第八一話 新年の挨拶
■天文十七年(一五四八年)一月上旬 尾張国 那古野城
新しい年を迎え武家の頭領の信長ちゃんあてには、家臣や諸大名からの新年祝いの使者が続々と来訪した。例年よりやはり那古野を訪れる使者は多く、遠く東北や九州からも続々とやってくる。
なかでも信長ちゃんが気に入ったのは、
最上義守は
鮭は東北地方らしい贈答品だけど、素晴らしくうまい手法だと思った。鮭は尾張では非常に珍しいシロモノ。絶対に未来のヨメちゃんの好奇心がマックスになるだろう。
「ほー!? 鮭とは勇ましい面構えの魚であるな。ほー!?」
思った通りだ。愛しの信長ちゃんは大きな目をキラキラさせながら、新巻鮭とにらめっこを始めている。
最上家の統治について判断材料が少ないので名分を与えなかったが、信長ちゃんは代わりに『信』の字の
最上家としては、天下人の信長ちゃんから偏諱を得るほど織田家と親密だ、と周囲に
「嫡男元服の折にワシの『信』の一文字を与える」
嫡男とは史実の鮭様――最上
結局、信長ちゃんはお土産の新巻鮭をたいそう気に入って、織田領・最上領間の交易が盛んになっていく。また最上家からの今回の使者の手土産がきっかけとなって、新巻鮭が新年の大切な相手への贈答にふさわしい品として、全国に広まっていくのはまた後日のお話だ。
◇◇◇
「さこん、疲れたのでぽかぽかしようぞ」
忙しかった来客の訪問スケジュールを終えて、信長ちゃんと二人でぽかぽかとまったりタイムを過ごしていた時に、柴田勝家と嫁の
「左近、安土以来だなっ! ワッハッハ」
勝家は相変わらずの痛い挨拶で、バンバンと肩を叩いてくる。既に信長ちゃんには家臣としての新年挨拶は済ませているようだ。
「姉上、左近殿。お久しぶりでございますね」
妹の祥姫とは数度関係を持ってしまったので、実に気まずいものがある。特に信長ちゃんや、夫の勝家と一緒だからまさに針のムシロだ。身から出たサビとはいえ勘弁してほしいぞ。
「お祥殿、お久しゅうございますね」とでも、あっさりさらっと流すしかない。
「奇妙を安土の大殿の元へ送らねばならぬ。奇妙もしばらく父と母と会えぬだろうから連れてきたのだ」とは勝家の口上。
「おーっ! 権六、
こたつに並ぶ美少女姉妹の信長ちゃんと妹ちゃん。
「奇妙、大きくなったな。母上じゃ」
信長ちゃんは奇妙くんを膝に乗せてあやしている。
「奇妙は姉上が好きなようですね。うふふ……」
好みの美人姉妹が並んでる図はたまらないものがある。気まずい心境は別として絵になる光景だ。
「美人が並んでると格別だなっ! ワッハッハ」
勝家も同じ思いだったのだろう。実にご機嫌な野獣だ。
「ああ。つくづくよく似てると思う」
現代風美人の信長ちゃんにそっくりの妹ちゃんに惚れるところなど、勝家の女性の好みはもしかしたら現代的なのかもな。
「お。なかなかこやつは元気がよいな」
信長ちゃんが奇妙くんを床に下ろしたら、はいはいをし始めた。
「姉上、最近はかなり動き回るんですよ。うふふ」
「権六との子はいかがじゃ」
「そろそろかなとは思ってはいますが……授かり物ですからね」
美人姉妹が奇妙くんを追いかけていき、女子トークを繰り広げている。
だが、完璧に奇妙くんがおれの子供だとの共通認識があるようだ。
参ったな。気まずさマックスで振り切れそう。
祥姫の来訪によって、おれの口数が少なくなったからだろうか。
「左近、奇妙の父のことを気にするのなら意味がないぞ。
左近はワシの大事な友だ。それ以上でもそれ以下でもない」
奇妙の父親がおれだったとしても気に病むな、と勝家は言っているのだ。
「ああ、済まない。ありがたいぞ」
友の寛大な気遣いに感謝する。
「それに、ヌシは殿の婿であるから、奇妙の父でもあるし、ワシの
勝家はこういう
さすがだぜ。史実でお市の方が勝家に惚れたのも分かる。
「まだ、姫を
「おヌシ以外に殿を幸せにできる男はおらんぞ。だから左近はワシの
勝家はいつも以上に力強く肩をバンバン叩いてくる。
「権六、痛い、痛いって」
「
「分かった。気に病むのは止めた」
「それでいい」
勝家の言葉で、非常に気が楽になったのは確か。
現在の祥姫を見れば、勝家に相当に惚れ込んでいるのはよく分かる。
だけど『わたしも左近殿の温もりを感じたいの』と、愛情たっぷりに抱きついてきたのはなんだったんだろう。拉致されている間に、こうまで気持ちが変わるものか。女って怖いよな、と思う部分もある。もちろん口に出すわけにはいかない。
いずれにしろ奇妙くんや勝家はともかく、妹ちゃんがいると気まずくて間が持たなくて困ってしまう。
申し訳ないけれど早く帰ってくれ、と祈らざるを得なかった。
「さこんも、ほら。奇妙を可愛がるのじゃ」
かなりの気まずさを感じていたので、信長ちゃんが奇妙くんをつれて横に来たのはよかった。
奇妙くんは信長ちゃんと目元がよく似ていて、かなりの親近感が湧く。浮気の末の子どもということを差し引いても、冷静に見れば可愛くていろいろとさせてやりたくなってしまう。
「奇妙も
奇妙をあやしてニコニコ顔の未来のヨメちゃんの表情を見ると、家族はいいなと強く実感する。
すぐは無理かもしれないけれど、いつか信長ちゃんにもおれとの子供を産んでほしい。そんな日が来るのだろうか。
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