012 我が名は。
月明かりと、それを反射してきらめく雪原。
点在した枯れ木は、おそらくマナの作用だろうか、ほんのりと光を湛える。
深夜であるはずなのに、雲ひとつ無いこの世界は光に満ちていた。
その真っ白い世界に、異質な濃紺のローブ。
その表面は豪奢に金色の刺繍が施され、魔法陣のようなものも描かれている。
フードの中には、まるで人間の髑髏のようなものが無機質にちらりと見えている。
その眼窩はルビーが埋め込まれているかの如く、紅く妖しく光を放っている。
身長はおおよそ3メートルを超えるだろうか。
ローブの隙間から、細い腕―――白骨のみを残した腕が伸び、その生命を感じさせない指がその身長と同じ程の、鈍く光る鋭利な鎌をだらりと掴んでいた。
“エンシェント・リーパー”
その悪趣味な容貌は、我々の目の前で静かに佇んでいる。
奴の足元。真っ赤な絨毯が広がっていた。
冷たい冷気に晒されほのかに湯気を放ちながら、かつて人であった桃色の肉片が、散らばっている。
コンマ1秒にも満たない時間で、少なくとも5往復。
まさに”刈り取られる”ように3人。
無機質な骸骨は、口の端から白い煙を吐く。
まだ足りない、とでも言いたいのだろうか。
「総員下がれ。」
私の前に立っていた隊員を左腕で押しのける。その触れた肩は怯えだろうか、少し震えていた。
始めから、私が前に出ていれば被害は防げただろうか。
いや、彼らの勇気ある行動をそんな思案で踏みにじってはいけない。
「私の後ろにいろ。撃てるものは援護射撃を頼む。」
言いながら、私は右手一本で大剣を奴に向ける。
心のなかで短く詠唱、それに呼応するように体内のマナが沸き立つ感触。
何かに気付いたように、骸骨がカタカタと鳴り出す。
おそらくは私を次の獲物と認識したのだろう。
醜悪な魔物は、その鎌を私に向けて振り下ろそうと大きく振りかぶり、ゆっくりと下ろす。
“ゆっくりと”。
それはまったくもって正確な表現ではない。
鎌は先程、私の大事な仲間を屠った時と同じ速度で、私めがけて振り下ろされている。
違うのは、”私の感覚”だ。
【神経加速】、そう一般的には呼ばれる。
自らの知覚神経を鋭敏化させ、同時に思考速度を上げることで体感時間を引き伸ばすアーツである。
本来あまり長時間は使えないものだが、私の練度ならば20分は持続可能である。
20分。加速された時間がそれだけあれば十分である。
襲いかかる鎌の軌道、その通り道を広刃の大剣が阻む。
神経加速と同時。全身の筋力を強化するアーツも使用している。
この両方を備えた今の私ならば、この緩やかに時間が流れる世界でも通常どおり動ける寸法だ。
こちらも持続時間の限界は20分程度、その長くも短い時間に、全てをかける。
2つの薄い金属塊が盛大に金属音を打ち鳴らし、火花がちらちらと雪原を照らす。
弾かれた反動で間合いが広がる。
どうやら反撃されたのも初めてなのだろう。
くわんくわんと反響音を残す鎌を構えたまま、静止する。
フードの奥の赤い光が、私をしっかりと見据えている。
途端、骸の顎がカタカタと震えた。
その仕草は、まるで好敵手に出会えて笑っているかのようにも見えた。
剣を奴に向ける。
「我が名はレオナルド=ヴァン=セルベルト!いい気になるなよ魔物風情が!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます