第一〇八話 完成! 安土城天主閣
■天文十七年(一五四八年)九月下旬 尾張国 那古野城
早朝に隣で寝ていた信長ちゃんが外出して行ったのは気づいていたけれど、寒かったのでそのまま布団にくるまって
「そろそろ起きるか……」
そう考えていたところに例の物音である。
がたっがたっ……だーんっ! ばたんっ!
いったい何が起きたんだろう? もちろん、物音の主は愛しの信長ちゃんなのは当然だが、きっと、何か彼女の心を大きく動かす事態が起きたに違いない。
その『何か』が問題なんだよ。
信長ちゃんが駆け込んできたので、えいやと身体を起こす。
「さこーん! 安土に天主ができたそうなのじゃ!」
なるほど。安土城の天主閣だったか。
彼女の表情を
「姫、早速出発の用意をするので、しばしお待ちを」
「うむ。さすが我が婿さこんなのじゃ。ワシは既に出立の支度はできておる」
那古野から安土へは、既に道路の整備がされていて移動し易くなっているけれど、およそ二三里(九〇キロ)ほどの距離で、馬でも通常は半日以上かかってしまう。
史実の信長にしてもそうだが、信長ちゃんにもきっと『関が原をダッシュで駆け抜ける遺伝子』があるに違いない。
おれとしても当然安土城の天主も楽しみだし、最後に会って半年ほど経った奇妙くんが、どのくらい成長しているかなどなど。安土には様々な楽しみがあるので、長距離移動もまったく苦にはならない。
■天文十七年(一五四八年)九月下旬 近江国 安土城
結局今回の信長ちゃんの安土ダッシュに付き従うのは、いつもの巻き込まれる人たち。馬廻りの
いやはや、頑張って那古野から馬を走らせてきた甲斐があったぞ。
安土城天主は、現代日本に残っていった十二の天守閣とは全く違うイメージだ。天守閣の形式でいえば『
名古屋城天守閣の塀を黒く塗ったようにもみえる。ただし、五重の最上部の望楼は金が夕陽にキラキラしているし、上から二番目は朱塗りの柱が目立つ八角堂のような建築だ。
うん。安土城といえばこのデザインだ。おれの拙い表現をヒントに、松永久秀と長秀がいい仕事をしてくれたぞ。
去年の近江・伊勢平定戦後の祝勝会のときは、天主はまだ建っていなかったから、きっと将兵の見る人全ての度肝を抜くのが確実だ。荘厳な天主をぽけーっと思わず見とれていたら声が掛かった。
「さこん、
ニマニマしている信長ちゃんだ。彼女のセンスも、この安土城天主は合格点をつける。合格どころか大満足で、誰彼かまわず自慢したそうな顔をしているほどだ。
「
史実の安土城を燃やしてしまったヤツは、まったく罪なことをしたものだ。おれは犯人は問題児の織田
「で、あるか!」
今回の畿内制圧のための出兵に、諸国から軍勢を集めるのも、この安土城の天主を多くの将兵に見せたかったんだろう。この城を見れば、反乱する気も失せるに違いない。
「上様、左近殿、お待ちしておりました」
安土城普請の殊勲者、丹羽長秀が声を掛けてきた。
「
「五郎左、さすがだ。すばらしいぜ」
「まだ内装は仕上げておりませんし、建っていない屋敷も相当ありますが……」
そう謙遜するものの、褒められた長秀もニコニコと満足そうな笑顔だ。
この建築を後世に残すのは、絶対に義務だと思う。
史実の安土城天主の内装について、時代を代表する絵師の
だけどもし障壁画を描かせるとしたら、障壁画自体の流行もこの安土城から始まるのだろう。
「天主で、大殿や奇妙様がお待ちですよ」
やはり史実と同じく、安土城では天主を居住できるようにしてあるのか。おそらく信長ちゃんの要望だろうな
城の天守閣は通常は居住する場所ではなく、まさに『最後の砦』の意味があったり武器を格納する物置に使用されていた。
史実の秀吉が大坂城の天守閣を安土城にならって居住施設にしたように、天主を居住できるようにするのが流行となるかもな。
長秀の先導でワクワクしながら天主の最上階まで登ってみると、眺めは最高に素晴らしい。
安土山自体の標高が一〇〇メートル以上だし、天主自体の高さも三〇メートルはある。加えて天主の建つ本丸までも相当の高さがあるし、天守台の高さもある。つまりは、高さが二〇〇メートル近いちょっとした展望台だ。
そのうちに、史実の信長が実施したとされる町民などからお金をもらっての『特別入城許可』や、『提灯のライトアップ』などのイベントも、なんとなく信長ちゃんはもっと趣向を凝らした形で開催するような気がするぞ。
そもそも今回の畿内制圧戦も軍事パレードのようなものだし。
当の信長ちゃんは最上階の望楼で「奇妙も母とともに
はしゃぐヨメちゃんの横で見渡す限りの琵琶湖の景色を眺めながら、日ノ本の統一がだいぶ近づいてきた、と実感した。
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