037 「リバース・フロンティア」

最初に感じたのは、足元の異常な冷たさと、周囲の熱気だった。

次に視界に入ったのは、私目掛けて飛び込んできたベルベットと、それを追いかける形の死神。

死神と私達とを分断する形で、巨大な氷の壁が雪原からせり上がる。

そのまま私たち二人だけを取り囲み、氷の牢獄が形作られていった。

透き通る冷たい壁越しに死神、ゾンビの群れ。

そしてその奥に、ルカが見える。

赤、黄、緑、青。4色の激しい光の奔流。その中心には、狐耳に四本の尻尾。

――――その姿は、亜種と呼ぶにも少し人間離れし過ぎている。

気付けば雪原であった周囲が燃え始めていた。

真夜中とは思えない明るさが、私達を取り囲む。

轟々と燃える炎の渦、徐々に高さを増し気付けば数メートルに及ぶ柱に変わっている。

その渦中にいるはずなのに私たちが平気なのは、ひとえに氷の牢獄のおかげだろう。その暴力的ともいえる温度管理は常軌を逸していた。

私たちにおびき寄せられ、逃れる術を失ったゾンビの群れと死神。

その肉体が薄紫色に光る、無数の極薄刃に切り裂かれ千切れ、炎に捉えられた肉片から順に炎上。

超高温の業火に灰すら残ることが許されず、瞬間的に溶け、消失する。

死神の甲冑、大鎌すらも耐えきれず崩壊、ゆっくりと端からドロドロと炎に成り果てる。

最後に残った、濃紺の布。

四方八方から止めどなく刃に切り裂かれ、炎に包まれ、それでもほつれた部分を瞬時に修復、燃え尽きた部分の補填を繰り返しその形を留める。

あれだけの事をされたのだ、もはやその修復速度に驚くことはない。

けれども――――

おそらくルカも意識してはいないだろうけれども。

炎の壁によって、あちらとこちらとが完全に分断されていた。

―――それこそマナの行き来も出来ない位に。

何かを訴えるように、氷の壁にぶつかり、弾かれるのを繰り返す濃紺の布。

その金色の刺繍は黒く汚れ始め、ところどころほつれて来ているのが見えた。

局地的に発生した、マナの枯渇。

自己修復を繰り返せたとしても、それが魔物の技、マナによるものならば・・・


真ん中から、布が大きく裂ける。

それは戻ることはなく、破れたのをきっかけに呆気なく、燃え尽きていった。


見届けた、とでも言うように炎の柱がゆっくりと高さを失っていく。

溶け始めた天井から水滴が落ち、私たちの頭やコートを濡らす。

眩しい炎のせいでチカチカする目が、ようやく真夜中の暗さを思い出した頃。

私たちの周囲10mくらい、雪原が円形に切り取られていた。

雪が剥げ、土肌が痛々しく露出している。


「もう大丈夫そうだな。」

氷の壁も、拳で割れるほど薄くなっていた。

脆くなったそれを叩き割り、外の様子を伺うベルベット。

その手は鎌の刃を素手で受け止めたとは思えないほど、綺麗に元通りだった。


「おーい!」

薄氷の割れた隙間から、ルカの声が聞こえる。

耳もいつの間にか引っ込み、尻尾も元通り、一本だけが後ろで揺れている。

彼女の声も、先程まで魔物と対峙していたと思えないような、いつもの明るい声だった。


「変な顔だな、どうかしたか?」

どうやら顔に出ていたらしい。聞き慣れた声と、素っ頓狂な表情で私の顔を覗き込む。

いつもどおりの声、表情。

「・・・なんでもない!」

そうよ。

今、私の前に居るのは間違いなくベルだし、ルカだ。




亜種デミ】が初めてこの世界に生まれた時。

彼らを”人間”と呼ぶべきかは、国中で議論となったと言う。


歴史を紐解くと、人間がその身ひとつで”人間”を越えていった事実は数え切れない。

けれども、彼らは誰ひとりとして、”人間”を辞めたわけではない。

彼らはどこまでいっても、彼らのまま、何も変わらない。


それならば。

そうであるならば。


それは、”枠を拡げた”と読み替えるべきではないだろうか。

彼らが、新たにその枠を書き換えた、と言うべきではないだろうか。

そして、先人たちはそれを”進化”と呼んできたのではないだろうか。


時代は流れ、【亜種】は普通の人間と呼ばれるまでに至る。

きっと今日、私が目にした光景。

それもいつかは、ごく当たり前の事だと言われる時代が来るかもしれない。



境界線は、日々生まれ変わっていく。

“人間”は“人間”のまま、どこまでも、行くのだ。




◆ ◆ ◆ ◆




「二人とも無事ー?」

「おう、よくやった。ルカ。」

「あーもー死ぬかと思った。二度と嫌。」

「ご、ごめん。」

「違う違う、死神相手はもうやだって話。」

「ほむ。」

「思ったよりは快適だったぞ、あの中。」

「うんうん。」

「ほむ。」

「だが二度と嫌、というのは同意しかねるな。」

「あんたの神経どうなってんのよ・・・」

「今回は運が良かっただけだ、次に会うならば探さなきゃならないな。」

「一人でやってよね・・・」


「・・・あれ、ルカ?何してるの?」

「お墓。死神さんに殺された人達にせめても、と。」

「なるほどな。なら・・・っと。ほら、墓標にはちょうどいいだろ。」

「おー、大きな剣。」

「あんたそんな大剣どっから持ってきたのよ。」

「知らん。突然生えてきて腕ぶった斬られた。」

「生えてぶった斬られたって・・・いや待って?そういや傷は?」

「あー・・・治った。」

「治ったって何よ!?」

「話すと長い、後にしろ。」

「腕見せなさいよ!?本当に治ってるみたいだし、ほんと何でよ!?」

「うるさい。」

「二人とも喧嘩しないのー。」





「リバース・フロンティア -Rebirth Frontier-」 第一部・完

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