第20話

 クリスさんとアンさんは、御老人たちに護られてカール橋の方に歩いていった。

 クリスさんとアンさんの腰に、ゴロツキから奪った剣が吊られているのが眼に入る。

 

 あのようないわくつきの剣は、盗賊ギルトに眼に付けられないように、わしが持っておくべきだったと、今さらフッと思い浮かんだ。

 何とも情けない話だが、天使のようなクリスさんに出会えたことで舞い上がっていたのだろう。

 こんな事では伯爵家の領主一族として、民を導いていくことなどできない。


 でも今から追いかけて剣を返してもらうのは印象が悪すぎる。

 真直ぐ自分の屋敷に帰るにしても同じ道なので、後を尾行しているようで更に印象が悪い。

 時間を潰す意味でも、シュプレー川の方に目をやり、クリスさんとの出会いを思いだす。


 クリスさんの天使のような美しい顔がまぶたに焼きついている。

 クリスさんの柔らかで温かい手の感触が右手に残っている。

 それどころか、クリスさん自身が押しつけてくれた、柔らかで弾力のある胸の感触がまざまざと残っている。

 貴族令嬢としてはとんでもなくはしたない行為なのだが、わしの事を夫だと思ってくれての行動だと思うと、心から喜びが湧きあがってくる。


 だが明日の約束を事を思うと、少し哀しくなる。

 わしでも屋敷を抜け出すのは少々難しいのだ。

 貴族令嬢のクリスさんだとまず不可能だ。

 それでも無理に屋敷を抜け出そうとしたら、幽閉されてしまう事だろう。

 今度は、クリスさんが誘ってくれた時に、屋敷の名前を聞いておけばよかったと、後悔の気持ちが浮かんでしまう。


 こんな事では、クリスさんに人の道をといた事が嘘偽りになってしまう。

 そうではなく、もっと前向きに考えよう。

 クリスさんが知恵と勇気で屋敷を抜け出してくれると信じて、一緒に楽しく町を買い物して回れるようにしておくのだ。

 そのためにはお金は必要だ。


「さて、茶屋娘が教えてくれた刀剣屋に行ってみるか」


 思わず独り言が口から出た。


「やい、やい、やい。

 さっきはよくもやってくれたな!

 けじめをつけてもらうぞ!」


 さっき叩きのめしたゴロツキの一人が、さっきとは違う仲間を連れて因縁をつけてきた。

 明らかに兄貴分と思える、ゴロツキとは格の違う服装の男一人と、ゴロツキよりは少し強いと思われる男が四人。

 まあ、強いと言ってもゴロツキには違いない。


 正直面倒な事になったと思う。

 どう見ても兄貴分は盗賊ギルドの人間だ。

 貴族といえども、盗賊ギルドともめるのは避けたい事態だそうだ。

 家臣が盗賊ギルドと悶着を起こした事件で、重臣が苦々しく話していたことがある。


 だが剣術指南役が、

「邪魔なら潰しましょうか?」

 と言っていたから、騒動を王家に知られるのが面倒なだけで、本気で戦えば伯爵家が盗賊ギルドに負けることはないと思う。


「やい、やい、やい。

 黙ってないで何とか言いやがれ!」


 さて、どうしたモノだろう?

 

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