021 そんなつもりもないんだけどね。
「お前ら、仲良くは出来ないのか。」
ソファに寝転んだまま、ベルベットはこちらに話しかけてくる。
いつもは食べたらすぐ寝るのに、珍しい事もある。
お前ら、とはおそらく私とルカのことだろう。
「そんなつもりもないんだけどね。」
明日の準備がまだ終わらない私は、適当に答える。
特段、彼女に対して険悪な態度を取ろうという気はないし、嫌われるような事をした覚えもない。
ただ、なんとなく思い当たる節はある。私は寝転ぶ男を睨む。
「年頃の女の子なら、まぁあんなものよ。」
どこがいいんだか。
「老婆みたいな感想だな。」
飛んでくる言葉のナイフ。
「うるっさい。」
ほとんど脊髄反射的に答えてしまっていた。
こういう所なのかもしれない。
売り言葉に買い言葉、少し気をつけようと反省する。
でも老婆は無いでしょう、老婆は。
若いわよ私だって。
「悪いやつじゃあ、ないんだ。」
「それは見てれば分かるわ。」
可愛いし、髪は綺麗だし胸はあるし、じゃなくて。
いや、私もないわけじゃないけど、そうじゃなくて。
彼女の家の事情は、風のうわさで聞いている。
マナに嫌われ、アーツや人工魔術が日常生活に取り入れられる現代において、その身ひとつで生き抜く事を強いられた家系。
その中でようやく生まれた亜種の彼女も、何の因果か適正なし。
一度は逆恨みで捨てられそうになったとも聞く。
しかし、その後に彼女が開花させた精霊魔法。
精霊を視て、それらと心を通わすというのは努力でどうなるものでもない、持って生まれるしかない天賦の才。
それも、4種の属性全てという唯一無二。
亜種が溢れ始めた現代ではもはや、彼女の才能のほうが貴重だ。
それを見た一族が手のひらを返すさまは、外野から見ていても気持ちの良いものではない。
そんな環境にあって、全くひねくれることも無くあんな風にまっすぐな娘に育ったのは奇跡と言ってもいい。
今日含め何度か話をしたこともあるが、一見天然そうな雰囲気であるのに頭の回転も悪くない。
こと精霊魔法に関しては、あんなに繊細かつ自由に使いこなせる人間を見たことがない。
そんな彼女を、悪い子だと私には到底思えなかった。
「国境付近の魔物。出ないとは思いたいけど、その時は頼んだわよ。」
棚を開け、色々な形状の投擲薬瓶を取り出す。
大抵こういうのは見てから投げるのでは遅い。
そのため触って分かるように、内容物ごとに瓶の形状をわざわざ変えている。
幾つかは普段は持ち歩かない薬だけど、念には念を入れておきたい。
ベルベットほど私は戦えないのだから。
取り出した薬瓶たちを外套のポケットに詰め込み、鞄の上にふわりと掛ける。
ようやくこれで明日の準備は完了。
あとはシャワーを浴びて眠ろう。
そういえばベルベットの返事がない、気になってそちらの方を見ると既に寝息を立てていた。
そういう、すぐ寝れるところは羨ましい。
しかし、居候と言えどもいい加減ベッドの一つでも用意してあげるべきなのだろうか。
アイツがうちに転がり込んできてから3年。
未だにあの日よりも前の事は思い出さない男。
もっとも、過去がどうだろうとアンタはアンタよね。
小さくおやすみと呟き、私は浴室へと足を向けた。
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