003 ぼーっとするな!

キラーベアの腕は、私の頭上で止まっていた。

その腕は、ベルベットの投擲した剣で背中から腕まで一直線で串刺しにされている。

鉄製の支柱を埋め込まれ、ピクリとも動かせなくなった腕。

痛みに吠えるキラーベアの咆哮が鼓膜を襲う。

「ぼーっとするな!」

後ろから怒鳴り声。間一髪、助けられたらしい。

その間に胴体からハルバードを引き抜き、後退。

―――私はやっぱり、前に出て戦うのは苦手。


「あなたの取りこぼしでしょう、ベル!」

私はベルに向って叫ぶ。

これは半ば八つ当たりだな、とも思うけれども。

白詰草の刺繍が施された外套のポケット。

そこから手のひら大のケースを取り出し、蓋を開く。

その中には20本ほどの細身の剣が収納されている。

ただし、一本あたり長さは12センチ程度の極小サイズ。

「【解凍・極小化アン・ミニマイズ】」

ケースに描かれた魔法陣に触れながら、短く詠唱。

それに呼応するように私の周囲とその魔法陣から先程のベルベット同様、光の粒子が溢れ出す。


【人工魔術】と呼ばれるものがある。

私達亜種が確認される以前から存在する、マナの利用方法。

触媒や呪文などの手続きを必要とする代わりに、誰もが練習や修行次第で扱える。

それはまさに、人類の叡智の結晶だった。

マナの光を吸い込んだ小さい剣を2本、ベルベットへ向けて投擲。

それが彼の足元へ刺さる頃には、彼が使っていた剣と遜色ない大きさまで”復元”されていた。

【極小化】、それは私の得意とする人工魔術のひとつ。

その効果は単純明快、物質の大きさを極限まで小さくして持ち運ぶというもの。

ただし重さは据え置きという制限つき。

先程のケースには、既にその魔法がかけられた剣が収められている。

今私が行ったのは元に戻す魔法だ、元々があの大きさである。

ベルベットは、細身の剣を好んで使用している。

今回のように敵が多い場合などは二刀流で対抗出来るなど、そのほうが都合がいいらしい。

しかし、その剣は彼の筋力と見合っていない。

そのため戦闘中に剣がその筋力に負け、刀身が砕けることもある。

アーツなど使えば、さらに顕著だ。

実際、私の目の前に居た魔物を貫いた剣。

細かいヒビがあちこちに見えていた。もう一振りもしたら折れていただろう。

そういう時の為のスペアを、後方支援メインとして、私が常備しているのだ。

―――そのためこのコート、想像以上に重たいのだ。身軽に動けなくても許して欲しい。


私が運んで、彼が戦う。

これが私達の、役割分担。


剣を地面から抜き取ったベルベットは痛みに吠えるキラーベアに突進。

彼に呼応した空気中のマナが光の尾となり、彼を追う。

その身体はそれすらを越えるようにさらに加速、加速。

全てのスピードをエネルギーとして突撃し、魔物の腹部に全て炸裂。

血飛沫となって可視化された衝撃波の輪を置き去りに、さらにその後方に居た2体のキラーベア共々、吹き飛ぶ。

破壊力を殺しきれなかった二振りの剣も、中程から真っ二つに折れその先端を宙に舞わせ、地面に深く刺さる。

ひとつの塊と成り果てた魔物たち。

通り道の焚き火と鍋と、巨木を3本程薙ぎ倒し、4本目の木でようやくその勢いを止めた。

凄まじい衝撃に全身を痙攣させ、口から血泡を吹き出す魔物たち。

程なくして、ズルズルと力なく滑り落ち、ピクリとも動かなくなる。


「これで全部か。」

中程から折れた剣の切っ先を引き抜きながら、ベルベットは呟く。

「そうね。」

周りを見渡す。

赤黒い血で濡れた芝生と、大小さまざまな獣の肉片。

動いている魔物はもう、付近には居なかった。


「鍋を巻き込んで無ければ、完璧。」

私は足元に転がる料理を眺めながら、大きくため息をついた。

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