第37話

「エル様。

 クリス様は来られませんね」


「ああ、そうだな。

 だがこれでいい。

 こんな所でクリスさんを長い間待たせるようなことになったら、それこそ盗賊ギルドの連中が何をしでかすか分からんからな」


「エル様は優しいですねぇ」


「騎士が貴婦人を護るのは当然だ。

 いや、町家であろうと、漢が婦女子を労わって当然であろう」


「まぁ、建前はそうなんですが、当世そうでもない騎士擬きが横行してましてね。

 何とも残念な世の中になってますよ。

 そうでなければ、盗賊ギルドがあんなデカい顔なんかできませんよ」


 確かにグフトのいう通りなのだろう。

 王家王国の直属騎士団や役人が本気で取り締まれば、盗賊ギルの等簡単の殲滅できるはずだ。

 それをしないと言うのは、賄賂が横行していて、取り締まりに手心を加えているのであろう。

 何とも情けない世の中だ。


「ああ、グフトのいう通りなのだろうな。

 だがわしはそんな世の中は嫌だな。

 貴族家の一族に生まれ、騎士となるべく育てられた以上、誇りを持って生きたい。

 独立できるのなら、民が安楽に暮らせる世の中にすべく、尽力したいモノだ」


「本気ですか?

 そんな事をすれば、クリス様を巻き込んでしまいますよ」


「そう、だな。

 それはいかんな。

 民を安楽に暮らせるようにと考えたのは今だ。

 その前にクリスさんと約束している。

 まずはクリスさんとの約束を優先して、その後の事はクリスさんとよく相談して決めよう」


「ふぅぇぇぇ、何でもクリス様に相談するんですか?

 エル様は本当にクリス様が好きなんですね。

 ですがこう言っちゃなんですが、クリス様には昨日初めて会われたんでしょう?」


「そうだ。

 だが人との出会いは運命ではないのかな。

 一目見て恋に落ちる事もあれば、仇敵となる事もある。

 わしがグフトと会ったのは今日初めてだし、グフトがわしを見知ったのは昨日が初めてではないか。

 それでもグフトは召し抱えてもらいたいと思い、わしも条件さえ合えば召し抱えてもいいと思っているではないか」


「まあ、確かに、そう言われればそうなんですがね……」


 さて、グフトは何を考えているのだろうな。

 よくよく考えれば、これほどの技を持った男だ。

 どっかの貴族家に仕える密偵の可能性もあれば、貴族家の失態を集めて取り潰そうとしている、王家の密偵の可能性もある。

 本当にどこにも所属していないのなら、少々の無理をしてでも召し抱えるべきなのだろうし、王家の密偵であれば、この場で斬り殺さねばならんのだろうな。


「エル様。

 少々気になる事があるんで、今日はこれで失礼させていただきます」


「そうか、ではここで別れよう。

 気が向いたら明日も来ればいいし、気が変わったらもう来なくていい。

 さっきの話はなかった事にしよう」


「分かりやした。

 ではあっしはこれで失礼させていただきやす」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る