第七四話 多才!謀略家松永久秀
◆天文十六年(一五四七年)九月上旬 尾張国 那古野城
信長ちゃんが神輿としている室町幕府十三代将軍の義藤(義輝)が、不穏な行動をしているとの悪いニュースが、京の明智光秀から伝えられたので、対応策を練っているところ。
案の定というか歴史の必然なのだろうか。神輿にされた将軍は素直に担がれたままでいてくれないらしい。史実の信長を悩ませたのは弟の義昭で、今回の問題人物は兄の義藤と違いはあるけれど、織田家を振り回す兄弟には思わずため息が出てしまう。
史実の信長と同様に十年以上も苦境に立たされるのは勘弁願いたい。
信長ちゃんと意見の一致をみたのが『先手必勝』作戦だ。将軍と対立するのが必然ならば、反織田勢力が団結して力をつける前に、一網打尽で叩き潰す目論見だ。
何はともあれ、情報は多ければ多いほうがいい。臣従以降も那古野に滞在している松永久秀を、信長ちゃんは呼び出すことにした。
「弾正、那古野の町はいかがじゃった?」
「平和で賑やかな楽しい町ですな。わしも名物漁りで毎日楽しませて頂いております」
「うむ! ワシが生まれ育った町を、弾正に褒められるとは鼻が高いわ。斯様な町が日ノ本に多くできるようにしたいな」
「ふふふ。今日はお茶を飲むためにわしを呼び出したわけではないでしょうな」
「さすが弾正なのじゃ。天下の名物で心踊らせてもらったので、お返しをせねばと思っておる」
「ほう! わしにお返しを下さると!?」
久秀の目がキラリと光る。やはりなかなかの狸だぜ。
「
「それはそれは……心して受け取らなければなりませんな。しかし、左近殿はモノ・金・女になびかぬとは、姫様にとってまことに頼もしき男子ですな」
くっ。おれのこともどうせ充分に下調べ済みなんだろうが。
「弾正、ヌシは管領細川の
「と、おっしゃいますと?」
「物の見えぬ
将軍の代わりに武家の頭領となって、日ノ本を治めると信長ちゃんは大っぴらに宣言したわけだ。
「わははははは。目が覚めて心が踊りますな」
「で、あるか。九十九髪茄子のお返しを気に入って貰えたなら嬉しいのじゃ」
不敵に微笑む信長ちゃん。最高だよ。
初手に相手が驚くだろうニュースをぶつけて、自分のペースに持ち込んでいる。曲者の久秀に一歩も引けを取らない交渉術だ。
「わしも
「うむ! まずは典厩が何か企んでいるようなのだが、
ここで本題の将軍義藤の話題を出して、信長ちゃんは対応策につき久秀にしっかり働いてもらう心づもりなのだ。。
「あの父の子ですからな。
おっと! さすが梟雄の松永久秀というべきか。早速の将軍暗殺案かよ。味方なら頼もしくもあるけれど、やはり恐ろしいヤツだ。
「うむ。さっぱりとはするが、
信長ちゃんは、かつて守護の
「では姫様の意に背き、典厩を躍らせたる者・典厩とともに踊る者を
さらりと久秀は代案を持ち出した。稀代の謀略家だけあって、味方にすると頼もしいことこの上ない。
「弾正殿、どのような獲物が釣り上がりましょうか?」
ここでおれが久秀に尋ねてみる。どこまで久秀は見えているのだろう。
「左様ですな。細川右京(晴元)は真っ先に。姫様が助命された六角弾正(定頼)とその旧臣の一部も食らいつくかもしれません」
「ええ。細川右京に六角弾正は公方様の後ろ盾かもしれませんね」
「三好三人衆も怪しいですな。六角弾正の娘を嫁としていますゆえ、伊勢の北畠宰相(晴具)も食いつくことがあり得ましょうな。
いっぽう越前の朝倉は、浅井攻めでもお分かりのとおり、宗滴老が健在ですので姫様には逆らわないでしょう」
久秀の情報分析はおれの見立てとまったく同じだ。さすがというべきだろう。
「さすが上方に強き弾正殿、素晴らしい見識でございますね」
「うむ。弾正は実によく見えておるな。されば、彼奴らを一網打尽にしてしまおうぞ。弾正には仕込みを頼むのじゃ」
「はっ! ときに典厩(足利義藤)殿は刺客を放ちますので、姫様も左近殿もくれぐれも気をつけていただきますよう」
ああ、そうだった。足利義輝は剣豪将軍のイメージがあるけれど、史実では陰険でブラックな手段を大いに好む男だ。
政敵ともいえた久秀の主君の三好長慶に対しては、失敗したものの幾度も刺客を送り込んで暗殺を試みている。
「心遣い
「ほうっ! 諸人を驚かせる城とは心が踊りますな。一つ腹案がございますゆえ、帰りに寄ってみましょう」
「うむ! 弾正が腹案は楽しみなのじゃ。丹羽五郎左も器用であるが、些か若いゆえ鍛えてやってくれぬか」
久秀は本当に多才で凄いやつだ。築城も得意分野で、本格的な天守閣を最初に築いたとも言われている。もしかしたら、難易度が高すぎて長秀には頼まなかったカステーラも、久秀なら作れちゃったりしちゃうかも?
おれは稀代の謀略家に何を頼もうとしてるんだよ。とりあえず久秀には、対将軍家謀略と安土城築城に専念してほしい。
「はっ! 帝の
「うむ。楽しみであるな」
「ところで姫様、わしがひとつ気になっていることがございます」
ん? 久秀は何を言い出すんだろう。
「弾正が気になることとはなんじゃ?」
「姫様のお子は養子の奇妙様のみでは、些か不安にございます。ゆえに参考になればと、わしが京の名医
姫様の仲の良き男子とともに読み、試みるのが
それはまさか!
「ワシが仲の良き男子と読んで試みるのか?」
「はっ! 必ずや姫様もその男子も天にも昇るほど
「ワシらが天に昇るほど喜ぶのであるか?」
「御意にございます」
おいおい、当の信長ちゃんが話題に付いていけてないのを良いことに、セクハラ親父かよ。
「ふむ。弾正が献上するからには、けだし役立ち心踊るものであろうな。ありがたく頂戴する!」
あっ! 信長ちゃんが目をキラキラさせながら、性技の指南書をありがたく頂戴しちゃったぞ。話に聞いただけで、内容はよく知らないからおれも興味はあるけれど。
久秀よ、おれの方を見てニヤニヤするなよ。このエロ中年めが。おれと信長ちゃんとの関係も、当然知っているんだろうな。まったく食えないやつだ。
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