009 甘いものは、あまり得意ではない。
甘いものは、あまり得意ではない。
俺の目の前には胸焼けしそうな甘ったるい匂いを放つ、分厚いパンケーキが2枚。
温かい湯気を漂わせながら、皿に載っていた。
その上にはこれまた甘そうなソースがかけられている。
メニューをもう一度見る。やはり、こういった「甘いもの」しか見当たらない。
周りを見回す。丁寧に磨かれたウォールナット材をこれまた丁寧に組んで作られた店内は、女性客が殆どを占めている。
連れ去られるまま入ったものの、どうやら俺のような人間は場違いな店のようだ。
「食べないの?」
そう言うルカは、彼女は既に自分の分を綺麗に平らげている。
不思議そうに輝くエメラルドの瞳は、こちらの場違い感など気付いていないようだ。
まぁ、たまにはこういうのもありか。
俺は観念してフォークを刺す。
肉なんかよりも遥かに柔らかい、切るというよりも崩れると形容すべき感触。
ふわふわとした初めての感触が、そこにはあった。
とろりとしたシロップソースが、フォークを刺した断面から滲む。
パンケーキ本体のほのかな温かさに感化され、シロップの芳醇な甘みがふわりと漂う。
一口大にしたパンケーキを口に放り込む。
糖蜜の強い甘みが口中を占める。それは味覚に無理矢理訴えかけるような安っぽいものではなく、正しく素材が持つ本来の甘みだろう。
その奥でパン本来の自己主張しない甘みが、優しく味覚をくすぐった。
おそらく使われているミルクだろうか、砂糖では作り出せないまろやかな甘みだ。
たまにはこういうのもありだ。
「そういえば、どこか行く途中だった?」
ウェイターを呼び、同じものをもうひとつ頼みながらルカは訊く。
まだ食べるのかこの少女は。
「ああ、公国の越境許可証を貰いにな。」
特に隠す必要もないだろう、俺はそのままを伝える。
「えっ!?私も行きたい!ミカちゃんにも最近会ってないし!」
机から身を乗り出すようにして、ルカはずずいとこちらに迫ってきた。
四色の絹糸で編まれた、素朴ながら丁寧に作られた髪飾りが揺れる。
確か自分で作った、と言っていただろうか。
俺は圧倒され、体ごと下がるも椅子の背もたれに阻まれる。
「遊びに行く訳じゃないぞ・・・ジーンの護衛だ。」
その言葉を聞くや、不満そうな顔を見せる。
よくもこんなにコロコロと表情を変えられるものだ、これが女というものだろうか。
ふと、無愛想な相棒の顔が頭に浮かんだ。
いや、きっと目の前の彼女だからだろうなと思い直した。
「えー・・・じゃあ、余計行く。」
どういう理屈だ。
口を尖らせながら、袴に皺がつかないよう丁寧に座り直しながらルカは呟く。
不機嫌な表情はそのままだった。
「好きにしろ・・・」
ルカは自分がこうと決めたら絶対に曲げない。止めても無駄だろう。
「やったー!」
ルカは店中に響くような声で喜びを上げる。
周りの客が何事かと驚いてこちらを向くのが見える。
その事に気付いているのは俺だけのようで、目の前の少女はそんな事も露知らず、今しがた届いたパンケーキにフォークを差している。
その後ろで銀色の尻尾が、ふわりふわりと揺れる。
一人でこんなにも賑やかに出来る人間がいるのだな。
まったくもって、見ていて飽きない。
どこぞの奴も見習えばいいと思う。
「あ、でも。」
ルカは急に食べる手を止め、こちらを真面目な顔で見る。
「今、国境付近で避難勧告出てなかったっけ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます