028 私の頭上に

ベルベットの背中から、鎌の先端が生えている。

先端は、赤黒い血がべっとりとついていた。

傷口からごぽり、ごぽりと鼓動に合わせるように液体が溢れる。

その体は宙に浮き、鎌でようやく支えられている。

突き飛ばされ、雪まみれになった私が最初に見た光景は、それだった。

私の頭上に、ベルベットがいる。

屋根のように天を覆い、星空の光から私を守っているようだった。

顔に暖かい液体が掛かる。それが何かは考えなくても分かった。

「ベル!!」

ルカの悲鳴のような叫び声でハッとする。

大鎌がベルベットの身体から引き抜かれ、支えを失った身体は自由落下。

そのままドサリと私の上に落ち、彼の全体重がお腹に伝わる。

仰向けになった胸からは止めどなく血が溢れている。

彼を貫いた鎌はヒュルヒュルと風切り音を鳴らし、空中で水平に静止。

―――いえ、空中で静止というのは正しい表現ではなかった。

大鎌の柄には、汚れた五指。

ぼろぼろの甲冑を纏った「首のない騎士」が、その身の丈よりも大きな鎌を掴んでいた。

掴んだ腕に巻かれた篭手は、ぐちゃぐちゃにひしゃげ、黒い絵の具のようなもので乱雑に塗装されている。

騎士に向って、どこからか飛んできた布が纏わり付き、マントのように背中に納まる。

その布は濃紺に、金の刺繍が施された豪奢な装い――――死神が纏っていたものだ。

いや、違う。迂闊だった。

私も、おそらくベルも。

勘違いをしていたのだ。

死神の本体はローブの方だったのだ。

長い長い年月をかけて、その身をマナに侵された元・獣。

最後にはその身のひとかけらすらも残さず、魔物と成り果てたその存在。

彼は喪ってしまった身体を補うかのように、刈り取った獲物を”着て”いたのだ。

まるで、記念品か何かのように。

そんな自分の想像に吐き気がする。

想像通りなら、目の前の騎士もおそらくはーーー。

甲冑でハッキリとは見えない。

しかし空洞にしては肉感のありそうなシルエット、おそらく中にまだ肉体が残っているのだろう。

腐敗が始まっていないのは、おそらく気温のせいだろうか。

あるいは、殺されたのがつい先日か。

マントがふわりと広がる。死神の周囲が淡く光り出した。

まずい、何か仕掛けてくる。

動かなくなったベルベットをなんとか地面に横たわらせ、立ち上がる。

突如、平らだった雪原のあちこちがボコリ、ボコリと泡立ち、破裂。

あちこちを鋭利な刃物で切り裂かれ、欠損した”元人間”が、無数に立ち上がる。

あっという間に、私達は囲まれていた。

そうよね・・・

今まで殺された人間は、ひとりふたりじゃないわよね。

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