033 考えるのは、後だ。
痛みは、無かった。
痛みも感じない速度で私は即死してしまったのだろうか。
その割に肌に感じる感覚は、死ぬ前と変わらない。
相変わらず風や雪は冷たく、首には針の刺さったような痛み。
背中には鞄の重み。
――――何が起きたのか、起きなかったのか。
左手で喉元に触れる。どうやら首はつながっている。
恐る恐る、目を開く。
幸運にも避けられた、ということではないらしい。
大鎌は、私の首を捉えてはいるものの切り裂くほどには届いていない。
目の前に立つ、見慣れた黒いフィールドコートの背中。
彼から伸びる腕が、片手でそれを受け止めていた。
受け止めている手は大鎌が食い込み、真新しい血で汚れている。
「ベル・・・?」
どうやら無事だった相棒。
しかし・・・様子がおかしい。
彼の周囲は、黒い光の粒がふわふわと、まるでオーラのように漂っている。
よく見ると、それはマナの光だった。
マナが彼に呼応し一瞬光るものの、その白かった光が彼に触れた瞬間、どんどん蝕まれ黒く染まっていく様が見えた。
何よ、この光景は。
「剣を寄越せ。」
私はハッとする。不覚にも見たこともない光景に見惚れていた。
ベルベットは顔だけをこちらに向けている。
その血走った目の下、頬に血とは違う汚れのようなものが見えた。
タトゥーだろうか、いや彼にそんな趣味は無かった。
「う、うん・・・」
私は剣を2本取り出し、復元する。
その間も彼の腕は、ミシミシと音がしそうな程の力で大鎌を受け止めていた。
「下がってろ。」
「でもアンタ・・・」
「下がってろ。」
威圧するような目に、私は気付いたら後ずさっていた。
私が地面に差した剣に、空いている片手で器用に硬化薬を振りかける。
鎌が勢いよく離れ、死神は飛び退る。
―――受け止めていたのではなく、掴んで離さなかった・・・?
ゾンビが一体、呻き声を上げながらベルに覆いかぶさる。
その首を傷ついた腕で掴み、上に持ち上げる。
その時。漂っていた黒いオーラが静かに輝きを放ち始めた。
黒い光がゾンビとベルベットの腕に纏わり付き、帯のような鎖のようなものになり崩れかけた身体を締め付ける。
黒い帯が胎動するように、”何か”を吸い出し、送り出す。
見る間にやせ細り、骨と皮になったゾンビ。
用済みと言わんばかりに、ベルベットは動かなくなったそれを投げ捨てる。
ちらりと見えた、”不自然な彼の腕”。
その腕は、まるでシャワーを浴びた後のように、傷口どころか血も綺麗に消えていた。
今のは何?アーツ?
いえ、アーツは”自分に干渉するもの”のはず。
これは明らかに――――
ハッとして、周りを見回す。
未だ数の減らないゾンビたち。依然、私達はそれに囲まれている。
考えるのは、後だ。
何体かはルカが絶えず燃やしているが、それでもこちらに向ってきている。
恐怖で落としてしまっていたハルバードを拾い直し、構える。
それでもやはり、奇妙な違和感に襲われ視線はベルベットを追いかけてしまう。
彼は・・・本当にベルベット?
硬化薬が馴染み、薄青にコーティングされた剣を引き抜きながら死神に向かう、黒い、背中。
私にはその背中を見送るしか出来なかった。
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