第19話

 傅役の御老人がジッとわしの顔を見つめてくる。

 わしの性根を見極めようとしているようだ。

 厳しく強張っていたかをがフッと緩み、柔和な表情になる。

 

「いや、これは一本取られましたな。 

 確かに貴君の言う通りだ。

 御嬢様の想いを汲み取れなかった儂にも落ち度はある。

 よろしい。

 御意見通り、今日の所は誰も叱らず引き取る事にしましょう」


 ふむ、なかなかの人物だな。

 この御老人に任せればクリスさんもアンさんも大丈夫だろう。


「さっそくの認めていただき、かたじけない」


「エル殿と言われたな。

 後日御礼にうかがいたいが、御屋敷はどちらかな?」


 さて、どうしたものか?

 クリスさんには最初に嘘をついてしまったが、御老人には本当のことを言っておいた方がいい気がする。


「表情を変えずに聞いてもらいたい。

 それと、クリスさんにも内密に願いたいのだが、わしは、リヒトホーフェン伯爵家の五男、エルンストだ」


「なんと?!

 あ、おほん。

 さようか、あいわかった」


 御老人にだけ聞こえるように、ささやくような声で自己紹介した。

 さすがに御老人も驚いて、最初は表情を変えだが、直ぐに平静をとりもどした。


「エル。

 今日はこれで御別れですが、そなたの教えてくれたことは絶対に忘れません。

 そなたも、忘れないでくださいね」


 ずっとわしと御老人の話を静かに聞いていたクリスさんが、話しかけてきた。

 まあ、わしもクリスさんの事を意識して話していた。

 クリスさんにわしの言動がどう映るか考えて話していたのだ。

 クリスさんはわしの話をうっとりと聞いていてくれていた。

 がんばった甲斐がある。

 その御褒美なのかもしれないが、明日橋の上で会う約束を忘れないでと謎かけしてくれる。


「はい。

 決して忘れません。

 では、今日はこれで御別れしましょう」


 わしに再会を約束するような言葉に、御老人が苦しそうな顔をしている。

 身分を明かしたのにこの反応と言うのは、少々心配だ。

 クリスさんには婚約者がいるのかもしれない。


「ああ、そうでした。

 エルは財布を忘れたのでしたね。

 お金がなければエルも困るでしょう。

 今日の御礼にこれを上げます」


 クリスさんは家臣の前にもかかわらず、わしに近づき財布を手渡してくれた。

 普通は男性に直接手渡すなど、はしたないと叱られることだ。

 家臣に渡して、間を置いて渡すのが礼儀とされている。

 天真爛漫で大胆な天使様だ。


「ありがとう。

 遠慮なくいただきます」


「エル様、今日はありがとうございました。

 この御恩は生涯忘れません」

 

 アンさんが眼に一杯に涙をためて礼を言ってくる。

 まあ、アンさんも今日は大変だったろう。

 クリスさんの願いを叶えたいと思って、屋敷を抜け出すのを手伝ったのだろうが、町に出てからは、クリスさんに間違いがあってはいけないと、不安と緊張で一杯一杯になっていただろうからな。

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