011 国境付近

「隊長!」

国境付近、布と支柱だけで作られた簡易陣屋。

息を切らしながら、軽装の隊員が叫ぶ。その声は深夜の冷えた空気に響いた。

顔を見ると、一時間ほど前に出発した斥候部隊のひとりのようだった。

「どうした、ルーク。」

隊長と呼ばれた私は静かに立ち上がり、彼の言葉を待つ。

他の隊員から水を受け取り、一気に飲み干すルーク。

呼吸を整えながら彼は、それでも驚愕の表情を張り付かせたまま報告し始めた。

「北西の方角ここから3キロ、例の魔物が。」

その報告に、ここに居る全員に緊張が走る。

例の魔物。もはやその名前すら語るのも恨めしい。

悪趣味にも死神の姿をした元・獣。

「他の隊員は、やられました。」

「そうか・・・」

これで半数がやられたことになる。

私は目を瞑る。

ポール、ネイ、ビリー、エイジ・・・斥候部隊の面々がまぶたの裏に浮かび、消える。

涙など今は流さない。

隊長として私が今やるべきことは、そんなことではない。

「ご苦労、少し休め。」

衛生兵に彼を任せ、私はテーブルに戻る。

3キロ。目と鼻の先に奴がいる。

報告書によれば感知能力に優れているともある。

おそらく我々には気付いているだろう、襲撃されるのも時間の問題だ。

覚悟を決めねばなるまい。

私は傍らでくつろぐ黒猫を見る。

「クレセリア殿。」

「なんだい?」

私の声に、黒猫は答える。

呼び掛けた人物、その名の示す通り彼女こそがクレセリア公国の王女である。

もっとも、黒猫自体は彼女の使い魔であり、彼女はそれを通して私と会話している。

遠くに見える公国、そこにそびえる巨大な城を見やる。

実際の本人は、おそらく今もあの氷の城にいるのだろう。

学のない私には、人工魔術というものはまったく計り知れない。

「公国の魔術士を何人かお借りしたい。」

本作戦は共和国の部隊を主軸に編成されており、彼女ら公国側はお手伝いという形で参加している。

その事を無責任と考えるものもいるだろう。

しかし、元々クレセリア公国は魔物に対して基本的に不干渉の態度を取る国である。

それを踏まえると、本作戦に参加してくれていることが驚きである。

さらには王女自ら使い魔とはいえ本陣に出向いてきている。

何の意図があるのだろうか、いや今は不要な事を考えている場合ではない。

「いいよー。」

前脚で自分の顔をぐりぐりと撫でながら、気の抜けた返事でクレセリアは即答する。

「僕の許可なんて取らなくても、彼らなら自発的に君についてくさ。君たち、ちゃんと勉強しておいで。」

黒猫は大きな口をあけ、欠伸をする。

欠伸に合わせてか、控えていた魔術師たちは誰ともなく立ち上がる。

クレセリア女王曰く、彼らは全員が女王のお墨付き、一騎当千の精鋭だそうだ。

その数は10人、十分な助力だった。


もう一度、周りを見る。

部隊員たちの真剣な顔が、私を見ている。

彼らはひとり残らず、私が次に言うであろう言葉を待っていた。

まったく、いい部下を持った。

私は立ち上がり、息を吸う。

「全部隊集合!3分後に出るぞ!指揮は私が執る!」


陣内に隊員たちの返答が大きく、こだました。

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