003 「めでたし。めでたし。」

かつて、ある一人の騎士がセフィラ共和国に居た。

彼は一人の町娘に恋をしていたが、中々の奥手で、一向に愛を告白することが出来ずに居た。

そんな最中、彼はその思いを秘めたままヘルベスタ山脈での魔物討伐へ仲間たちと向かう事になる。

当時のヘルベスタ領は今ほど拓かれておらず、現代でヘルベスタ連邦と呼ばれる広大な平野の大半は未だ、フロンティアと呼ばれる未開の土地であった。

そんな危険と隣り合わせの地に、たった4人。

それでも小さな山村の為に、彼は仲間とともに立ち向かった。

決して彼は優れた騎士ではなかった。

しかし、それでも常に先頭に立ち、恐怖に震える仲間たちを時に励ましながら、遂にはその任務を全うした。

彼が守り、切り拓いたその山の山頂には、凛と咲く真っ白な花があった。

それをみた騎士の友人のひとりは、彼にこう言ったのだ。

「人々の為に勇敢に戦った君に勇気がないとは言わせない。今その勇気を持ってかの女性に思いの丈を伝えるのだ。」

今まで彼に励まされ、その励ましで命を助けられた友人たち。

その言葉に今度は勇気を貰う彼。

勇敢な騎士はその可憐な花を自らの勇気の証として持ち帰り、晴れて二人は結ばれたという。

「――――めでたし、めでたし。」

ギシギシと竜車に揺られながら、時間潰しとばかりに昔話を諳んじてみる。

それを真剣に聞く少年。

そんなに肩肘張って聞くような話でもなかろうに、いい子なんだろう。

「君は誰にその花を渡すのかな?」

「!」

少しからかうように言ってやると、顔を真っ赤にして伏せるケルヴィン。

かわいい少年だ。

それにしても・・・

冗談半分で言ったつもりだったのだけども、まさか本当に行くことになるとは。

竜車の向かう先、ヘルベスタ連邦。

その国境を成すヘルベスタ山脈が、遠く地平線の先に見える。

・・・すこしお節介が過ぎるかもしれないだろうか?

でも、どうせそろそろ仕入れでヘルベスタへ向かおうとしていたし、少し前倒しになったけれども予定は狂わない。

そう考えればちょうどいい寄り道かも。

「そういえば、親には来ること言ったの?」

ケルヴィンはまた俯き、しばらくしてゆっくりと首を横に振った。

「お父さんもお母さんも、死んじゃった。」

「そっか・・・ごめんね。」

悪いことを聞いてしまった。

「いいんです、孤児院の皆もいい人たちですから。」

そういう彼の後ろで、何かが揺れた。

よく見るとそれは”トカゲの尻尾”だった。

「あら?君、もしかして【亜種デミ】だったの?」

コクコクと頷くケルヴィンの後ろでもう一度、尻尾が揺れる。


人にはない異形の部位、それは【亜種デミ】と呼ばれる種族の証だった。


そういう私も、頭の上にパンダ耳が生えている。その代わり、人間の耳はない。

それを不便とも便利とも思ったことはない。

――――覚えられやすい見た目ってのはあるかな?

「そっかー。じゃあアーツとかも使えるのかな。」

「・・・ちょっとだけなら。人工魔術もちょっと。」

「おおー。子供なのに偉い。」

それは素直な感想。私はこの仕事を始めるまで何一つ使えなかったからだ。

なるほど今の子はなかなか進んでいる。

「子供じゃないです。もう9歳です。」

「おねーさんから見たら子供よ、子供。」

むすっと頬をふくらませるケルヴィン。

少年よ、子供と言われて反論するうちは子供なのだ。

「笑わないでくださいよ。」

さらに頬をふくらませる少年。


気付かないうちに、どうやら私は笑っていたらしい。

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