第二四話 野営の夜
◆天文十四年(一五四五年)十月二日
寒いッ! 旧暦の十月は現代の新暦に直せば、ほぼ十一月といっていい。現在は絶賛野営中でございます。
ダウンジャケットのように、軽くて便利な防寒具は当然存在していないため、基本は焚き火で暖を取るしかない。あとは
これで、雨でも降った日には大変なことになるだろう。
周囲の面々を見渡してみれば、慣れなのだろうか。さほど寒がっている人がいないのは、さすがだと思う。
最近は経済政策などの内政を中心に活動していたので、軍政分野を疎かにしていたけれど、防寒具の開発も急務だな。とりあえずは、綿を入れたポンチョかマントを作れば、いくらか寒さを凌げるだろうか。
歴史関連以外には、さほど専門的な知識がないので、遠回りになってしまうけれど、トライアンドエラーで改善していくしかないよな。
もっと勉強をしておけば良かった、とつくづく思う。
普段の食事は城内なので、信長ちゃんと同じものをいただいているから、結構美味しく食べられる。だが、戦陣で食べる行軍食は貧相でぶっちゃけマズい。何とかレベルアップしていきたいぞ。
兵のモチベーションや健康に直結する重要課題だな。諜報衆の
現状での戦陣食といえば、お米を乾燥させた『
味噌玉で作ったインスタント味噌汁は、まあマシな方かな。ただ、具も入ってないし、出汁が効いているわけではないので、実に素っ気ない。
おれは高級将校扱いなので、まだ恵まれてはいるけれど、末端の兵卒に至るまでの環境も、じわじわと向上させていきたいね。
もちろん、怪我の際に馬糞を利用する、といった完全に誤りと分かる処置は禁止している。煮沸した湯冷ましで、傷口を洗って綺麗な布を巻くことにした。
そういえば、焼酎はどこかで既に作っているのかな? 高濃度アルコールの焼酎ならば、消毒にも利用できるはず。焼酎探しも課題のひとつだな。
抗生物質などまだ夢のまた夢だから、深手を負ってしまったら、可哀想だが楽にしてやるしかないだろう。
岡崎城の
信長ちゃんはほどよい距離で睡眠中。悪い虫がつかないように警戒している。
それにしても、好みの美少女は見ているだけでも、飽きがこないのが良い。
綺麗な顔をして『素っ首貰い受けるぅう!』だからな。ギャップ萌えっていうやつか?
初めて信長ちゃんの寝顔を見たけれど、小学六年生相当なのにちょっとした色気も感じてしまう。いかん、いかんなあ。
本能寺の夢どおり、信長ちゃんと結ばれる運命だとしても、さすがに小学生に手を出すのは大問題だ。
ちなみに実は、我が軍では女性兵も採用している。補給を担当する
何やら兵たちの集団から、低い声や物音がしているけど、きっと
寒いのによくやるよ、と思うけれど、人口を増やすためにバンバン致してください。人口は国力に直結するからな。
丁度いいので、現在の那古野城の状況を紹介しよう。
那古野城の城主は信パパ信秀だ。ただ、信パパは那古野城におらず、
試し戦の後に、林
寄騎とは与力とも書く。お手伝いや派遣のようなものだ。我が那古野勢がまだ弱小なので、信パパの指示で那古野城に派遣されている形式だ。
平手政秀の爺も同じく信長ちゃんの寄騎になっている。
この戦に勝ったら、信長ちゃんに城主になってもらいたい。そして屋敷を拝領して、お風呂を作るんだ。
あれ? これはフラグですか?
いやいや。きっと大丈夫なはず。
今回の安祥城の合戦は、史実で二か月前に起こるはずだった。岡崎城の松平広忠が、三河統一を目指して、以前は松平家所有の
史実で松平広忠は、勝ち目がないとの家臣の反対を押し切って、安祥城を攻めようとした。ところが、既に布陣していた信パパが待ち伏せしていて、火縄銃を導入したこともあり大勝したらしい。
今回は信長ちゃん率いる那古野勢の初陣となるが、仮に信長ちゃんが安祥城の後詰めを献策しなかったら、おれも提案しようと思っていた。有利な戦いのはずで負ける気はしない。
そのため楽観視している面はあるが、史実と異なる部分はかなりあるので、油断は禁物だ。今回の我が軍は、史実の信パパ軍より兵力は少ないはずだし。
状況がどうなっているのか、全く分からないけど、尾張では信パパが反対勢力を待ち受けているだろう。狙いは
史実で信長は、この三者を苦労しながら滅ぼしていった。そのため、信長の尾張統一戦は、現在から十四年後の一五五九年まで掛かってしまうのだ。
史実では五年後に流行病で亡くなってしまう信パパが生きているうちに、尾張統一をしたい。信パパは信長ちゃんの強力な後ろ盾だ。
「さこん? お願いがあるのじゃ……」
いきなり信長ちゃんの声がかかる。
あー、びっくりした。
しかし、彼女の表情はなんだろう? 何やら不安げで、助けを求めてるような……。
「はっ、何なりと」
「…………」
信長ちゃんは、なぜか言い淀んでいる。はて?
「どうしました?」
すると、おれの耳に手のひらを当てて耳打ちしてきた。
「ワシを
トイレは工兵隊が野営陣地から、やや離れた場所に設置してある。設置してあるといっても、穴を掘っただけだ。
照明が全くない時代だから、道のりは星明かりがあるだけの真っ暗闇。一人で歩いて行くのが怖かったのだろうか。
明日か明後日には、敵兵の血に染まるはずのこの手を守ってあげたい。
◇◇◇
「こ、こちらを向いたら打ち首なのじゃ!」
「はっ! かしこまりました」
「だ、だが左近が近くにおらぬのも困るのじゃ!」
「はっ! お任せあれ」
物騒な言葉ながら、現代のような恥じらいを見せる信長ちゃんに、苦笑しながらもホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます