027 見とれてる場合じゃない。
骨だけを残した、細身の腕。
筋繊維のないその腕から、信じられない速度で鎌が四方八方、ベルベットを襲う。
私の動体視力では捉えきれない、光速の斬撃。
しかし、その軌跡は彼の体を通りすぎることはなく、全て紙一重で白刃に阻まれ、音と光に還元され霧散する。
その飛沫に、暗視を施した目がいつも以上に眩む。
想像以上の光景。
人間の反応速度を凌駕する斬撃、それにアーツでもって対応し、いなし、弾くベルベット。
遅れて聞こえる金属音でようやく彼の無事を認識出来ている。
その彼も、大鎌を凌ぎきるので精一杯のようだった。
笑顔のように歪んでいる顔、しかし余裕の色は見えない。
これが、高位の魔物。
目まぐるしく移動を繰り返す死神と一人。常に動き続けられては狙いも定まらない。
「速い・・・えっと・・・今はダメ・・今も・・・」
いつのまにか狐耳を生やしているルカもやはり同じで、どこを目掛けて魔法を放てばいいか戸惑っている。
傍らの精霊たちも、淡く光り、また消えるを繰り返す。
毛艶のよい立派な銀狐の耳。どこから持ってきたのかしら。
大人しく、私はサポートに徹しよう。
ケースから次の剣を抜き、何時でも投げられるようにしておく。
瞬間、一際大きな破砕音。
ベルベット右手の剣が中程から砕け、辛うじて鍔で鎌を留める。その切っ先が肩口に深く刺さりコートを裂く。肉を切り裂いた証のシミがコートを濡らす。
それに一切怯むことなく、体を半回転、捻り込むようにして身体から切っ先を引き抜く。
その体勢のまま左の剣で隙の出来た骸骨の頸を一閃。
接続を断たれた首が吹き飛び、宙を舞う。
遅れて、遠心力により離れた血飛沫が、純白のカンバスを汚す。
肉を切らせて、とは言うけれども。
いえ、見とれてる場合じゃない。
「【
短く呟く。ミニチュアサイズの剣に大気中のマナ粒子が集まり、輝く。
その時。
宙に舞っていた髑髏がこちらを"見た"。
骸骨は宙に静止後、こちらに急加速。
禍々しい光となって接近。
ガチガチと顎を鳴らす音が、私の耳に届く。
しかし私へ届く寸前、緑光に包まれた石柱の矢がそれを射抜き、軌道が逸れる。
勢いそのまま骸骨は私の後方へ飛んで行く。
ルカが、間に合ったと言わんばかりに目を見開いていた。その肩は呼吸と一緒に上下している。
突然の出来事。何故今まで見向きもしなかったこちらに飛んできたのか。
分離出来るなら最初からこちらにも飛んできているだろう。
――――ああ、魔法感知型。
思い返す。
開戦時、確かに奴が見たのは先頭のベルベットではなく、魔術を使った”私”だった。
しかし今と違うのは、あの時は発動とほぼ同時にベルベットが奴に斬りかかった。
だから死神は彼が魔術を使ったと運良く誤認してくれていたのだろう。
けれども今。
私もルカも各々、使ってしまった。
死神は今ようやく、ターゲットの正確な数を認識したのだ。
私の想像を裏付けるかのように、骸骨はこちらを相変わらず見据えている。
ベルベットは頭を失った死神と今も紙一重の切り結びを演じている。
・・・でも分離できるのはずるくない?
理不尽に増えた一体に、どうやら頭を抱える暇もないようだ。
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