025 きっと私の肩が震えているのは

幸い、死神側はまだこちらに気付いてはいない様子だった。

遠くに見える濃紺のローブは一切動く気配は無く、こちらの様子を伺っている素振りもない。

その姿をもう一度確認する。

一切の原形が想像できないその容貌、それでも明らかに”人間”にも”動物”にも見えない。

本当に上位フェーズの魔物は何でもありね・・・。

ともあれ、向こうよりも先に気付けたのは不幸中の幸いだ。

その異変に真っ先に気づいたのは、この馬車を引いてくれたドラゴンだ。

同じ魔物同士何かを感じたのだろうか、彼(彼女?)は静かに死神を見つめている。

私はその背中を優しく撫でる、公国に着いたら美味しいものを食べさせてあげよう。

とりあえずは、今生き残る事を考えなくては。

私はひとつ大きなため息をつき、覚悟を決めて鞄を探る。

結局使う羽目になるのね・・・

「ベルはこれね。ルカちゃんは、これどうぞ。」

取り出したのは6本の薬瓶。

それぞれ3本ずつ、二人に渡す。

受け取った薬瓶を、不思議そうに眺めるルカ。

そうよね、効果ちゃんと教えてあげないとね。

「暗視と、集中力強化と、防寒。全部2時間は保つから安心して。」

一本一本、指差しながら丁寧に効能を教える。

これらの薬品は併用することを想定しているので、複数種類飲んでも大丈夫なように作ってある。

まぁ、他人の作った薬までは保証出来ないけども、今は関係ないでしょう。

私も自分用の薬瓶を3本取り出し、一気に飲む。

喉に冷たい液体が流れる感触。

直後、全身にビリッと弱い電撃。

身体中に薬の効果が染み渡っていく感覚が駆け巡る。

「アンタはいつものだから説明要らないわよね。」

渡したのは基礎筋力強化、集中力強化、防寒の3種類。

彼がいつも使っているフルセットだ。

ベルベットは飲み干した瓶のラベルを一瞥。

少し考えて、一言。

「硬質化と暗視も頼む。」

暗視。

思いも寄らない注文に、一瞬思考が停止する。

暗視薬。この薬は、【オウルサイト】を再現したものだ。

そもそも私にそのアーツを訓練したのは彼だ、使えない理由はない。

思い当たる理由は、無くはない。

「・・・本気ってことでいいのね?」

言われた薬を鞄から取り出し、渡す。

ベルベットは何も言わない。

黙って受け取った暗視の薬瓶を飲み干し、こちらに投げ返す。

硬質化のほうは胸元のポケットに仕舞い込む。

こちらは即効性の塗布薬だ、飲むものではない。

「さて」

馬車から颯爽と飛び降りるベルベット。

私もそれに続いてゆっくりと馬車を降りる。

ブーツ越しに雪の感触、2cmほど沈む。

雪の深さはそれほどないようで助かった。

傍らのルカの周りには、精霊たちがふわふわとスタンバイしている。

恐らくは、私が見えている数よりも実際の数は多いのだろう。

「行くか。」

これまでの人生で、高位の魔物に出くわすことは何度かあった。

でも、目の前に居るのは明らかに次元が違う。

きっと私の肩が震えているのは、寒さのせいではなかった。

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