層意識って奴か?)


 意識を深く沈めた結果、俺は自分の深層意識にアクセスすることに成功したようだ。


(ここが深層意識なら、この部屋はなんだ? それにこのポンプは?)


 分からないことだらけで困惑する俺は、とりあえず手押しポンプのハンドルを動かそうとして……。


(壊れてるな)


 そのポンプが酷く損傷していることに気付いた。


 前世での仕事は、こういう家庭用品の設置や修理を行っていた俺から言わせてもらえば、この手押しポンプはスクラップ行きだ。


(とは言っても、このポンプがどんな役割なのか分からないし、替えもなさそうだし……直すしかないか)


 その為には修理部品と修理工具が必要なのだが……。


(ここは深層意識の中。ということはイメージ次第で手に入る筈)


 まだ状況は理解出来ていないが、まずはこのポンプを修理することから始めることにした。




 ◇◇◇




 手押しポンプを修理するのに2ヶ月も掛かった。


 勿論、深層意識の中の時間ではなく現実の時間だ。


 部品や工具をイメージするだけでは適切な修理は出来なかったので、明確にイメージするのに時間が掛かってしまった。


 毎日毎日瞑想しては不気味がられて、それにもめげずに頑張って手押しポンプを修理した結果……。


(なんだ、こりゃ?)


 ポンプのハンドルを上下させて出てきたのは少量の黒い粘度の高い水だった。


(汚水って訳でもなさそうだし、油にしてはベタベタしないな)


 暫く黒い水を弄り回して……。


(あ)


 唐突に思いついた。


(ひょっとして、これが魔力か?)


 確信はないが、なんとなく間違っていない気がした。


(俺に魔術の適性がなかったのは、この手押しポンプが壊れていたからか?)


 あの宮廷魔術師の言葉が正しかったと認めるのは癪だが……。


(いや。待てよ?)


 壊れていたから魔術への適性がなかったと考えるよりも、どうして壊れていたのかを考えるべきだ。


(……毒殺されかかったから?)


 あの俺が飲まされた毒には魔力の根源から魔力を汲み上げる機構を破壊する効果があったのではないか?


 あの毒で俺が死ねば良し。死ななくても魔力を汲み上げる機構が破壊されるので皇族としては無力で帝位争いでは脱落って寸法か。


 大陸統一の為に強い皇帝を求める以上、魔術が使えないような皇子は不要だ。


(用意周到だな)


 呆れれば良いのか、感心すれば良いのか。


(ともあれ、これが魔力というなら……どうすれば良いんだ?)


 イメージで作り出したバケツに貯めてみるが、これをどうすれば魔術になるのだろう?


(とりあえず……丸めてみるか?)


 液体ではあるが、かなり粘度の高い水なので球状に出来ないわけではない。


 そういう訳で俺はバケツから汲み上げた水をコネコネと丸めてみたのだが……。


(お?)


 意外と素直に球状になるし、力を入れて固めれば思ったより簡単に圧縮されていく。


(泥団子みてぇ)


 折角なので目一杯圧縮して丸く固めた上、綺麗に磨いてみる。


 結論から言えばバケツ3杯分を丸々使って直径3センチの綺麗な球体が出来上がった。


(ふむ。これを一杯作れば良いのかな?)


 これが魔術に繋がっているかは不明だが、一歩前進したことに気を良くした俺は魔力玉を沢山作ることにした。




 ◇◇◇




(……効率が悪い)


 当たり前だが手押しポンプで態々魔力を汲み上げて、その上で手で固めて圧縮して磨き上げる作業はひたすらに非効率的だった。


(せめて電動ポンプが欲しい)


 自動で汲み上げることが出来れば効率が段違いに良くなるだろう。


(でも、この世界に電気なんてないし……ないのか?)


 ふと考える。


 考えてみれば、ここは俺の深層意識の中。


 この世界に電気――コンセントはないだろうけど、この深層意識の中なら俺のイメージ次第で作り出すことは不可能ではない筈。


(やってみるか)


 魔力玉を作る作業を一時中断して俺は手押しポンプを電動ポンプに改造する作業を始めることにした。




 ◇◇◇




 半年近く掛かりました。


 うん。俺ってば7歳になりました。


 でも電動ポンプが完成して自動で魔力を汲み上げられるようになった。


 これで効率アップ――は良いのだが……。


(ここまでやったら、後は魔力を自動で圧縮して磨き上げる機構も作りたいな)


 効率を求めると限がないのは分かっているけど、それでも効率を求めてしまうのが人間の性だ。


(よし。やるか)


 こうなったら、とことんまで効率を求めてやろうじゃないか。




 ◇◇◇




 8歳になったリオ君です。


 うん。ひたすら効率を求めた結果、1年掛かってしまったよ。


 でも、お陰で電動ポンプが汲み上げた魔力はベルトコンベアのように運ばれて圧縮機構に取り込まれ、圧縮されて磨かれ、その後イメージの箱に詰め込まれて、箱が一杯になったら部屋の隅に積み上げられていくという自動機構が完成した。


(感無量だ)


 2年近い時間を掛けた集大成に俺が満足していると……。


(あれ? これでどうやって魔術を使えば良いんだ?)


 肝心な魔術に繋がっていないことに今更ながら気付く。


 うん。魔力はドンドン溜まっていくけど、その魔力の使い方がサッパリ分からない。


(……調べるか)


 再び書庫に篭って調べることにした。




 ◇◇◇




 魔術というのは詠唱魔術と刻印魔術の2つに分けられる。


 詠唱によって魔力を様々な現象に変換して行使するものを詠唱魔術。


 特殊な刻印を刻み込み、その刻印に魔力を流すことによって効果を発揮するものを刻印魔術という。


 詠唱魔術は即効性があり効果が大きいのが特徴。


 刻印魔術は事前準備が必要だが魔力さえ流せば永続的に効果を発揮するのが特徴。


 魔術師ならば両方が使えることが望ましいが、一般的に魔術と言えば前者――詠唱魔術を指す。


 魔術には【初等魔術】【下級魔術】【中級魔術】【上級魔術】【高等魔術】の5つの段階があり、更に【火魔術】【水魔術】【風魔術】【土魔術】【光魔術】【闇魔術】【空魔術】【時魔術】等々数多の種類が存在する。


「初等魔術の基礎中の基礎……【点火ティンダー】。指先に魔力を集めて詠唱して点火ティンダーと唱えるだけで発動する」


 一般的に種火として重宝される魔術で、一般人でもこれを使えない奴は珍しいというレベルの初等魔術。


 俺も早速指先に魔力を集めて……。


(魔力って、どうやって指先に集めるんだ?)


 深層意識の部屋に魔力玉は大量に溜め込んでいる最中だが、その魔力を指先に集める方法が分からない。


 考えてみれば俺は深層意識の中で散々魔力に触れてきたが、現実で魔力を操作する術を知らないのだということに今更ながらに気付いた。


「むぅ」


 あーでもない、こーでもないと試行錯誤してみるが、魔力を指先に集める方法がサッパリ分からない。


 深層意識の部屋から魔力を取り出す方法も分からない。


「●▲■……点火ティンダー


 とりあえず唱えるだけ唱えてみたが当然のように何も起こらなかった。


「くすくすくす」


 そして唐突に背後から聞こえてくる笑い声。


 またメイドが俺を笑っているのかと視線を向けると――そこに居たのは今の俺と同い年くらいの赤毛の少女だった。


「あんた下手糞ねぇ。あたしが教えてあげよっか?」


 これが俺と少女――サイオンジ公爵家の令嬢、ユメハ=レイオ=サイオンジとの出会いだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る