第一八話 試し戦

 ◆天文十四年(一五四五年)八月中旬 尾張国 那古野近郊


 試射を終えた信長ちゃん、橋本一巴いっぱ、おれの三名は、軽く信パパに礼をして自陣に引き上げた。

 周りはシーンと静まり返ってる。よしよし。狙い通りだ。

 結果は分かっているぞ。鎧の用を足さなくなった、金属の塊があるだけだから。火縄銃の威力は現代人の考えるより、はるかに強力で鎧は簡単に貫通できる。

きっと、信パパや古渡勢の度肝を抜いただろう。

 下手に何も言わない方が、効果的だろうと思い、そのまま引き上げたのだ。


 試し戦は四半刻後(三〇分後)と決まったので、五町×二町(五五〇メートル×二二〇メートル)の戦さ場の片側に、おれたちは陣を構えた。

 長槍は三〇名ずつ森可成よしなりと柴田勝家の指揮下に置く。合計六〇名。

 騎馬は、森可成よしなり、柴田勝家、信長ちゃん、おれ、佐々成政 で五騎。可成と勝家に九騎ずつ指揮させ、親衛隊のうままわり二騎で合計二十五騎だ。

 弓は、太田牛一が九名を率いて合計一〇名。

 鉄砲は、橋本一巴いっぱが丹羽長秀ほか助手を三名率い合計五名。

 以上が信長ちゃん率いる那古野勢一〇〇名の陣容だ。


 さあ始まるぞ。いよいよ、試し戦だ。。

 信長ちゃんは、マントは脱いで白い鎧の上に紺色の陣羽織。兜はつけずに、白い鉢金鉢巻で髪をおろしてる。おれは、ロリではないけれど、この美少女姫武将には参ってしまうな。五、六年後には、はっと息を呑むような色気漂う美少女に成長するのは保証する。

 おれと信長ちゃんの馬には、特製の銃のホルスターをつけているので、それぞれ二丁の銃を携帯している。


 森長槍隊は中央左、柴田長槍隊は中央右。弓鉄砲は長槍隊の前側。森、柴田の騎馬は右翼。信長ちゃんとおれがいる本陣は長槍の後方。これで布陣完了。


 合図の大太鼓が、ドンドンドンと連打されて、戦闘開始だ。

 信長ちゃんの様子はどうだ? 意外とすました顔だな。

 大丈夫。勝てるよ。相手が知らない有利な点がおれたちにはある。


「長槍、弓、鉄砲はゆっくり前進! 弓鉄砲は相手の長槍を狙い、一当て直前に後方へ退避するのじゃ。長槍隊は相手の長槍を崩せ。長槍隊が敵長槍隊に当たったら、三左は相手騎馬を挑発せい。権六は相手長槍の死角から突き崩すのじゃ」


 信長ちゃんがテキパキと伝令して、ゆっくりと我が信長勢は、大殿率いる古渡勢へ向け進軍する。

 弓はかぶら矢、鉄砲は空砲で判定人により討死を確認するから、あまり期待できないかもしれない。


 ヒュルルルルル、ヒュルルルルルという連続した鏑矢の音が聞こえる。

 弓の射程に入ったんだろう。

 牛一頼むぞ。というか判定人、しっかり見ておいてくれ。

 鏑矢の音に混じって、鉄砲の音も聞こえ始めた。だいぶ敵勢に近くなったのだろう。


「ワシらもゆっくり前進じゃ」

 信長ちゃんの命令に従い、本陣も敵方へ接近する。やがて、カンカンカンカン、といった槍と槍がぶつかる音や、ワアアアア、とどよめきが聞こえてくる。

 接敵したのだろう。

 我が那古野勢が、若干押しているような気もするけれど、詳細は分からない。


 太田牛一と橋本一巴の弓と鉄砲隊が後退してきた。

「殿、我らに死者はありませんが、戦果も不明です」

 やはり模擬戦のため、弓鉄砲は戦果が判別しにくいのだろう。鉄砲を効果的に使おうとしていた当初の目論見が、若干崩れている。

 だが、ここで退く訳にはいかない。信長ちゃんも、「弓と鉄砲は、右翼に回って、馬を狙うのじゃ。馬を潰せ」と、冷静に指示を出す。


 弓隊と鉄砲隊が右翼に進出したところで、

「さこん、ワシは父上に勝てるか?」と、眉をひそめたような顔つきの信長ちゃんがいてきた。

 そりゃあ、不安になってもしょうがないよな。うん、信長ちゃん。君は頑張ってるよ。


「殿、大丈夫。勝てますよ」

 おれは、元気づけるようにニカッと笑って、左手を突き出してVサインをした。

ふたつ?」

「勝利のしるしで、ブイといいます。それがしは未来が見えます。殿が勝利するのは間違いありません」

「うむ。ワシは勝つのじゃな? ぶいじゃな?」

「はい、勝利のブイです」

「で、あるか。よし、長槍を潰しにいくのじゃ。さこんも参れ!」


 キッと引き締めた顔をした信長ちゃんに続いて、おれは成政他二騎の馬廻りを連れて、敵の左翼側へと馬を走らせた。

 馬を進めていくと、三間半(六.三メートル)の長槍のせいか、味方兵の数はほとんど減っていない。だが、敵もさるもの。歴戦の兵士が多いためか、崩壊せずに踏ん張っている。

 

 可成と勝家は逆側の右翼だ。

 よし、うまく空いてる。このまま相手の長槍隊の後ろに回り込んで、長槍を撹乱すれば勝ちだ。

 いける! 勝機だ!


 と思いきや、二騎の敵騎馬武者が進路を塞ぐように駆けてきた。

 おれたちは五人といっても、鉄砲は判定人次第なので期待できない。馬廻り三騎で、どれだけ対抗できるか。よくて相討ち、いや無理だ。


 まずいな。

 ホイッスルで長音二音。ピイイイイーッ! ピイイイイーッ!

 打ち合わせの合図を送った。うまく聞こえてくれれば、正義の騎士ナイトが駆けつけてくれる。

 早く来てくれ! 頼む!

 思わず、心の中で祈ってしまう。


「こんなところに大将がいるとはなァア! 可愛い姪といえども戦の習い。討取らせてもらうゥウ!」

 ちょび髭がニヤリと笑う。

 信パパの弟の織田孫三郎まごさぶろう信光のぶみつ小豆坂あずきざか七本槍しちほんやりの一人。武芸も達者な猛将だ。

 厄介な奴が出てきた。信光叔父の隣の武者は、知らない男だがこれまた強そうだ。とてもじゃないが、歴戦の武将に白兵戦で歯が立つわけがない。

 くっ。早く頼む! 姿は見えない盟友に念を送る。


「ワシを織田きつと知ってのことかァア!!  控えよ、下郎げろう!! ヌシを狙ってるのが、死神左近と分かって吠えるか!!」

 信長ちゃんは、叔父さんに『控えよ、下郎』と言っちゃってるよ。

 大ピンチに怯んだ素振りも見せずに、素晴らしい度胸だ。

 いいぞいいぞ、信長ちゃん。

 そうやって、時間を稼いでくれ。おれたちには時間が味方だ。どうでもいいが、信長ちゃんには、死神左近と呼ばれたくないぞ。


「死神左近といえど、試し撃ちと戦場は違う。さて、当たるかなァア!?」

 ちょび髭が不敵に嘲笑わらう。

 ごめんなさい。模擬戦で空砲だから、そもそも当てようがないんです。

 でもね、信光叔父。あなたの負けなんだ。すぐそばまで正義の騎士ナイトが来ているのに気がついてないでしょ?

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