第17話

 普段はあまり歩かないのだろう、クリスさんに歩調を合わせてゆっくりと歩く。

 茶屋娘が言っていた小さい橋が見える。

 川沿いの茶店がなくなり、左手のシュプレー川がよく見えるようになった。

 右の小道に入れば、茶屋娘に教えてもらったハンスの刀剣屋に行ける。

 真直ぐ行ってしまうと、せっかく抜け出した屋敷に戻ってしまう。


 だがクリスさんは、買い物欲よりも人込みを嫌う気持ちが強くなっているようだ。

 買い物客が多い小道よりも、人通りの少ない小橋の方に行こうとする。

 それならそれで構わないのだが、こっちは貴族の屋敷街だ。

 わしもクリスさんも家臣に見つかってしまうかもしれない。


「エル。

 わたくしはどうしてこんなにエルが好きになってしまったのでしょう?」


 クリスさんが甘くわしにささやいてくれる。


「そうですね。

 それはきっと、わしがクリスさんを好きになったから、クリスさんもわしの事を好きになったのでしょう」


 恥ずかしげもなくペラペラと気障な言葉が口からでてくる。

 自分にこんな部分があったのかと驚いてしまう。

 だが、人を好きになると言うのはこういう事なのかもしれない。

 普段自分でも思いもしていなかった所が、恋心で引き出されてしまう。

 恥を忘れる事ができるのが恋なのだろう。


「わたくし、もうエルと離れたくありません」


「いや大丈夫です。

 今日離れても、明日またあの橋で会う事ができます」


「どうしても、エルと離れ離れにならなくてはいけないのですか?」


「クリスさんもわしも、それなりの身分があります。

 身分を忘れ、人の道に外れれるような事をすると、多くの者が迷惑します。

 家臣とよく話し合って、人の道に外れない方法で、一緒にいられる道を探しましょう」


「わたくしと離れて、エルは哀しくならないのですか?」


「たとえ離れることになっても、わしがクリスさんを好きな事は変わりません。

 ですから我慢できます。

 一生懸命考えて、クリスさんと一緒にいられる方法を見つけます」


「わたくしに我慢できるでしょうか?

 考えられるでしょうか?」


 クリスさんは繋いだ手に力を入れて、しっかりと考えてくれる。

 わしは伯爵家の生まれとは言え身軽な五男だから、よほど身分違いでなければどうとでもなる。

 問題はクリスさんの家柄と身分だ。

 伯爵以上の長女だと少々厳しい。


「あ、御嬢様!」


 某子爵家の第三屋敷の南角から急ぎ足で出てきた老騎士が、クリスさんの顔を見て一瞬息を飲み、続いて思わずと言った風情で言葉を発した。

 老騎士の後をついていた若い騎士達も驚いて立ち止まっている。

 どうやらクリスさんの家に仕える陪臣騎士のようだ。

 

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