リバース・フロンティア - Rebirth Frontier -
純華(Sumika)
第一章 - ジーンとベルベット -
001 焚き火の音が静かに響く。
【フロンティア】
その呼び名が付けられた理由は諸説ある。
“人間と魔物の狭間”。
あるいは”財宝へ至る最前線”。
あるいは”生存可能な死線”。
あるいは”既知と未知の境界線”。
あるいは、”常識の境界線”。
日々塗り替えられる、地図の上の
この世界の真実を知りたいと願うのであれば、
我々人類は・・・いや、俺はその先を目指す必要があるのだ。
―――――――「オーティエンの手記」より抜粋
◆ ◆ ◆ ◆
パチパチと焚き火の音が動物たちの寝静まった森に静かに響き、耳に心地よい。
羊の角を両こめかみに持つ女性は鍋をかき混ぜながら、空を眺めていた。
艶のあるライトブラウンのポニーテールが、首の動きに合わせて揺れた。
雲ひとつ無い空に、まん丸の満月が見える。
その傾き方を見るに22時くらいだろうか。
季節は冬でないにせよ、夜風は冷たく吹き体温を奪っていく。
自分の身体よりも一回り大きめ、ポケットばかりが多く、色気のない、枯葉色の外套を毛布代わりに寒さを凌ぐ。
その女の名前はジーン=クローバー。
と言うよりは、私である。
鍋から良い香りがふわりと漂う。
もう1時間も煮込めば満遍なく味も染み込むだろう。
肩口にワンポイントとして縫い付けた白詰草の刺繍をなぞりながら、もう一度空を見上げる。
その視界に広がっていたのは、先程と変わらない空。
もうそろそろだろうか。
私の傍らでは、暗灰色の髪を後ろできつく三編みで縛った、長身の男が寝転がっているのが見えた。
相棒のベルベットだ。
黒を基調としたフィールドコートと、動きやすさを求めた軽装。
彼は倒木を枕にし、仰向けになり眠るように目を瞑っている。
鞘のない、白銀の刀身を持つ細剣が2本、彼の傍らに置かれ、刀身が焚き火の明かりをゆらゆらと反射していた。
その横顔を眺めていると、唐突にベルベットは目を見開く。
瞼の下には琥珀色に輝く、綺麗な鷹の目があった。
「来たか。」
短く一言。
その気配には私も気付いていた。
気配――――明らかに通常の獣が放つレベルではない、”魔物の殺気”。
それも私達を取り囲むように、複数。
理由は明白だ。
焚き火にかけられた鍋の中、魔物が好みそうな肉や野菜がふんだんに使われている。
香辛料でさらに美味しく煮込み、その香りを森中に撒き散らしている。
彼らがそれを頼りに私達のところへ来るのは道理というもの。
もちろん、私の無知からそんな危険な鍋を作っていたわけではない。
おびき出したのだ。
私達の目的はキャンプファイアではなく、奴ら魔物だ。
鍋をかき回して約3時間。ようやくと言った所。
この世界に満ちる神秘物質、【マナ】。
それは自然界に存在するエネルギー資源として広く知られ、利用されている。
しかし、マナが体内に過剰に取り込まれた場合、動植物は魔物へと成り果てる。
魔物たちは運動能力が大きく向上し、奇形化する。
そしてほぼ例外なく、凶暴化して人間や他の動物を襲うようになる。
端的に言ってしまえば、”放っておくと危険な奴ら”である。
基本的に魔物が見つかった際は、共和国の騎士団や傭兵ギルド等が討伐部隊を編成、あるいは賞金稼ぎやフリーの戦闘民族が手配書片手に始末する。
けれどもそんな稼業も常に人手が足りている訳でもないようで、時折私達のような”なんでも屋”に依頼が舞い込んで来ることもある。
―――正直なところ、私はあまり荒事は得意ではないのだけれども。
「ざっと11体、報告の数には少し足りないか。」
立ち上がり、細身の剣を水平に、腰の高さで構えるベルベット。
彼の猛禽類然とした鷹の両目が、獲物を得たと輝いている。
「鍋だけは気をつけてね、今日の晩御飯も兼ねてるんだから。」
ため息をつきながら、私も側に置いていた愛用のハルバードを掴み、立ち上がる。
魔物側も準備オーケーのようだった。
こちらに気付き、もはや隠れる必要はないとでも言うような低い唸り声が聞こえる。
直後、茂みの小枝が勢いよく折れ散る音が鳴り響き、こちらへ突撃してくる影が見えた。
それが彼らなりの、開戦の合図だった。
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