002 【魔物】、そして【亜種】

キラーベア。

それは熊が魔物化したものの総称である。

そもそもの話、魔物というのはあまり姿形に法則性はない。

あるものは頭部が肥大化したり、あるものは角が生えたり、あるものは全く別の動物の器官に変形したりする。

進行度が酷いものは原型すら留めていないと聞く。

かといって、それらを全部「魔物」と一括で呼ぶのは私達に不便。そのため何かしら名前が付けられている。


元々の動物がマナによって変質する。

―――私達、【亜種デミ】と同じだ。


私の羊の角や、ベルベットの鷹の目。

生まれたときから「人にはない器官」を持つ人々を、この大陸では【亜種】と呼んでいる。

遥か昔の時代では、その奇妙な見た目から気味悪がられていたらしい。

しかし、その評価は今や180度変わっており、亜種が人口の20%を越えたとされる現代では「世界に祝福された子供」とまで言われるようになっていた。

基本的な身体能力の高さや、マナの扱いの上手さ。そう呼ばれる大きな理由としてはこの2点だろう。

「マナの干渉を受けた」という点では魔物と同様ではあるが、嬉しいことに魔物とは違い性格が凶暴化するなどの悪影響は確認されていない。


けれども、私の隣にいる男。

2桁の魔物に囲まれて、恐怖どころか笑顔を浮かべている。

彼の病的なまでの戦闘狂ぶりを見ていると、それが本当であるかは信用出来ない。


最初に突撃してきたキラーベアが、ベルベットに襲いかかる。

私の身長の2倍以上はあるだろうか、その巨体からは想像の出来ない速さで彼に迫る。

肥大化した爪が、ベルベットの頭に向けて真っ直ぐに振り下ろされる。

しかしその爪先が肉を引き裂く感触を得ることは出来ず、彼の持つ細身の剣に阻まれる。

振り下ろした腕は勢いを殺しきれず、そのまま手のひらを切り裂かれる。

乾いた土に赤い斑点が描き出され、肉片となった五指がぼとりと転がる。

重たい部分を失い体勢を崩したキラーベア、その額をもう一本の剣の切っ先で穿ち、後頭部から貫いた剣先が伸びる。

そのまま力任せに横一閃、頭蓋を砕き頭部を両断。

叫び声を上げる間もなく静かになった凶熊が、力なく膝から崩れ落ちる。

獣の返り血に塗れた顔は、やはり薄く笑っていた。


背後で構えていたキラーベア達が揃って一歩、後ずさるのが見える。

――――目の前の人間が危険、と本能で感じたのだろう。

そのスキを見逃さず、ベルベットは一番大きな群れに向かって一足飛びで間合いを詰める。

瞬間、ベルベットの周囲。

何もなかったはずの空間に、蛍のように無数の光の粒子がふわふわと輝き出す。

空気中に漂うマナ、それが活性化し可視化しているのだ。

光の粒子はひとつ残らずベルベットの身体めがけて寄り集まり、吸収される。

光の奔流を身にうけ、水平に掲げた剣を強く握り直す。

飛び込んだ体勢のまま左足を軸に一回転、旋回。

その刃の軌道はキラーベア達に一歩届かない、ように見えた。

一拍遅れて、赤黒い血しぶきが熊達の背中から噴出、大きな弧を描き出す。

刀身以上の刃渡りを持った、光速の一閃による衝撃波。

目に見えない一撃が、キラーベアの群れを切り裂いていた。


空気中に存在するマナ。

そのエネルギーを利用して超常の力を行使する能力。それらは一般的に【アーツ】と呼ばれていた。

アーツにより瞬間的に強化した膂力で刀剣を振り抜き、真空の巨大な刃を生み出して周囲を一気に切り裂く。―――本人は旋風剣とか呼んでいたかしら。

通常の人間には出来ない、マナを体内に取り込むことが出来る亜種だからこそ出来る芸当だ。


上下に分かれたキラーベアたちは次々と崩れ落ちていく。

群れから離れていたため分離させられることを逃れた一体が、咆哮、絶叫。

――――私のほうが、そいつには近い。

飛び込み、その大きく開かれた口腔に向かって私はハルバードをまっすぐ突き立てる。

ゴポゴポと口許から溢れる血が、刃を汚していく。


背後からの殺気。

迂闊にもそれが襲いかかる気配を見逃していた。

ハルバードを乱暴に引き抜き、その勢いのまま後ろへ振り抜く。

斧刃が胴体に食い込むも、勢いが弱かった。浅い。

上げた顔の先。

キラーベアと目が合う。

痛くも痒くもないとでも言いたげに妖しく輝く、赤。

その腕が私へ向けて、振り下ろされた。

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