031 あるはずのない顔
私目掛けて飛び掛る死神、しかし鎧が重たいのか想像よりもスピードは早くない。
振り回された大鎌も、その軌道がしっかりとこちらを捉えているのが視認出来る。
見える。これならなんとかなるかもしれない。
穂先で鎌を上に弾く。
大きな火花が目の前でチカチカと眩しく飛び散り、遅れてガキンと大きな音が耳を襲う。
重たい。ビリビリと腕が痺れ、よろけそうになるのをなんとか堪える。
隙ありとばかりにゾンビの一体が両手を上げ、覆い被さるように襲う。
その顔面に空いてる拳をぶち込む。爛れた肉のクッションを突き抜け、頭蓋にクリーンヒット。その襲いかかる身体ごと押し返す。
仰け反った死体は突如炎上。
おそらくルカだ。
脂の焦げる匂いが鼻に刺さる。
後ろから唸り声。
薬で無理矢理引き上げられた聴覚がそれを聴き分ける。
数は多分2匹、だいぶ近い。
正面からは、弾き返していた鎌が頭上から振り下ろされる。
止めどない応酬、もうなるようになれだ。
ハルバードを両手で強く握り直し、右足に力を込めて集中。
私の呼び掛けに応じたマナがチリチリと輝きを放つ。
軸足を中心に身体を捻りながら回転、鎌を回避。
その勢いのままハルバードを振り抜いて、一回転。
見様見真似の”旋風剣”。
アイツほどの威力はないにせよ、どうやら腐った肉相手なら通用したらしい。
振り向いた先のゾンビが上下に両断され、血の気のない冷え切った臓物を見せる。
回転の勢いを殺せず、くるくるとそのまま後ずさり。
軽い目眩を覚えるけれども、支障はない。
それよりは・・・目の前の死神を見据える。
感触で分かっていたけれども――――
奴の甲冑には薄く、真新しい引っかき傷が一本だけ。
全然通用してないわね・・・
骨といい鉄といい、恐らくマナで硬化させているとは言え硬すぎる。
ブーツ越しの足首に違和感。
足元を見ると、分割したはずの死体の上半身、その腕が私の足を掴んでいた。
ドロドロに融けた醜悪な口腔を見せつけるように吠える顔。
気を取られている間に新たな呻き声が背後から聞こえる。
なんで私の方ばかり。
掴まれている足ごと、回し蹴りの要領で無理矢理足を振り上げる。
そのまま腐った死体を振り回し、近づいてきていた1体にぶつけ、薙ぎ払う。
振り向きざまに、赤い光の渦中にいるルカが見えた。
その光は火炎となり、こちらに疾走。
私の足に食らいつこうとする醜い顔面を焼く。
緩んだ握力を遠心力で振りほどき、吹き飛ばす。
燃え盛る死体が宙を舞う先、引きつった顔のルカが見えた。
――――ごめんね、方向まではコントロール出来なかったの。
けれども、彼女の視線の先は私ではなかった。
「後ろ!」
振り向いた私に見えたのは、ゆっくりと動く大鎌の切っ先。その先端は、私の喉元。
音もなく近づくのは死神の特権なのだろうか。
冷たい金属の針を当てられたような感触が、喉に刺さる。
その正面には、首なしの甲冑。
あるはずのない顔が、ニヤリと嗤ったように感じた。
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