023 パンを頬張りながら。

ほふひへはそういえば。」

お昼ごはんのパンを頬張りながら、ルカは私を見る。

現在位置はまだ共和国内、草原の生い茂る平原の、舗装された道路をのんびりと進んでいる。

勿論、歩いて越境などをしている訳では無い。かといって、馬やロバなどに乗っている訳でもない。

この国はマナ濃度の制約上、移動に馬が使用出来ない。

その理由は明白。

マナ濃度の高い共和国において動物は高確率で魔物化する危険性があるからだ。

では何を使うか。答えは”魔物”だ。

人工魔術によって、凶暴化を抑えたまま恣意的に魔物化を施すことが可能になったのは私たちが生まれるよりも遥か昔。

その一例が、グランドドラゴンと呼ばれる魔竜種だ。

彼らは高い知能と、人よりも長い長命を持ち、私たち人間を喜んで長距離運搬してくれる。

私達は今、そのグランドドラゴンが引く幌馬車の定期便に乗っている。

ガタゴトと揺れる幌馬車の中は、私達3人しか居ない貸切状態だった。

恐らくは死神の影響だろうか、それを思えば走っているだけ有り難い状況かもしれない。

「飲み込んでから喋って。」

行儀の悪いルカをたしなめる。

ほめんごめん。」

もぐもぐと咀嚼し、林檎ジュースで流し込むルカ。

既に二人分食べている彼女は、次のパンに手を伸ばそうとしている。

多めに作ってきたとは言え、彼女の食欲をちょっと見誤ったかもしれない。

一体どこに栄養が行っているのか。

「そういえばジーンさんも、精霊見えるんでしたよね。」

突拍子のないことを言われる。

とはいえ馬車に揺られてかれこれ6時間、そろそろ暇を持て余す頃合い。

他愛のない話題が自然と出てきてもおかしくはないのかもしれない。

「そうなのか?」

「言ってなかったっけ?」

でもベルベットまでに聞かれるのは心外。

「聞いてないな。」

ルカはともかくとして、ベルベットは知っているものだと思っていた。

「結構、工房で製薬の時とか使ってるんだけども・・・」

「俺はどれひとつ見えてないし、そもそも錬金術は分からん。」

言われてみればそうかもしれない。

精霊魔法は行使する際、手助けをしてくれる精霊がマナ同様輝きを放つ。

けれども、注意深く見ていなければそれをマナの光と見間違えることもある。

そして第一に、この男にそんな気付き力があるとは到底思えない。

こちらから話した記憶が無ければ知らないのも当然なのかもしれない。

「それで、何が見えてるんです?」

何故か不機嫌そうな顔でルカはずずいと近づいてくる。

顔が近い。ミルクティーで染めたような綺麗な髪の間から、ふわりと桃のようないい香りがこちらにまで届く。

「緑と、青・・・」

少したじろぎながら、答える。

「え、すごい!2種も!」

まるで同じ趣味を持つ友達を見つけたかのように、ルカの目がキラキラと輝く。

さらに近い。さらに近い。

でも事実、きっと見えている人と話す事は殆ど無いのだろう。

私も学院卒業後、そういう話題は久しく話していない。

「全部見えてる子にすごいって言われても・・・」

「いや、十分凄い。」

食い気味に来られた。

やめて。アンタに素直に褒められるのはなんか恥ずかしい。

「そうかな・・・」

「そうですよ!」

更にぐいぐい来るルカ。あまりの圧に幌馬車から身を乗り出しそうになる。

少し気恥ずかしくなりながら、気付けば私はこの後一時間くらい、質問攻めに遭う事になったのだった。

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