020 「おかえり、ルカ。」

「おかえり、ルカ。」

柔和な笑顔で、母は私を迎えてくれる。父もその隣で静かにお茶を飲んでいた。

「ただいま、お母さま。お父さま。」

笑顔で応じる。

二人の後ろを通り、静かに奥の部屋へと進んでいく。

お母さんも、お父さんも、私とは違って亜種ではない普通の人間だ。

もっと遡るなら、二人共のお父さんお母さん、そのおじいちゃん、おばあちゃんも、亜種ではない。

私が生まれた時、それはそれは一家総出で大騒ぎだったとか。

私の尻尾を見て皆とても喜んでくれて、同時に私がマナを扱えない事に落胆していた。

周りの人が言うには、マナというものは扱おうという意思に呼応して光るらしい。

マナが私に光ってくれたことは一度もなかった。

けれども、私はその代わり?に他の人にはない特技がある。

木組みの引き戸をあける、そこには板張りの大広間が広がっていた。

むかし、曽祖父が武術を教える道場として使用していた場所らしいが、今は私が使っている。

鍛錬の場として。

「ただいま皆。」

部屋中に無数の光がぱぱぱっと咲く。

青、赤、緑、黄色。その光は色とりどりに部屋を照らし、ふわふわと私の周りに集まる。

光たちはぱちぱちと瞬き、私の帰宅を喜んでくれていた。

それら、いや彼らは”元素精霊”と呼ばれているものだ。

自然界の物質、その構成要素である四大元素、「火」「水」「空気」「土」

それらに宿っている、縁の下の力持ちさん。

子供の頃はそれを誰ひとり信じてくれなかった。

精霊さんは私にしか見えてなかったのだ。

誰も信じてくれず、しょんぼりしているところにお師匠さまが現れて、それは精霊というものだと教えてくれた。

一通り私に知識をくれた後、ふらっと消えてしまったお師匠さま。

今は何処にいるのだろう。元気だといいな。

「明日からおでかけするよー。」

彼らもちかちかと光り、私と一緒に喜んでくれている。

「北の方だよー」

皆お出かけを楽しみにしてくれている。

どうやら精霊さんたちも着いてきてくれるらしい。

とても頼もしい。

「さてさて皆、今日の鍛練も付き合ってね。」

私の一言に反応して、皆ざざっと動いて、道を作る。

その道は、板張りの間の中央まで続いていた。

毎日の日課。

私は部屋の中央に進む。

目を瞑り、精神を集中する。

ザザザと風が鳴き、ふわりと袴と袂、私の髪がなびく。

ピン、と私の頭頂部から狐の耳が生える感触がする。


目を開き視線の先、篝火に右手をかざす。

赤い光の精霊が一層光り、篝火が勢いよく点火する。

炎、熱気を自在に操る、属性は【火】


もう一度集中、青の精霊が呼び掛けに応じて輝き出す。

篝火は瞬く間に鎮火し、それは白い冷気を放つまでに冷却、凍結する。

氷、冷気を自在に操る、属性は【水】


パチン、と指を鳴らす。黄色の精霊がバチバチと瞬く。

バチンと強い音を出し紫電が駆け抜け、篝火の土台を真ん中から切り裂く。

空気、雷を自在に操る、属性は【風】


空中に舞う土台に左手をかざし、集中。緑の精霊が静かに輝きを増す。

板張りの床を突き抜け石柱の針がせりあがり、自由落下する篝火を縫い止めた。

岩、大地を自在に操る、属性は【土】


精霊たちと心を通わせ、自然界の力を行使する術。

全部、お師匠さまの受け売りだ。

あの人はこれを【精霊魔法】と呼んでいた。

マナに嫌われた、私の特技。

―――そういえばジーンさんも精霊見えてるとか聞いたかな。


体から力を抜くと、同時に生えていた耳が引っ込む。

明日からは、この力をベルのために役立てよう。

私は壊してしまった篝火を片付け、部屋を後にした。

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