002 "グローリー"

澄み切った空はどこまでも青く、雲がないせいで日光が直接顔に当たり頬を焼く。

その太陽はちょうど空の真中にあり、そろそろこの暑さもピーク。

四季を持つセフィラ共和国は、そろそろ初夏を迎える頃だろう。

軽く滲む汗を拭き取る。

少し、着物を薄着にしてもよかっただろうか。

通常よりも少し厚手に拵えたアオザイの裾を撫でながら、思案する。

ううん、すぐフロンティアに戻るんだからこれでいいわ。

ガシャリ、と音を鳴らしながら金属製の鞄を担ぎ直す。

長年担いでいたせいで、もう重くも感じないコイツを背に、表通りに向かう。

それにしても早く出過ぎた。フロンティアへの定期便の時間までは、もう少し時間がある。

・・・最近評判のパンケーキ屋さんでも行こうかな。

「商人のおねーさん!」

などと考えていた私の背中に、可愛らしい声がかけられる。

声のする方を向くと、少女がこちらを見ていた。

「グローリー、ありますかっ!」


“グローリー”。

それは何の変哲もない、花の名前。


「ちょっと待ってね、お嬢ちゃん。」

石畳を割らないように、鉄製の鞄をゆっくり置き、蓋を開く。


鞄の奥から小さな革袋を取り出し、中身を確認。

少し埃っぽい空気がふわりと漂う。

その中には細長い黒い種。うん、この形状はグローリーの種子だ。


――――15年も前だっただろうか、懐かしいねぇ。

革袋を見つめながら、ふと物思いに耽る。

私は冒険者達を相手に商売をしている商人である。なので取り扱う商品はほぼ全てが冒険者御用達の品物ばかりだ。

そんな私の商売道具の中で埃を被っていた、冒険には使わない、ただの花の種。


そういえば、あの日も確かこんなにいい天気の日だった。

ジリジリと暑い真夏日。

あの少年に出会ったんだったね。


◆ ◆ ◆ ◆


「お、おねーさん!」

絨毯の上に並べていた商品を片付ける私の背中に、ふと可愛らしい声がかけられる。

振り向くと、私と同じくらいの背丈の少年が立っていた。

冒険者とは程遠い風貌、その声は若干、震えていた。

「ほいほい。いらっしゃい?」

「ええと・・ええと・・・」

「?」

もごもごと何かを言おうとする少年。なんともはっきりしない。

こういう子は急かしても良くない。

少年の顔を眺めながら、ゆっくりと次の言葉を待つ。

「グ・・・」

「ぐ?」

「グローリー!、ありますかっ!?」

「グローリー。」

顔を真っ赤にしながら、ようやく言葉をふりしぼる少年。

その口からは、思いも寄らない商品名が出てきた。

グローリー。

それが花、ということは知っていた。けれども・・・

「ウチでは置いてないよ。」

「!?」

私の言葉に、あからさまに落胆する顔。

悪いことをしているわけではないのだが、なんだか申し訳ない気持ちになる。

周りを見回す。私のように店を開いている商人が何人か見えた。

「他の人のとこにはなかったの?」

コクコク、と頷く少年。

「そっかぁー。」


だいたい10日ほどで、さらに年中いつでも咲かせることの出来る花、”グローリー”。

ただ、花を咲かせることまでは出来ても種が実らず、その種子はヘルベスタ山脈のでのみ手に入るという、ちょっと変わった花である。

そして、その花は”ある事”で重宝されている。


正面には涙ぐむ少年の顔。

それでもその少年の瞳は真剣そのものだった。

どうしたものか・・・。

「君、名前は?」

少し考えて、私は口を開く。

「・・・ケルヴィンです。」

「ふむふむ。じゃあケルヴィン君。」

「はい。」

どうしてそんな事を言ったのか。思いついたのか。

「それじゃあ、おねーさんと一緒に”採りに行こう”。」

「!?」

私の提案に一瞬、驚きの表情を見せる少年。

少し黙って、彼はまたコクリ、と頷いた。


きっと私も、冒険というものがしたかったのかもしれないね。

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