第23話

 屋敷を抜け出して好いた女性と会うのに、師匠格に護衛を頼むなど、情けないにもほどがあるが、背に腹は代えられない。


「好いた女性と逢い引きですか?」


 ヨハンは何でもお見通しだ。

 護衛を引き受けてくれるのなら、今隠しても何の意味のない。

 だが、まあ、最初から逢い引きのために屋敷を抜け出したわけではない事は、ちゃんと説明しておかないと、好色漢と思われてしまう。


「その通りだが、最初から逢い引きのために屋敷を抜け出したわけではないぞ。

 最初は屋敷を抜けて自由に町を歩いてみたかっただけなのだ。

 それが町で天使のような女性に出会ってしまったのだ。

 あの女性こそわしの運命の人だ。

 だから明日また会う約束を交わしたのだ」


「浮いた話一つなく、色んな意味で家臣が心配していた若様から、そのような言葉を聞くことになるとは、想像のしていませんでしたよ。

 まあ、今度は別の意味で心配なんですが」


 なんと!

 わしは家臣達から男色の疑いをもたれていたようだ。

 色欲がないわけではないが、全てを剣術や魔法の訓練に昇華させていただけだ。

 不義を行わないように、必死で我慢していたのに、なんたることか!

 それに今度は、わしが変な女に騙されていると、ヨハンが疑っている。

 クリスさんの名誉のためにも、ちゃんと説明しておかなければならん!


「失礼な事を申すでない!

 相手は貴族家の公女だ。

 変な女に騙されている訳ではないぞ」


「しかし若様。

 貴族の公女様と、どうやって町場で出会われたのですか?」


 ヨハンはまだ疑っているようだ。

 もっと詳しく説明するしかない。


「わしと同じだ。

 賢明なクリスさんは、後学のために一度買い物としてみたいと思われたのだ。

 そして勇気を出して、侍女を供に屋敷を抜け出されたのだ。

 そこでわしと運命の出会いをされたのだ」


「もしそれが本当でしたら、相当はねっかえりの公女様なようですね」


 ええい、腹立たしい!

 クリスさんを悪く言いおって!

 まだ疑わしそうにわしの顔を見つめている。


「これは後々のためにも、その公女様のお顔を見ておかねばなりませんが……

 ですが私も、若様が屋敷を抜け出す手引きをしたと疑われるのは嫌です。

 どうしても護衛が必要だと思われるのでしたら、傅役のヘルムート殿から許可をもらってください。

 もし若様の申される通りに、貴族家の公女様と出会われたのでしたら、結婚するにはヘルムート殿の手助けが必要になりますよ」


 最初は困ったような声色で話していたヨハンが、最後は真剣な声で助言してくれた。

 先を歩くヨハンの背中が大きく見える。

 ここはヨハンを信じて助言通りにすべきだな。


「着きましたよ。

 この店を覚えておいてください」

 

 

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