第一〇六話 新通貨『天正通宝』の発行
■天文十七年(一五四八年)九月中旬 尾張国 那古野城
さて目論見通りに武田信玄を破って、甲斐(山梨県)を無事に攻略した我が織田家だが、武田家の甲斐支配を否定した理由には東国統治の障害の排除だでなく、黒川金山(山梨県甲州市)や湯之奥金山(山梨県身延町)などの甲斐領内の金山の直轄化にも目的があった。史実の武田信玄の治世で戦費を賄っていた甲斐の金山も、勝頼の時代には枯渇していたとも言われている。
この世界での甲斐の金山はまだ枯渇する様子はなく、これからもある程度の金の産出の見込みが立っている。武田家が膨大な金のかかる合戦に金山資源を利用して、甲斐の金山を枯渇させてしまう前に、織田家で直轄化しようとしたわけだ。
織田家では貨幣経済を広く浸透させようとこれまで領地経営を行っていたけれど、肝心の通貨そのものは旧来の輸入銭の
この天正通宝は、浅井家時代の小谷城に代わって北近江の政庁として機能し始めた今浜改め長浜城下に、秀吉が近江坂本や尾張守山から
史実の秀吉は長浜城主となったが、この世界の商人秀吉も、長浜の活性化に活躍するという微妙な史実とのリンクが笑える。
天正通宝の命名は『天下を正すための銭なのじゃ』との信長ちゃんの言葉による。
この『天正』というフレーズを信長ちゃんは
実際に改元された場合は、天正通宝の方が元号より先に流通する事態になるけれど、それは気にならないらしい。
信長ちゃんは「銭で天下を正すのじゃ」と宣言し、天正通宝を縦に三つ並べた黄色の旗印を大量に各城に配備させた。今後の軍事行動の際に目立つように使用するためだ。
銅銭の天正通宝と同時に、天正金貨と命名した金貨と天正銀貨と命名した銀貨も同時に流通させた。天正金貨も天正銀貨も天正通宝と同じく、近江長浜の造幣所で鋳造されたものだ。
現状では、銅銭はどのような金属価値があったとしても一枚一文(約一〇〇円)という名目貨幣。金と銀は重さによって価値が決まる秤量貨幣として流通している。その後の江戸時代には金一両=銀五十~六十
こうした江戸期の通貨の変動相場は経済発展や流通の妨げにもなっていた。
そのため、いずれ開発されるはずの紙幣の導入のためにも、金貨と銀貨についても天正金貨一枚=天正銀貨十枚=天正通宝(銅貨)一〇〇〇枚=一〇〇〇文=一貫文(一〇万円)の固定レートの名目貨幣としている。実際の天正金貨と天正銀貨の原料の金や銀の価値は、通貨の額面より低いものになるが、織田家の経済力と信用力を背景として流通させようとする貨幣改革だ。
天正金貨と天正銀貨は、高額の商決済や将兵の給料など高額な支払い用に流通させることになる。
現在流通している永楽通宝や宋銭、
織田銀行では、
こうして、まずは那古野から流通させ始めた新通貨の天正通宝は、織田領=公儀領(公領)以外でも流通が増えることが予想されている。そもそも、この時代で不足気味だった貨幣を正常量流通させて、デフレを改善して経済を発展させるためにも、銅の大量取得が急務となっている。
大量に不足している銅を取得するためには、近場では飛騨国の神岡銅山(岐阜県飛騨市)など銅山の直轄化が有効だがそれだけでは足りない。海外から銅や銅銭を大量輸入しなければ需要に追いつかない。海外から大量に銅を輸入するためには、決済用の金や銀が大量に必要になる。新通貨の材料の銅を海外から輸入するため、大量の金を確保する裏の意味があった武田攻めだったわけだ。
神岡銅山をはじめとして鉱山資源が期待できる飛騨国については、飛騨南部の
飛騨統一後は三木直頼を国知事に任命し、飛騨国の鉱山の直轄化を行なう予定だ。
この三木氏の飛騨の属国化の条件として、現代で世界遺産として有名な
こうした内ヶ島氏に対する優遇策は、白川郷や五箇山で生産される火薬の原料になる硝石とその生産技術の取得の意味合いがある。
史実で内ヶ島氏は、大地震による山崩れで城が埋まってしまい、一族が滅亡する運命を辿る。松倉に内ケ島氏の屋敷を与える予定なのは、この世界で大地震が起きたときの硝石生産技術の散逸を防ぐ意味もある。
飛騨の鉱山の直轄化には目途が立ったけれど、日ノ本統一後を考えると早めに『あの銀山』を確保したいところ。後に世界経済にすら影響を与えたほどの生産量を誇る銀山だけに、膨大な量の銀の海外流出を防ぐためにも早めに手を打たなければ。
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