第33話

 爺の事が全く心配ではないとは言わない。

 自分のやった事のつけを、爺に押し付ける事を恥ずかしく思ってもいる。

 だがそれ以上に、爺なら大丈夫だという信頼感の方が強い。

 爺も若い頃は冒険者として名をはせていたという。

 いや、冒険者としての声望と実力があったからこそ、微禄の家柄にもかかわらず、わしの傅役に抜擢されたのだ。


 わしはこれ以上家臣に迷惑をかけないように、身体を屈めて人込みに埋没しようと努力した。

 頭一つ高い身体と、特徴的な金髪碧眼を隠すためだ。

 黙ってヨハンの後に従ったが、どうやらパウルの店に向かうようだ。

 ヨハンの優しさに気持ちが温かくなる。


 並の家臣ならば、安全な第一屋敷か第二屋敷にわしを連れて行こうとするだろう。

 だがそれでは、わしの願いであるクリスさんに会う事ができない。

 万が一クリスさんが約束通り橋に現れた時には、クリスさんを待ちぼうけにさせ、わしの名誉が傷つく事になる。


 ヨハンはそんな事にならないように、いったんパウルの店で隠れ、隙を見て橋に戻るつもりなんだ。

 本当に屋敷の家臣達とは雲泥の差がある。

 この臨機応変な対応が、実戦経験の差であり、実力に裏打ちされた騎士の自信なのだろう。

 わしも一日も早く、ヨハンのような経験と実力の伴った騎士になりたいものだ。

 そんな事を考えながら歩いていたのだが、真直ぐにパウルの店にはたどり着けなかった。


「若。

 離れてください」


 ヨハンが離れてくださいと言葉にする前に、ヨハンの気配が変わった事で、何か一大事が起こった事が分かった。

 だからヨハンが自由に動けるように、少し後ろに下がった。

 当然その前に、後方に危険な気配がないか探ったが、さっきヨハンが口にしていたように、その道の達人なら、わしに気配を悟られることなく、すでに背後をとっているだろう。


 いや、その時はヨハンが動いてくれていたはずだ。

 ヨハンが少し前に出たという事は、敵は前方にいて後方は安全だという事で。

 まあ、ヨハンでも気配が感じられない敵がいれば、その限りではないのだが、その時は仕方がない。


 敵もヨハンに悟られた事が分かったのだろう。

 隠れていた裏長屋の入り口から姿を現した。

 剣士風の大柄な男が一人と、暗殺者を体現したような小男が一人。

 ヨハンがさっき言っていた強敵と言うのはこういう男達なのだと、はっきりと理解できる、独特の雰囲気がある。

 姿を現したことで、明らかにわしを狙っていると分かるのだが、剣の訓練で学んだ殺気がまったくもれていない。

 ヨハンが気付いてくれなかったら、わしは間違いなく何も気付かないうちに殺されていた事だろう!


「若。

 背中を見せず、ゆっくりと、逃げてください」

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