第38話

「誰だ?」


「さすがですね、エル様。

 グッスリ眠られておられたのに、あっしが近付くと目を覚まされた」


「いい剣術指南役に鍛えられたからな。

 それで何のようだ?

 このような夜更けに屋敷に忍び込み、寝室をうかがうなど、冗談では済まされないぞ?」


「クリス様が一大事です。

 急ぎ屋敷を抜けだす準備をしてください」


「なに!

 クリスさんの一大事だと⁈

 どういう事だ?

 何が起こった?」


「本当に急ぐんです。

 道々話しますんで、エル様は準備をお願いします」


「分かった。

 準備するから部屋に入って話せ!

 それよりどれくらいの武装をすればいい?」


「厳重に警戒された屋敷に忍び込んでもらわなければなりません。

 強行すれば、クリス様に害が及ぶ可能性もございます」


「分かった。

 革鎧を着こみ、グレートソードを持っていこう。

 話せ」


「クリス様はある貴族家の一人娘なのでございます。

 婿になる者は、貴族家を継ぐことになります。

 家格に応じた婿を探していたのですが、そのために家臣が争っております。

 それだけならよくある話なんですが、事もあろうに重臣の一人が、自分の息子をクリス様の婿にしようと邪心を抱いたのです。

 用意できましたね。

 じゃあ後をついて来て下さい」


 わしが手早く装備を整えている間に、早口でグフトが説明してくれた。


「ふむ。

 だが、血筋の問題があるな。

 その奸臣と言うのは、主家の血が流れているのか?」


「よく分かりましたね。

 さすがエル様だ。

 その重臣というのは、元々野心家で、先代の姫様を誑し込んで妻にもらい受け、出世の糸口にしたと言う話です」


「ではその奸臣というのは、御当主の義兄弟と言う事になるのか?」


「はい。

 義弟と言う事になります」


「奸臣の息子と言うのはクリス様の従兄弟になるのだな?」


 わしは屋敷の庭を抜け、塀を飛び越え、夜道を駆けた。

 時に道を行かず、町屋の上を飛び越えて早道をしながら話を続けた。


「はい。

 御当主様はなかなか子に恵まれませんでしたので、従兄に当たられます」


「貴族家の血を残すという点だけを考えれば、一番の候補とすべきだ。

 ところがグフトの口ぶりでは、多くの重臣は反対のようだ。

 よほど出来が悪いのか?」


「はい。

 その性質は粗暴にして狷介、家に務める侍女に対する乱暴狼藉、家中での評判は最悪です」


「なるほど。

 そこでクリスさんを密かに見守るべき、重臣の一人がグフトに守護の役目を与えたのだな?

 いや、何かの伝手を頼って外部から雇ったのか?


「さすがエル様だ。

 何でもお見通しになられやすねぇ!」

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