幼馴染の美少女騎士を嫁にしたんだが、ヤンデレ予備軍で独占欲が強いのでハーレムは無理そうです。

@kmsr

第1章 漢字で書くと西園寺夢葉

プロローグ 『初めて出来た友達は神様でした』

 

 不運フィルター。


 子供の頃にそんなあだ名で呼ばれていた時期がある。


 周囲の不運は俺に集まって来て、幸運は俺をすり抜けていく。


 子供が正確にそんなことを理解していたとは思えないが、寧ろ大人よりも子供の方が本能的に本質を見抜く目は鋭いので、そのあだ名はある意味的を射ていたと思う。






(くそっ! ふざけんなよ、あの女ぁっ!)


 やけ酒を飲んで内心で盛大に愚痴を零しながら俺は自宅のアパートへの帰り道をフラフラと歩いていた。


 やけ酒の理由は会社の同僚である女性に対して、今日こそ告白しようと決意を固めていた結果――その女に恋人だと俺の後輩を紹介されたからだ。


(お前、昨日まで俺に滅茶苦茶気がありますって態度だったじゃねぇかよ!)


 これが俺の勘違いだというなら兎も角、周囲の誰が見ても俺にベタ惚れで時間の問題という態度だったのだ。


 実際、会社の同僚は皆、急に態度を変えた女に対して唖然としていた。


(まぁ……いつものことだけどさ)


 だが俺はやけ酒で鬱憤を晴らしはしたものの、なんとなく最初からこうなると思っていたのだ。


 恋愛に興味を覚えた中学時代から数えて、俺に気があるそぶりの女というのは彼女が初めてじゃなかった。


 中学時代は流石に気恥ずかしくて自分から告白しようなんてことは出来なかったけれど、それでもある日突然、俺じゃない男を彼氏だと紹介された時はショックだった。


 俺が先に告白していればと後悔したものだ。


 だからこそ次があったら迷わず告白しようと決意したのだけど――その後も何故か告白しようとしては妙な偶然ですれ違ったり、告白しようと強行しようとすれば彼氏を紹介されたりした。


 中学、高校、大学、そして社会人になってからもそれは変わらなかった。


 恋愛だけじゃない。


 俺は異様に間が悪く、後輩がミスしたことが何故か俺の責任にされて上司に散々叱責され、挙句に同僚には同情されたが最終的には上司が自分の勘違いを隠す為に俺のミスということにされる。


 善意で落とし物を届けたら盗難の疑いを掛けられて散々糾弾された挙句、警察までやって来て最終的に賠償金を支払わされたり。


 そういう致命的ではないけれど決して小さくない出来事が日常的に積み上げられていった。


 子供の頃からそうだったし、親も当然俺を信じてくれなかったので――正直、何かに期待するという感情が俺の中で摩耗していた。


 今回の女の件だって、なんとなくこうなるだろうなぁ~と思っていたのだ。


 それでも告白しようとしたのはベタベタしてくる癖に、どうせ俺のものにならない女がいい加減に鬱陶しかったからで、やけ酒を飲んだのは少しだけ期待していた自分を誤魔化す為だった。


(俺、なんで生きてるんだろうなぁ)


 こんな俺だから、子供の頃から自殺を考えたことは1度や2度じゃない。


 けれど自分を殺す覚悟というのは思いの外重くて、それを決意した時には何故か――そう、これも何故か間が悪くて邪魔が入るのだ。


 重い決断をする為には時間が必要で、それが固まる頃にはまた邪魔が入り――それを繰り返す内に自殺も諦めた。






 そうして鬱屈した気分でアパートへの暗い道を歩いていたら、1人の少女とすれ違った。


 経験則から近付きすぎると冤罪を吹っ掛けられると思ったので可能な限り距離を空けてすれ違ったのだが、すれ違った瞬間に少女から暗くて重い何か――黒い霧のようなものが噴き出しているのに気付いた。


 おまけにそれが何故か――そう何故か俺の方に引き寄せられて来て……。


「うぐっ……!」


 急速に黒い霧が俺に纏わりついてきて息が出来なくなった。


 まるでいきなり水の中に引きずり込まれたような感覚で、俺の口から空気が漏れるが吸うことは出来ないという悪循環に陥っていた。


 もがいても黒い霧は離れていかず、それどころか……。


(冗談……だろ?)


 周囲から黒い霧がドンドン集まって来て、俺に纏わりつく黒い霧はドンドン暗さと重さを増していた。


 霞む目を凝らせば物凄く遠くからも黒い霧が押し寄せており、俺はそれから窒息するまでの間延々と息の出来ない苦しみを味わうことになった。




 ◇◇◇




《やぁ、いらっしゃい》


 そして気付いたら俺は真っ白な空間で小柄でフランクな少年に声を掛けられていた。


 金髪碧眼で将来は確実にイケメンになって将来が約束されているような少年だが、どう見ても日本人じゃないのに日本語で話し掛けて来た。


《分かっているとは思うけど君は死んだよ。死因は世界中の不運を引き寄せたことによって圧倒的な質量に押しつぶされた窒息死だね》


「不運というのは、あの黒い霧のことか?」


《そうそう。正確には人間の感情から生み出される負のエネルギーだけど、不運を招き寄せる要素であることには違いないから不運と呼んでも構わないだろう》


「どうしてそんなことを知っているんだ?」


《それは勿論、僕が神様的な存在だからさ》


「……そうか」


 普段の俺なら信じなかっただろうけれど、自分が死んだと確信出来る出来事の後だったからなのかすんなり信じることが出来た。


《それにしても地球の神も酷なことをするよね。君1人に不運を集めて、他の人間の幸福絶対値を上げようなんて杜撰な計画上手くいくわけないのに》


「な……に?」


 こいつ、今なんと言った?


《うん。君が子供の頃から不運だったのは君の勘違いではなく純然たる事実だって話だよ。君は生まれた瞬間から地球の神に運命的な物を弄られて他人の不運を引き寄せる体質にされていたんだ》


「…………」


《君が多くの女性と縁があったのもこれが原因で、不運を持った女性が君と接触することで不運を君に預けることが出来る。その際、女性の方は圧倒的な多幸感を感じて無意識に君に大きな好意を抱くようになる。それは言ってみれば一目惚れを100倍強烈にしたようなもので彼女達は間違いなく君に絶大な恋心を抱いていたのさ。君が女性にモテモテだったのは君の勘違いではなかったということさ》


「……モテた記憶なんて1度もないが?」


《そこが君の体質のいやらしいところでね。女性は君に対して絶大と言える恋心を抱いているが、君の不運が女性と相思相愛になることを許してくれない。君が好意を向けて来る女性に対して告白を決意すると、洗脳に近い現象が女性の方を強制的に操作して破局させてくる》


「…………」


 俺は一体誰にこの憤りをぶつければ良いのだろう。


《君の憤りは理解出来る。誰だってふざけるなと思うだろう。だから気休め程度だけど溜飲を下げるお手伝いをさせてもらうよ》


「何をするつもりだ?」


《まぁ、これを見てくれよ》


 そう言って少年が示したのは50インチくらいある半透明なウィンドウだった。


 そして、その中に映っていた映像は……。


「……誰だ?」


 1人の見知らぬ少女が夜道で絶叫して、そのまま両手の爪で自分の顔をガリガリ引っ掻いて傷付けている場面だった。


《君が最後にすれ違い、君に特大の不運を押し付けてきた少女だよ。君にも視認出来る程の不運だったから、彼女は君程ではないが相当な不幸な人生を歩んで来たんだろうね》


「あ」


 言われて思い出す。


 確かに最後にすれ違った少女で、場所も見覚えがあった。


「こいつ、何をしているんだ?」


 だが彼女の自傷行為の意味が分からない。


《言ったじゃないか。君に不運を預けた女性は圧倒的な多幸感を得るって。彼女ほどの不運を君に預けたなら、その多幸感も想像を絶するものだったろうね。その感情は恋心を一気に突き抜けて愛情の域に達していた筈さ》


「……それが何でこうなっている?」


 少女は爪での自傷行為では飽き足らず、コンクリートの壁に一切の加減なく頭を打ち付け始めていた。


《そりゃ愛する君が目の前でもがき苦しんで死ぬのを黙って見ていることしか出来なかったからさ。彼女の心は圧倒的な多幸感から一気に突き落とされて絶望と罪悪感で埋め尽くされているだろうからね》


「どうして俺が原因だと分かる?」


《寧ろ、どうして分からないと思うんだい? 今までの女性達だって本能的に理解して君に好意を示していたじゃないか》


「…………」


 そうして俺の見ているウィンドウの中で遂に少女は頭から大量の血を流して倒れた。


「こんなのを見せられても俺の溜飲はちっとも下がらないんだが?」


《まぁ、出会っただけ……というか君にとっては出会ってもいない少女の自傷行為だからね。本番はこれからさ》


「?」


 そうしてウィンドウの場面が切り替わり……。


「なっ……!」


 1人の包丁を持った女が憤怒の表情で男の身体をめった刺しにしている場面が映し出された。


「こいつら……なんで?」


 しかも、その男女は両方とも俺の知る顔だった。


《片方は君が今日告白しようとした同僚の女性で、片方が彼女の恋人になった君の後輩だね》


 そう。昨日まで俺にベタベタくっついて好意をアピールしていた癖に、今日になって唐突に俺の後輩を恋人として紹介してきた女だった。


《そりゃ君が死んだことによって洗脳に近い現象から解き放たれたからさ。好きでもない男と恋人になっていて、おまけに君を失った喪失感から狂気に走って好きでもない恋人に憎悪が向いてしまったんだね》


「…………」


 それから散々スプラッタな映像を見せた女から表情が抜け落ちて包丁を床に落とすと、血まみれのままフラフラと部屋を出ていった。


 そして住んでいたマンションの屋上に出ると――躊躇なく飛び降りて地面に血の花を咲かせた。


「…………」


《君に対する好意が強ければ強い程、洗脳が解けた際の絶望と罪悪感は大きくなる。彼女達のような自殺と自傷行為は色々な場所で起きている筈さ。これなんて凄いよ》


 そうして再びウィンドウに映し出されたのは、見知らぬ女がガソリンをぶちまけて、いたるところに火を点けて回っている場面だった。


《君は覚えていないだろうけど、中学生の時に君が初恋として好意を抱いていた女の子だよ》


「そんなの何年前だと思っているんだ」


 中学時代なら10年以上も前の話だし、そもそも俺の中で彼女のことは既に整理がついている。


《関係ないさ。君にとっては昔のことでも彼女にとっては洗脳されて無理矢理捻じ曲げられた好意だ。寧ろ洗脳されていたからこそ君への好意は全く薄れず色褪せていないから、より絶望と罪悪感が彼女を狂気に走らせているんだろうね》


「溜飲が下がるどころか、寧ろドン引きなんだが」


 それから何人もの女達の狂った姿を見せつけられたが溜飲が下がるどころか痛ましくて見ていられなかった。


《んぅ~。洗脳されていたとはいえ君を捨てて他の男に走った女の末路だから、少しは『ざまぁ~』とか思うかと思ったんだけど、ちょっと過激すぎたね》


 俺を裏切ったとはいえ、一度は告白しようと決意した女達の末路を見て喜べる程、俺は堕ちてはいなかったようだ。


《ああ、君は勘違いしているみたいだけど、自殺や自傷行為を行っているのは女性だけじゃないよ。君の不運を引き寄せる力は老若男女問わず有効だから君に少しでも関わった者は例外なくアクションを起こしている筈さ》


「それって数百人規模ってことか?」


《まさかぁ。最低でも数万人規模だよ》


「…………は?」


 いくらなんでも俺が数万人もの人間と関わってきたなんて事実は存在しない筈だ。


《昨日までならね。でも最後の最後に世界中から不運が君に引き寄せられていたじゃないか。あれのお陰で世界中がパニックになっているよ》


「うわぁ~」


 遠くからドンドン黒い霧が引き寄せられていると思っていたが、想像以上の規模だったらしい。


《お陰で世界中の不運が払しょくされて幸福絶対値は上がったかもしれないけど、このパニックで数日程度の幸運では寧ろマイナスだよ。地球の神こそざまぁだね》


「数日?」


《いやいや。君がいくら他人の不運を引き受けても根本的には人間が生み出す負のエネルギーなんだから、幸福期間は長くても数日しか持たないよ》


「そんなことの為に俺は……」


《うん。全く割に合わないことをするもんだよねぇ》


 色々な意味でガックリした。






《さて。そろそろ自己紹介させてもらうけど、僕は巷では転生神なんて呼ばれたりもしている神だよ》


「転生?」


《うん。まぁ普通は人間に個別に会って導いたりしないんだけど、君の場合はある意味で特別だからね》


「不運を集める体質だから?」


《いや。その体質はもう終わっているよ》


「…………え?」


《君が地球という惑星中から集めまくったせいで君に集められる上限値を超えてしまったんだ。その負のエネルギーは君の中で蓄積されて別の何かになろうとしている》


「何かって?」


《それは僕にも分からないよ。僕に分かるのは君の不運を呼び寄せる体質は最初に設定された上限を超えたせいで既に崩壊していて、君の中に蓄積された負のエネルギーが時間を掛けて形を整えようとしていることくらいだ》


 なんだか思ったより面倒なことになっているようだ。


「その負のエネルギーは俺の中から取り出せないのか?」


《不運を呼び寄せる機能を作り出した地球の神なら出来るかもしれないけど、僕はそれを許すつもりはないんだ》


「なんで?」


《それは紛れもなく君の財産だからさ。負のエネルギーと聞いて忌避感があるのは分かるけど、それを地球の神が無法で取り上げることを僕は許さない。それは君が持ち、君が活用すべきものだと思うからね》


「……意外とまともなんだな」


《それはどうも》


 地球の神の理不尽さには憤りを覚えるが、転生神は思ったよりも公平な神のようだ。


《公平でなければ転生神なんてやっていられないよ。贔屓も差別もなく淡々と仕事を処理しなければいけないんだからね》


「俺は良いのか?」


《地球の神があれだけ理不尽をやらかしたんだ。君を少しばかり優遇しても神というカテゴリーの中ではまだまだ公平には及ばないよ》


「…………」


 なんとなく。なんとなくだけど、こいつは公平であることに疲れていて、人恋しさで俺を優遇しているんじゃないかと思った。


《あはは、それも否定しないけどね。公平っていうのは意外と疲れるものなのさ》


 どうやら心が読まれているらしいが、それが気にならないくらいには俺はこの転生神に気を許してしまっているらしい。


《まぁ、君を優遇出来るのは流石に今だけだよ》


「それは残念」


 俺も人生の人間関係に疲れていたし、気を許せる相手が今だけというのは本当に残念だった。


《さて、名残惜しいがそろそろ本業を開始しないとね。これから君を転生させるわけだけど、地球の神の管轄内だと君の負のエネルギーを取り上げられる可能性があるから、少なくとも地球への転生は諦めてくれ》


「地球以外にも世界はあるのか?」


《腐る程あるよ。本当に腐っている世界も多いけど、敢えて表現するなら並列世界、未来世界、過去世界、異次元世界、超時空世界とか本当に色々ある。数えるのも馬鹿らしいくらいにね》


「お、おう」


《転生する世界は地球の神の管轄を除いて世界も生まれ変わる存在もランダムに決定されるけど、君の魂の強度なら間違いなく人間かそれに類する者に生まれ変わるだろう》


「魂の強度?」


《魂の強度が強いと知的生命体に、弱いと小動物や植物、最悪の場合虫や微生物なんかに生まれ変わることもあるよ》


「……聞きたくなかった」


《まぁ、魂の強度が弱るなんて何百回も転生して累計で数十万年を超過しないと起こらないから大丈夫だよ》


「想像していたよりも壮大だった」


《神の視点だからねぇ》


 文字通り人間には想像も出来ない世界らしい。


《それじゃ、そろそろ君の転生作業を開始するよ。次の君の人生に幸あらんことを》


「……感謝する」


 自分で思っていた以上に素直に礼の言葉が出て驚き、こんなに素直になれたのは何年ぶりだろうと思いながら――俺の意識は薄れていった。



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