007 お茶を口に運びながら、メイは言う。

「ベルくんもだいぶ落ち着いてきたねー。」

計算が終わったのだろう。カップに残ったお茶を口に運びながらメイは言う。

「馬鹿なだけでしょ。」

公国への長旅、その為の保存食を用意する。往復で少なくとも一週間は見ておいたほうがいいだろう。

現地でも材料の保存処理をする必要があるし、機材も持っていかないといけないな。

「でも初めて会った時なんて・・・」

何もない天井を見つめるメイ。きっと、あの日の事を思い出してるのだろう。

「さすがに三年も経てば、ね。」

棚を探りながら、あの日の光景を私も思い出す。


外に出るのも嫌になるような豪雨。

厚い雨雲に日光は遮られ、昼だと言うのに夜のような暗さの街。

足早に思い思いの方向へ走る人々。

商品が濡れてはいけないと店を畳む店主。

その中で、空を仰ぐようにただ眺める、鷹の目の青年。

子供のように無垢な瞳で、雨など気付いていないような顔で。

けれどもその姿は、雨以上に血で汚れていて。

まるで彼だけ時間が止まっているかのように、ただひたすらに空を見上げていた。

平和な町並みの中で、その姿はあまりにも異質だった。


「そういうものかなぁ。」

「馬鹿だもの。」

あの日のことを聞いても本人は何も語らない、語る術を持たない。

時間でしか解決しないことも、この世界にはあるのだ。

「そういうものかなぁ。」

「そういうものよ。」

準備をひと段落させ、長ソファに戻る。

ふかふかの感触が、徹夜明けの体に心地よく、意識を手放してしまえと誘惑する。

「はいこれ、毛皮の買取り明細とお金。」

差し出された書面を受け取る。

そこに書かれていた金額は、思っていたよりも多い。

「状態がいいから少し色つけさせて貰ってるよー。ベルくん案外、そういう仕事してたのかもね。」

そんな彼女の憶測を聞きながら、先程飲みそびれたハーブティーを頂く。

少し冷めてしまっているが猫舌の私には丁度いい。

敢えて言っておくと、猫舌は亜種の特徴とは関係ない。

ただの比喩表現だ。

こんな可愛くない特徴がふたつもあってたまるものか。

生まれてからずっと心の片隅に溜まっているもやもやを心のなかで呟きながら、頭に生えた巻き角を指でなぞる。

鬱屈とした気持ちのまま、目の前の彼女を見る。

どうしたのかな?と言いたげにかしげる頭に、小さい耳が揺れる。


私も、メイみたいな可愛い特徴なら良かったのに。

誰にも聞こえないように、私は心のなかだけでため息をついた。

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