第35話

「若様。

 昨日今日とずいぶんと御活躍ですね」


 さっきの小柄な男だ!

 家々の屋根を飛び越え、自分でもどこか分からない道に飛び降りたのに、どうやってわしの居場所が分かったのだ?

 それ以上に、わしが昨日も今日も盗賊ギルドと争ったことを何で知っている?


「貴公こそさっきはたいそうな活躍であったな。

 それに、何でも知っているようだな。

 貴公はどこの誰だ?」


「ただの盗賊ですよ。

 それも盗賊ギルドに所属していない、立場の弱い盗賊です。

 ただ、盗賊ギルドに所属していないんで、アコギなまねをしてまで金を盗む必要がないんでさ」


 話しながらも先を急ぐ。

 飛び越えた屋根から見た景色から大体の位置を予測して、昨日より大回りをして、水路を越えて第二屋敷に行くことにした。

 第一屋敷に戻ったら、もう一度屋敷を抜けだすのが面倒だからだ。


「おや?

 第一屋敷に戻られるんですか?

 ああ、そうじゃないですね。

 大廻りしてでも第二屋敷に戻られるという事は、再度橋に向かってクリス様を待たれるんですね」


「貴公どこまで知っている?

 何が目的だ?」


「どこまでと聞かれれば、若様がリヒトホーフェン伯爵家の公子様だというところまでですね。

 目的と言われたら、おもしろそうだからとしか言いようがありませんね」


 この男の言う事を全部信じる訳にはいかないが、おもしろそうだからわしをつけたというのは本当だろう。

 よほどモノ好きでなければ、盗賊ギルドとケンカしようとは思わない。

 そうすると、わしもよほどのモノ好きとなるのか、まいったな。


「まあ、いい。

 細か事は聞かん。

 だが名前だけは教えて欲しいな」


「グフト・フォルベックといいます。

 どうぞお見知りおきください」


「ではグフト。

 どこまでついて来る気なのだ?」


「そりゃあ若様が橋に行って、一人待ちぼうけで泣きっ面になられる所までですよ。

 若様は本気でクリス様が今日も屋敷を抜け出せると思っているですか?

 そりゃあまりに楽天的過ぎますぜ」


「若様は止めろ。

 エルと呼べ、グフト」


「口の利き方が無礼だと斬りかかってきちゃ嫌ですぜ」


「バカな事を言うな。

 わしはバカではないぞ。

 グフトに斬りかかったら、殺されるのはわしの方であろうが」


「そうでもありやせんぜ。

 エル様は追い込まれて真価を発揮される方のようだ。

 下手に殺し合いになったら、あっしのほうが死ぬ事になるかもしれない」


 本当にこの男は何者だろう?

 盗賊ギルドと争っていたからといって、正義の味方とは限らない。

 盗賊ギルド内にも派閥争いはあるだろう。

 新興組織が盗賊ギルドにとって代わろうとしているのかもしれない。

 そもそもわしには、盗賊が組織したギルドが一つだという確証もないのだ。

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