030 猶予は、ある
幸いだったのは、やつらと私たちの距離がだいぶ離れていること。
そして、私の頭が隣で慌てているルカほどパニックを起こしていないこと。
―――むしろ冷え切ってていつもよりも冴えているかもしれない。
まだ向こうが仕掛けてくるまでに猶予は、ある。
ベルベットに向き直り、その血で汚れたシャツを引き裂く。
細いけれどもしっかりと筋肉のついた胸板、その真中に真っ直ぐと綺麗に、深く抉られた傷口がある。
冷気にあてられ、血液からほんのりと湯気が立つ。
応急処置だけでもしなければ。けれども魔法を使えば向こうを刺激しかねない。
ポケットから瓶を引き抜き、ラベルも確認せず蓋を捻り投げ捨て、彼の傷口にぶちまける。
即効性の液体絆創膏。
ただし、すごく痛い。
液体が傷口に染み込み、ジュウジュウと細かい音を出しながら血まみれの傷口を泡立たせる。
膨れ、弾け、それぞれが接着剤のように粘着するのを繰り返す。
見る間に傷が塞がっていき、雪原の赤絨毯は広がるのを止めた。
なんとか無理やり塞いで止血は出来た、しかし目を覚まさない。
「ベル!ベル!しっかりして!」
涙声のルカが叫び続ける。揺さぶっても叩いても、起きる気配はない。
薬の激痛で起きてくれてもいいのに。
とりあえず、起きない男に構っていては私たちの身まで危ない。
周囲を見回す。
死体の群れ、ゾンビたちがこちらにゆっくりと歩み寄り始めているのが見えた。
その奥では大鎌を持ち、やはりこちらに狙いを定めている。
「今はこっちをなんとかするわよ。」
「でもベルが!」
「私たちまで死んだら何にもならない!」
私の声にビクリと肩を震わせる。
ああ、こんな大声出すのも久しぶり。
「こいつは必ず起きる。だから、生きるの。」
とは言ったものの。
どうしたらいい。
考えているうちに、私達を囲む円はどんどん小さくなっていく。
死体達なら私達でもなんとかなるだろう。問題は、その奥に見える死神。
あいつをどう対処したらいいのか。
ベルベットの動きを思い出す。殆ど防戦一方だった。
私に出来るのか、いえ、やるしかない。
「ごめんねルカ。ここからは私をアテにせず自衛して貰う事になるわ。」
「う、うん・・・。」
意を決して、懐から瓶をひとつ取り出し、飲む。
全身にピリッと電流が流れるような感触の後、視界がクリアに開ける。
肌に触れる冷たい風も、その流れが見えているような感覚。
ハルバードも先程より、ずっと軽い。
【神経加速】、【筋力強化】、それらの効果を一時的に引き出せる、複合薬。
私のとっておきだ。
強い薬ではあるがその分、副作用もある。
作ってはいるけども、使いたくない部類。
――――ああ、やだやだ。明日は間違いなく筋肉痛で動けないわ。
「いくわよ!」
震える喉から無理矢理声を出して、自分を奮い立たせる。
起きたら絶対、ぶん殴るから。
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