第32話

「ウギャ!」

「グゥフ」

「ジュギャ!」


 小柄な男の攻撃が早くなった!

 眼にも止まらぬ速さで前後左右に飛び跳ねて攻撃を繰り返す。

 もはや虐殺にしか見えない。

 しかも殺した盗賊ギルド員の財布を探る余裕まである。


「どいつだ!

 とうぞくグッア!」


 応援に駆け付けた盗賊ギルド員まで殺している。

 もう十六人も殺している。

 まだまだ余裕があるようだ。

 あ、昨日わしに絡んだ奴が現れた!

 が、直ぐに一撃で殺された。


「若。

 このまま若と絡んだ奴が皆殺しになればいいのですが」


「そうだな。

 わしはいつでも盗賊ギルドと戦う覚悟はあるが、クリスさんに何かあると困るから、ここで死んでくれれば安心だ」


 ヨハンもたいがいな事を言うが、わしも身勝手な事を口にする。

 これがさっきヨハンが言っていた「完全な善人など滅多にいません」という事なのだろう。


「どいてもらおうか」


 小柄な男が五十人を超える盗賊ギルド員を殺した頃、一人の剣士がゆうゆうと現れたが、その身にまとう殺気はただ者ではない。


「なかなか強そうに見えるが、ヨハンはどう思う」


「確かに弱くはありませんが、殺気を表に出し過ぎています。

 あれでは、敵を呼び寄せるか逃がしてしまうかです」


「それは、冒険者視点であって、剣士視点ではないのではないか?」


「人間相手でも同じですよ。

 殺気は隠しておかないと、勝てないと思えば、間合いに入られる前に逃げ出せばいいし、勝てると思ったら先制攻撃すればいいのです。

 じきに分かりますよ」


 ヨハンの言う通りだった。

 小柄な男はそのまま逃げだしてしまった。

 包囲網を作っていた盗賊ギルド員は皆殺しになっているから、今なら逃げられる。

 勝てないと判断したのか?

 だがまあそんな事はどうでもいい。

 全て終わった事だし、わしには関係ない事だ。


 それよりもクリスさんとの約束だ。

 昨日人混みを嫌っていたから、こんな状態の中で橋には来られないと思う。

 思うが、万が一と言う事もある。

 わしとの約束を守るため、無理して橋に来てくれたのに、わしが気がつかずに会えないなど、絶対にあってはならない。


「やあ!

 あいつだ!

 あいつが昨日の騎士だ!

 叩きのめしてください!」


 まいった!

 後ろから昨日もめた盗賊ギルド員の一人が、仲間と共に近づいていたのだ。

 迂闊であった。

 こんな押し合いへし合いしている人混みでは、威圧も使えないし剣も抜けない。


「ヨハン。

 若を連れて屋敷に戻ってくれ」


 爺が厳しい表情でヨハンに命令をする。

 だが爺を一人置いて逃げるなどできる事ではない。


「何をするつもりだ、爺。

 わしも残る」


「足手まといですよ、若

 ここは歴戦の爺に任されよ」


 ヨハンに怒られてしまった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る